浅い入り江の、岩の間などに潜って、上へ下へまるく揺れる波のままに漂いながら、あたりの様子を眺めているのは気持ちいい。シュノーケルのごびごぶいう自分の吸排気と、しああしああんと終わらない不思議な海中の風の音。海草をかきわけ、巻き貝やウニに触れ、素早い魚なんかを目で追って、でもまたしょうもない屑ごみみたいに漂う。
夜は花火。
慣れないビーチサンダルで砂を蹴り上げながらじゃれあう奴らがいて、ライターを確保し点火から消火まで仕切ってる奴もいて、安っぽい子供花火なのに異様に華やかで美しくて空しくて、今にも泣きそうな女の子もいて。
終わるんだ。この夏も終わるんだ。誰もが一年の中の一日とは思えなくなって、今しなければ今言わなければならないことが山ほどあることに気づく。
真っ暗な夜。澄んだ星空。湿って、つやっぽい潮風。けだるい波の音。
「あしたも泳ぐぞ」
「ああ」
「肩がひりひりするう」
「飲もうか」
「いや、正統派なら怪談の夕べです」
「やめよう、それ。トランプにしましょ」
堤防のでっぱりの上で平均台を始める娘。
もしものときのため、煙草をくわえながらとなりを歩く青年。
翌日は雨が降って、波が高くなって、水平線の貨物船が寂しく見えた。
平成4年7月8日 初稿