平成12年1月26日(水)〜
イブの日、みんなが行くというので付き合った。
有馬記念を買いに、後楽園の場外馬券売場へ。
初めて、そういうことをしたけど、外れた。
人混みの中、聞こえた。あの人の、口笛が。
「あんたも外れたの」
石段に腰を下ろして、口をすぼめ、かすれた曲を奏でていた。
「これからパーティーするんだよ。来ない?」
「外れてばかりだけど、でかいやつ、今度こそ当てるさ」
達也は、歌をうたいに東京に来た。
でも、印刷会社でバイトしている。
一年の半分、「カレンダーの丁合」ってのをしてるんだって。
地獄のような仕事だって、いつも言った。
彼の肩や背中をもむんだ。
肩甲骨の下のくぼみなんか、お肉の隙間を押す。
「ああ、きもちいい」
それで静かにお酒を飲みながら、いつもの、口笛。
怖いって、そう言った。
「どうして。職人さんじゃない。立派よ」
「このまま、あんな隅っこで埋もれて行くんだぜ。俺の一生」
「歌が、あきらめられないの」
わたしは言った。
怖くなんかない。
子供育てようよ、二人で。
子供の誰かが夢をつかんでくれる、かもよ。
必ず、戻る。プロになる。
付き人になるって、あの人は行っちゃった。
日本中、まわるんだって。
電話は欠かさないから、なんて、ウソばかり。
※ ※ ※
口笛。
鉄階段の靴音。
乱暴に叩く、ドア。
「たっちゃんだ」
ちがった。
お母さんからの宅配便。
いつまでも親を心配させて、とかまた愚痴の手紙も。
外れてばかりいるけど、今度こそ当たるよ。
(了)