ねっとCafe/nc:小説工房談話室


タイトル  :『あじさい通り』の感想
発言者   :和香
発言日付  :1999-07-08 22:01
発言番号  :1638 ( 最大発言番号 :1738 )
発言リンク:1635 番へのコメント

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 おつかれさまでした〜

 「やさしさ」、これがにじみ出すような物語になりましたね。
 これまでの4章小説の中では、初めてのタイプかな・・




『あじさい通り』の感想


お題

 季節ものでした。
 燃えるタイトルではなくて(笑)、私などはそれでも燃やしてくれる人がいるかとひそかに期待しましたが、みなさん、美意識がまっとうです。結果的に、出題者平松さんのイメージに近い「あじさい通り」=「あじさいのストーリー」になりましたか。





 月花さんがご自分でもおっしゃっているように、ちょっと文章が長いか、と私も思いました。
 でも、この起の章が宮澤とその視界の情景を精緻に奏でてくれたので、落ち着いていて調和のある流れへと全編をリードできたのでしょう。
 達者な書き手です。それに、リレー小説というものにも慣れている、とみました。
 いささか、まっとうすぎるという気もしましたが、初登場ですから、本性は次回以降にじわじわ、というおつもりでしょうね。(^^)

 「彼女と、子猫と、あじさい」、そして、宮澤。
 短いお話なので、これだけでも盛りだくさんかと思ったのですが、後に続く人たちもキャラクターを次々登場させて、それでいて過剰感はない。不思議なくらいです。
 あじさいの季節、雨に濡れる者同士、個の境界がにじんでいくからなのでしょうか・・





 美弥という娘、彼女だけは、太陽の側にいるようです。
 やや性格きつめのようなので、この世界では割を食うのでしょうが、私はこういう登場人物、うれしかったです。
 他のキャラクターが、ことごとく湿性なので、一編の中で救いとなっている、または秤の一方で「おもし」となっている。
 ある意味、宮澤やあじさいの彼女や、猫のような、弱く、声の小さいもの、そういう側の物語で終始するところを、強く、声の大きい者、世間、社会、通念、そういう側の代弁者として、その存在を明示している。大切な役柄ですよね。

> 視線を美弥から窓へ戻すと、あじさいが見える。
> 先ほどと変わらず・・いや、あじさいが多くなってないか。水色のあれは、
> カサだ!

 ここは、場面がビジュアルというだけでなく、仕掛けとしても秀逸でした。
 もちろん、keitoさんやれいむさんの「あうんの呼吸」の受けがあればこそなんですが、生きたなあ。





 「転」として気持ちがいい、姿がいいと思いました。
 承のラストで、学校のそばに麻子はいるはずなのですから、時間をさかのぼって語りなおしている、ということになります。
 この時間遡上、そして、視点の切り替えによって、お話に幅が生まれています。立体的になった。
 宮澤にとっての踏切から学校へ至るらしいいつもの「あじさい通り」も、別の視点麻子にしてみれば、久しぶりの地元の景色ということだったのでしょう。
 なにやら「入院」を控えているらしくて、「命」に敏感になっている麻子。でも、大人です。精一杯のことはしてあげるけれど、やはり、飼うことはできないとあきらめる。

> 躰を丸めながら、なんどもなんども息を吐くネコに、麻子はごめんねといった。
> 小さな生き物の眼は、冴えたあじさい色をおびて、寂しげにかがやいていた。

 れいむさんの文章もですが、この猫が、見えるようです。
 文章の技巧ではなくて、気持ちが入っている。





 マジで、これは、「うまい!」と感嘆しました。
 承と転でお膳立ては済んで、麻子と宮澤が出会うという寸前になっているのに、これを会わせない。
 そして、それは、単にあまのじゃくだから、ではないのですから。

 ・・・私は、次のように読みとりました。
 起で、

> そこだけが切り取られた絵画のようだった。

 というほど印象強く彼の気を引いたのは、宮澤が「ある人」の面影を見てしまったためだと思います。
 「人違い」なのですけれど、きっかけとなって、長く封印していたはずのその人が、心の中で蘇生していく。
 宮澤が会うべきなのは、面影である麻子ではなく、その「ある人」自身。年上の女性・・
 ・・・という進め方を選ばれたのだろう、と。

 きっと、終幕まで、宮澤は、その真っ青な傘の人、猫をおいていった人が、その人である、いや違うという確信は持てないでいるのだろうと思います。ですから、再会のために自転車をこぐのですが、猫もつれていく。
 終幕後の二人の会話には、この猫を間にしてのやりとりがいくつかあるのでしょうね。


 初めての結担当ですし、お忙しいようでもありましたので、ばたばたした感じの結になってしまうかもとあやぶんでいたのです。
 全くの杞憂でした。
 れいむさん、かなりの方です。再認識しました。





 猫君が、この短編世界の主人、または観客だったと言えるかも。
 麻子、麻子の母親、美祢、宮澤、「ある人」と、互いに知り合わない人間たちまで全員に抱かれて、愛くるしく見上げるのでしょうから。
 激しい展開こそないものの、季節の味わいこまやかな、そして十分に劇的な物語として織り上がったと感じました。


# にしても、美祢嬢がこのまま黙っているとは思えないですよね。
 なにかありそう ^^;
 麻子さんの今後も気になるし。
 という風に、想いが残るあたりも品があるな。
 


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