ねっとCafe/nc:小説工房談話室


タイトル  :哀憐笑話(二) 『昼休み』
発言者   :和香
発言日付  :1999-02-14 07:58
発言番号  :1135 ( 最大発言番号 :1235 )

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 M君は急いでいた。
 会社から銀行まで十五分、往復三十分だから。
 そのあと社員食堂なので、ぎりちょん。
 途中、交通事故の地蔵さんの横で、中年の女の人がうずくまっていた。おなかのあたりを押さえている。
 M君は初めびっくりし、一秒の半分で状況を理解し、眺めながら早足のまま通りすぎた。たばこを出して、火をつけて、吸いつつしゃっしゃっと歩いた。
 横道から、よっ、と声がする。
 あ、こんちわ、と手を振って、これも通りすぎようとした。けれど、親しく話しかけてくるから、挨拶程度は交わさなければならなかった。
 O氏だった。同じ会社の人。前は同じフロアにいた。
 O氏は東大出だけれど、ドイツ語の原本が読めるそうだけれど、ほとんど高卒の人しかいないフロアで、人間シュレッダーと陰口されていた。または「鋏をもった人」という。朝から晩まで、要らなくなった書類やそれほど機密を必要としないゴミまで、ぱちぱち切り刻んでいた。黙々とそれだけ。一年中。
 M君のフロアから別に移される少し前、応接セットで机をどがんどがん叩いて金切り声で、課長に抗議していた。フロアの皆は課長はきっと殺されるとまで思った。
 だから、昼休みだからここら辺を散歩しているのではないんだ。今は、いつ散歩してもよくなったはず。

 宝くじを買っての帰り道、地蔵さんの横では女の人がまだ苦しんでいた。
 少し行くと、O氏が公衆電話に怒鳴っていた。
 M君はちょっとお辞儀をして、時計を見て、横断歩道の青に走った。一度振り返った。






平成4年6月28日 初稿


 
 #1063 哀憐笑話(一) 『お嬢さんをください』 1999-01-30
 


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