平成11年10月30日(土)〜

テーマ「驚愕」


ぴ ち




「お客さん。ただの観光客じゃないっしょ」
「いやあ・・」
「仲買のひと?」
「ええと、・・白状するけど、自分で店やってる。小さいけど。・・ぴちの天ぷらにはまってしまって。とうとうここまで吸い寄せられたよ」
「天ぷらね。うーん、一番広まってますかな。あれは食べるのもいいけど、調理するときも賑やかで面白いすよ。・・今日みたいに暑いときなんかは、ぴちのかき氷がお勧めよ。じわじわっととろけていく汁で、喉が震えるもんね」


「・・ほう、あれは、やってるの」
「ええ、そうす。交尾の真っ最中すな。あいつらのはしつこいくらい長いっすよ。もう見飽きましたわ。食ってるか寝てるか、交尾してるか、それしかありやせんから、奴ら」
「あれで生まれるのが、ぴちか」
「ええ、大量に産みやす。穴を掘って水たまりをつくって、そこにお尻を浸けて産みやす。母親が」
「世話はするの」
「まったく。産んだら産みっぱなし。簡単な奴らっすよ」
「ふうん・・」
「数日で、手足が生えて、這いだしてきやす。と言っても、虫眼鏡でも持ち出さないと私らには見分けは付きやせんけどね。子供たちは、微生物やら植物やらをただただ食いつづけやして、何倍何十倍にも大きくなっていきやす。まん丸にお腹を膨れさせる。そしてこれを、親たちが食べる」
「ええ、共食いか」
「まあ、そういうことにはなりやすが、それがあいつらのスタイルらしいす。御意見無用ってヤツじゃないすか。うはは。・・食べ物を捜すのは子供たち、これを食べてのうのうとしてるのが親たちってことになりやすか」
「そんなんで種族が成り立つのか」
「親たちという捕食者から生き延びた奴が、次の親世代になれるわけすね。大人が少なければ、生き残る確率は高まって、大人の補充になる。大人が多くなれば、逆にほとんど食べられちまうので、大人は増えない。つう感じでバランスを取るみたいっすよ」
「なんか、すさまじいね」
「ご覧なさい。あそこで『お食事』をしておりやす。あれね、あれが基本の調理なんすよ。ぴちのおどり食い。これを一度ためしたら、もう、あなた。・・口の中でごにょごにょするわ、骨伝導でなき声は聞こえるわで、やみつきですぜ」
「うう」
「まあ、自然な状態で大昔から、あのように、親がやってることすからね。一番美味しい食べ方なんでやしょう」


「多少成長すると、足に筋肉がついてきて捕まえづらくなっちまうし、毒素も持つようになりやす。ぴちにとって性徴の現われる微妙なお年頃なわけでやすが・・」
「育ち過ぎか。食材には向かないね」
「が、ここが肝心かなめの頃でして。・・こいつらを無理してでも捕まえて、乾燥させ、その毒素たっぷりの肉をよくほぐして、皮で巻きやす。
 これが有名な『ぴちの皮巻きタバコ』すよ。
 中でも『肝臓』だけを選別した最高級品は、いわゆる『ぴちのキモ皮』すが、もうひたいを拳大の穴で撃ち抜かれたくれえに、効きやす。なんつうのか、高貴なんですわ、味の深まりが・・ きっと一生忘れられないす・・ ほかのタバコや薬なんてもう、小便臭い枯れ葉にしか感じられないっしょ」
「でもねえ、・・」
「え、中毒すか? 心配無用す。値がはりすぎて、そう何本も吸えるもんじゃありやせんから」


「牧場かあ・・」
「ええ、何つがいかお分けしやす。秘伝つうほどのことは何もありやせんし、もう少しメジャーになってくれりゃ『宣伝の相乗効果』が期待できやす。へへ、これでも勉強してるす」
「私はもちろん無理だけど、今度、星持ちに当たってみるよ」


「納品は冷凍物になるわけ?」
「ほんのちっとだけ味落ちすが、致し方ないところでやしょう」
「解凍したら蘇生するの」
「全部が全部とは言いやせんが、二三割はまだよちよち。おどり食いなどメニューに加えるようでしたら、それまでは水と、新鮮な苔でもたべさせといてくだせえ。なにも食わせないと痩せますんで」
「冷凍物、年齢三から九、一コンテナで一万匹か・・ まずは試してみてだろうなあ」
「ご挨拶代わり。千匹はおまけしますんで」
「手足が二本ずつあって、あの雌なんか、見ようによっちゃ、なかなか美女だよねえ。はは。・・こいつらって、来世の私たちの姿みたいだな」
「へへ、インテリさんだ。そういう抹香臭いことは口にしないのが、イキってもんでさあ、旦那。・・ぴちの火あぶり、ぴちの炭火焼き。おどり食いといい勝負で、ぴちのたたきや活け作りってのもよい趣向すよ。・・よだれ、出るっしょ。・・美味しければ、いいじゃあありやせんか」
「ふふ。そうだな。それに、私たちみたいに角はないし・・。よし、買った」
「まいど」















(了)



記録日 08/09(月)00:14 (平成11年)




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