ねっとCafe/nc:小説工房談話室


タイトル  :『☆』 転の章
発言者   :和香
発言日付  :1998-11-23 00:54
発言番号  :546 ( 最大発言番号 :646 )
発言リンク:537 番へのコメント

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                  起之章  
 
 遙は来なかった。  
 ゆるゆると夕闇に沈んでゆく空気。  
 人混みとは賑やかなようでいて、本当はひどく孤独を感じさせる。  
 特に、今は。  
(終わった・・な)  
 ため込んでいた息とともに、ゆっくりと紫煙を吐き出した。長い長い、ため息。  
(3年、か・・)  
 吸い殻を脚で軽くにじり、輝はゆっくりと約束の場所を後にした。  
 周囲はすでに、華やかな都会の飾り付けを始めていた。今の輝にはそれさえも  
鬱陶しく、神経を逆撫でする。  
 しかも。今はクリスマスも直前。周囲を見れば、仲睦まじく歩くカップルばかりが  
目に付く。腹立たしいよりもいたたまれなくなった輝は、足早に喧噪を後にした。  
   
 すっかり闇に染まった公園のベンチで、輝はぼんやりと座っていた。帰りはいつも  
この公園の長い林道を抜けていた。その途中で、なんとなく座り込んでしまった。  
 静かだった。することもなく、ただぼんやりと座る。  
 寒さがこたえた。  
 大きく息を吸い込んだ。  
 しみ込んでくる冷気。そして。忘れていた、冬のにおい。  
 浪人し、実家の近くの夜道を、独りで歩いた時のかおり。  
 その時、いつも見上げていたオリオン。  
 かくん、と首を倒し、空を見上げてみる。  
 空には、瞬き一つなかった。  
 不意に視界が曇る。見上げたまま。右と、左に。冷たい筋が伝う。  
 その時、携帯電話がポケットで震えた。  
 ディスプレイには、雪の名が表示されていた。  
 
 
 
               承の章  
 
 『まるで、憐れんでいるみたいよ』  
 『・・・あわれむ?』  
 『愛する者に殺されたあげく、夜空の光にされてしまったあの星によ』  
 思いだしたのは、はじめて雪に会った夜だった。あれは三年まえの・・・  
そう、ちょうど今のような寒い時期だったか。  
 『おろかな男のすがた。そうやって眺めるあなたに、どこか似てる』  
 オリオンの冴えたかがやきの下、ふいに現れたふしぎな少女。  
 年は十二、三歳のころか。しなやかなものごしに、白いセーターが夜目に  
まぶしかったのをおぼえている。  
 『だれだ、あんた』  
 いぶかる輝に、雪ははじめ、なんと応えただろう。  
 その恋のゆくえをしる者。しりながら、この目で見とどけなければいけない  
者と。  
 冷ややかな笑みをうかべて、そういったのではなかったか・・・  
 (恋のゆくえ。おれと、遙とのことか)  
 色あせた記憶を遠ざけるように、輝はわれにかえった。  
 震える電話を手にしているうちに。  
 なぜだろう。雪がそのむこうで泣いている気がした。  
 
 
 
                  転の章

 電話は、雪からではなかった。
 初めて話す、男性の声。父親だった。
「急ぎの用がないのなら、来ていただきたい」
「どういうことですか」
「娘が、君を呼んでいる」

『勇壮なる狩人は、身の程をわきまえず結婚を申し込んだ・・
 月の女神の返事は、ちいさな暗殺者だった・・』

 演劇志望の少女。
『あんたは女神の役なの』
『あたしは、サソリ。 ・・オリオンを一刺しよ』

 タクシーをつかまえて、行き先を言う。
 走り出してから、間違っていなかったかとメモのしわを延ばした。
 あの暗がりで書いたので、住所も病院名も字になっていない。

 高校でも演劇クラブに入ったと言っていた。
 公園でたまに出会うことがあった。
 輝の前で、練習する。
 へたくそ、などと声をかけると、むきになって怒った。
 それだけの仲だ、と思っていた。












 それでは、「結の章」は、

 花島賢一さん、


 よろしく、お願いいたします。



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