平成11年9月16日(木)〜

テーマ「開運」


神 話




 みどりちゃんが好きだった。
 なかよしで手をつないで登校して。
 二人は級長と副級長でもあった。といって、小学一年生だから、形ばかりだったと思うけど。
 理由は今でははっきりしない。みどりちゃんにも人気があったのか、やはり、こちらにそれがあったのか、二人が一緒にいると、クラスの女の子たちが集まってきた。少ないときでも四五人、普通は十人近くで、昼休みなど校門の近くで遊んだ。
 走っていくとみんなもついてくる。こうしようと言うと、こうする。そんな感じだった。
 みどりちゃんとだけなかよしなら満足だったんだけど、それは「不公平」ということになってしまったらしい。誰かと話してると、反対側の子がさみしそうにするし、そちらに向き直れば、さっきの子が服を引っぱる。親切にすればえこひいきになったり、不機嫌だとみんなが「どうしたの、ねえ」となぜてくる。うっとうしいくらいでますます困った。
 女の子たちの眼は、あやしかった。うっとりというよりは、獲物を囲んで燃えているんだ、どの眼も。
 ある日、まとわりついてからだを離してくれない女の子がいて、とうとうぶってしまった。
 泣きながら行ってしまってから、ああ、悪いことしたって悔やんだ。
 そのことが、上級生のお兄さんに知れて、「泣かしたのはだれだ」って、教室にやって来た。あのときは、怖かった。じっとして震えてたよ。
 みどりちゃんは、清潔で、瞳が澄んでて、学校の行き帰りだけは二人になれて、いろんなことを話した。そのときだけは、心が安まった。
 でも、もしかしたら、そういうことで女の子たちの迫害を受けていたかもしれない。だんだん無口になってっちゃった。何か言いたげだけど口をつぐんでいる、そんなみどりちゃんが忘れられない。
 二年生の夏まで、こういう調子だった。
 あのままいっていたら、かなりどうしようもない少年になっていたと思う。
 二年生の夏、頭にあせもができた。
 親が、これはしかたないと言って、床屋で丸坊主にされた。鏡を見て涙ぐんだ。
 これだけがきっかけだったかどうか、もうはっきりとはしないけれど、女の子たちは夢から醒めたのかもしれない。その頃はもうクラスの女子のほぼ全員が、幾層にも取り囲むような構造だったのだけれど、坊主頭で学校に行くようになると、熱気が引いていった。
 あっけなく、消えていったよ。
 おかげで、それ以降は、あたりまえの少年として学校で過ごせるようになった。
 男の子たちも仲間と認めてくれるようになったし。


「・・・というわけなんだ」
 話し終えると、ノブヒコは嘲弄するようないつもの口振りで、
「それがほんとだとしても、有史以前の神話だな。失恋話ばっか書いてる今より数段マシじゃないのか」
 僕も笑った。
「・・・かもね。でも、ああいう苦労すると、女性は一人でじゅうぶんて骨にしみるよ」
「はいはい。一人でも二人でもいいから、女子部員が欲しいよ。いつもおまえと馬鹿話だもん。飽きるぜ」
 ノブヒコは、持っていた文庫を鞄にしまって帰り支度を始めた。
「ところでよ、そのみどりちゃんと、どうなったの」
「小学校でクラス替えは何度かあったけど、みどりちゃんとだけはずっと同じだったなあ。先生たちも公認してたのかも。・・・中学は別々で、それっきりだけど。・・・手をつないでなんてのは低学年で終わった、さすがに。なんて言うのかなあ、あとはずっと目と目で通じ合って、それで十分という感じかな」
「恋人同士」
「小学生だって。友だちだけど、訳あり、ってところか」
「なんだそれ。キスとかしたの」
「出会ってほんとすぐに、した」
「へええ、おまえが。・・小学一年生で」
「みどりちゃんの手をとって、絵本にあったみたいに、その甲に口づけした」


 ノブヒコは帰り道、不意に思い出して、笑った。「おまえが」と言って。















(了)



記録日 06/16(水)21:27 (平成11年)




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