ねっとCafe/nc:小説工房談話室


タイトル  :『人形』 結
発言者   :和香
発言日付  :1998-09-21 07:41
発言番号  :238 ( 最大発言番号 :338 )
発言リンク:237 番へのコメント

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     人 形

お題 和香

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 吊り橋から見下ろす湖は青白く濁ったゼリーの様にも見えた。
 吊り橋から見上げる空にはセスナ機が船底だけを見せて空に浮かんでいる。
                         しゅんちゅうなつび
 時計すらうとうとと眠りだしてしまいそうな、そんな春中夏日の昼下がりだった。
 休暇中の将校ニール=トッセーは、世界中の誰もが忘れてしまっているかの様なこの吊
 り橋で雑音混じりのラジオと一緒にのんびり釣を楽しんでいた。
 誰一人通らなかった。
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 酒瓶でシーラカンスを釣った夢をみたのは確か二時間前、お気に入りのコーヒービスケッ
 トをうっかり(それも半箱も)湖に落としてしまったのが三十分前の出来事だった。
 ニールは水面から顔をだした針先に獲物の不在を確認すると、コーヒービスケットを噛
 った。
 「針を巻上げる時の手応えで釣れてないって分かったさ」とダミ声で唱うラジオに向かっ
 て減らず口をこぼしてみる。
 彼がコーヒービスケットに付いていたオマケの『グリーンデビル』を釣糸で針先に括り
 着け、湖に潜 水させたのはそれからもう少し後の事だった。
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 そうして彼が発案したその作戦は魚こそ釣れなかったものの、代りに美しく愛らしい人
 形 のサルヴェージに成功したのだった。
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 ラジオは自慢のダミ声も高らかに『スタンドバイミー』を唱い始め。
 ニールはこの吊り橋の珍事に腹を抱えて笑った。
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起 KINZOKUさん

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 「デビルでエンジェルならまだしも、ベビーが釣れるとはな!」
 ちょうど針は腕に引っかかっていた。
 『ベビー』を傷つけないように、そーっと抜き取る。
 「こりゃあいい土産ができた」
 ニールは釣りをやめ(諦めたとも言う)、愛する美しい妻マリーの待つ家に帰ることにした。
 魚は釣れなかったが、この人形を釣ったということで笑ってくれるマリーを思い浮かべると、
 帰り急ぐ足を止めることはできなかった。
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承 なのはなさん

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 黄昏の景色は時と共に遊覧を楽しみ、そして、心地よい眠りに入る。
 ニールは、まるで我が子の様に人形を抱き、そして、語り始めた。
 「ベビー、君の生まれは?、歳は?、男の子?、女の子?」
 微かに笑みを浮かべて、優しく語りかける目に何かを感じて。
 暖かき緑芝の湖に、孤島の如く優雅さをかもし出す我が家。安らぎを求める者たちに夢を、
 愛を、そして明日の活力を蘇らせてくれる妻が待っている。
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 ニールはドアを開け、その場にたたずんだ。台所からリズムを奏でる食器たちは今日も
 楽しそうだ。
 「さて、マリーは笑ってくれるかな?」
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転 花島賢一さん

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 金具を叩くようなリズムが、次第に、硝煙の臭いを立ちのぼらせた。
 また聞こえる。あいつの声。トッセー中尉の声が。
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 「そんな汚いもの、捨てろ」
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 ドラッグ漬けだった部下が、焼け焦げた瓦礫から引きずり出してぶらさげて来た。
 うすらわらいを浮かべて、私に見せた。
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 「そんな汚いもの、捨てろ」
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 あれは汚いものじゃなかった。
 アジアの祭り装束を着けた、ベビーだった。
 前夜だったのか。
 そうではないけれど、大人たちが着せたのか。
 はしゃぎまわったのか。
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 家族。星条旗。
 私は闘った。限界まで尽くした。
 フリーダム、デモクラシー、・・
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 マリー!
 そうだろっ
 マリー!
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 おびただしい人形の眼が、じっと、ニール=トッセーを見ていた。
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結 和香











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 ・・・
 1965年 北爆開始
 1968年 テト攻勢
 1975年 サイゴン陥落

 ・・・ですから、70年代、米国、軍人ということならベトナム戦争、そしてベトナム後遺症となるでしょうか。
 お話を、どなたが裏返してくれるかと待っていたのですが、私の番になってしまいました。
 凄惨なものにしてしまいました。でも、たくさんの人々を殺めて、それでも脳天気でいられる人がいるなら、その方がもっと怖い話ではなかろうか、と、私は思います。




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 KINZOKUさん。
 主人公にこのような陰をつけてしまって、すいません。
 でも、ほかの結末は、思い付きませんでした。
 それから、ルビなんですが、表示フォントによっては位置がずれる場合があります。どうしたらいいのか私にももう一つ分かりません。課題でしょうか。

 なのはなさん。
 驚かれましたか。それとも予定でしょうか。
 辞書を引いたところ、マリーとは、つまり、Mary。聖母マリアでした。
 そして、Maryとは、marijuanaの俗語でもありました。
 結のような連想が、どうしても、浮かびますよね。

 燐華さん。
 楽しみにしてたんですよ。
 学校のテストは大切です。でも所詮、test。 そういう見方もお忘れなく。
 お待ちしてます。

 山口和明さん。
 可愛らしい絵ですね。お子さんの作品ですか?
 でも上手すぎるから、ご自身のお若いときのものでしょうか?
 今回だけといわず、またいつでも、参入してください。たすかりました。




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 それでは、お待たせしました!
 次回4章小説の「お題」は、順番通りで、

KINZOKUさん
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 を指名します。どうぞ、よろしくお願いいたします ☆

 4章小説参加表明、いきなりの飛び入り参入、いずれの形でもかまいません。

どうぞ、みなさんも!
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※ おまけ ・・・ 映画について ※



「スタンド・バイ・ミー」ロブ・ライナー 1986年 米

 TVでですが、二度観ました。
 原作が、スティーブン・キング。
 主題歌「スタンド・バイ・ミー」は、この映画のために作られた訳ではなく、もっと前から歌われていたもの。
 ベン・E・キングによって、60年代から、らしい。
 ・・・という辺りまでは調べたのですが、何年の作かなど、もっと詳しいことは結局分かりませんでした。

 KINZOKUさん。これでよろしいんでしょうか?



「プラトーン」オリバー・ストーン 1986年 米

 怖かったですね。
 知らない人間が、戦争を描くというのは、とうてい、・・・
 という感触でした。



「シベールの日曜日」セルジュ・ブールギニョン 1962年 仏

 戦争の後遺症も、フランスがつくるとこうなるのか、と思いました。
 ある種、きわまってます。
 男性諸君は、必見か。




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 ではまた。





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