五十年は前、まだあんたの爺さんが小さなころ、ここらは海だった。
塩の海。魚なんかいない。
ある日、沖から船に乗って見知らぬ人たちがやってきた。
浜のもんは、わしらも、昔嫌なことがあったんで、陸に上げてあげないことにした。戦争になった。殺しあった。
夜になって、わしらの負けと決まった。
降参したら、許してくれた。
次の日の朝、不思議が起こった。海がひいていく。見ているうちに沖へ沖へと波際が遠ざかっていく。
見知らぬ人たちは、前の晩からわしらの主人になんなさった人たちは、これは良くないシルシだからと、戦争には勝たなかったことにし、わしらの主人にもならなかったことにして欲しいと言って、引き上げていった。船を担いで、海を追いかけていった。
あれは、悪魔たちだった。海の底からこの世に出てきたんだが、出口を良くふさがなかったので底から海の水がこぼれていっちまったらしい。悪魔たちの国が水浸しになると大あわてで帰ったんだ。
今はどうなったかと言うと、やっぱり悪魔の国は水浸しになって、その分わしらの海は小さくなった。悪魔たちはあらかた死んだが、生き残ったのがいて、やっぱり主人にして欲しいと時々未練を言う。
わしらも、負けたことは確かなので、むげにつっぱねるというわけにもいかない。で、だ、ご機嫌を取る。たまああに、小さなめんこい娘を送って、嫁さんにしようと切り刻んで食べようとご自由にしてください。その代わり昔のことはやはりなかったことに。と、とりあえず納得してもらうわけだ。
まあ、そういうわけだから、あきらめて、行ってくれ。
泣くことはないから。
たぶん食べたりはしないから。
きっと贅沢させてくれる。
戻ってきた娘はいないんでよくわかんないけどよ。
平成4年6月5日 初稿