みなさん、おつかれさま〜
いやあ、おもしろい姿になりました (^^)
『王様』の感想
お題
私としては素朴に、おとぎ話ふうの進行で行くのかな、行けばな、と考えたのです。
または、おとぎ話の裏事情みたいなタッチ。
巷の「王様ゲーム」とか「王様のような偉ぶった人」とかの現代物素材は、難しいだろうと思いました、けれど・・
起
まさかここまで、と思うぐらい、お題からの飛躍があって、びっくりでした。
今までは、お題に即したお話が起こされて、それふうの軸ができることが多かったと思うのです。が、今回はかなり離れたところから出発し、お題との相関を暗示しつつ(ここがポイントでしょうか)、どこかで表面化して繋げようという戦略とみました。面白い試みではないでしょうか。
4章の結果として、まあまあの着地までいったとも思いますし。
しかし、起に登場する男は、ほんとにお友達になりたくないタイプですね (笑)
外人、キャッチセールス行動、こじゃれた服装・・
でも、とても個性的で、毒があって、お話の登場人物としてのインパクトを持ち、いいのではないでしょうか。あとは、彼をうまく動かせば、ですけど。・・・さすがに、やはり、花島さんが一番うまく生かしていたようですね。
このお話の中、だけでなく、渋谷あたりをこれふうの男達が闊歩しているのかもしれません。男と女達の会話などは、現実のそちらのほうを想いました。
見てきたような、というか、実践したことがあるような本格風味でした。
感心しました。
# 私は大人になってからこういう商売に関わったことはないですが、高校の文化祭で文芸誌を売るために、ほぼ同機軸の戦術を採ったことがあります。下駄箱のある昇降口から上がってきた他校の生徒のうち、くみしやすしと見た男子、女子に密着、口当たりのいいことを話しかけながら、ときには肩など抱いて、文芸クラブの出店(というか長机)の前まで牽いてくるというものです。
私が羞恥を捨てた実働部隊(兼文芸クラブ会長)、友人Sが大義の鼓舞係(私がもうやだと泣きを入れると耳元でそれを囁くわけです)。さすがに邪道かと思ったんですけどね、文芸誌はまさかの完売で、馬鹿にできない手法と記憶しています。
## ついでに言えば、ある程度、文芸誌が売れると、それを脇に抱えて校舎内を歩くお客さんが増えるので、そのまま宣伝になります。あれはどこで買えるのか、と、後半は探しに来てくれる人たちが多かったような・・
承
たいていの場合は、商売、金目当て、もしくは何かへの勧誘なんでしょう。前線の個人にというより、控えている組織に冷厳な打算があるはず。でも、このお話の男は「天然」、そして単独という匂いが濃くて、お話としての扱いが難しいと思いました。これは、不適切ということではなく、素材として「本物」であるため、手強い、ということです。逆に言えば、やけに魅力的です。うまく料理できれば、この上なく、とは感じました。
承でまた男が登場するわけですが、流れをつかんでいると思いましたよ。
「仕掛け」がいいですよね。起の男の実体、裏事情かと思わせる説明が大半を占め、あんないかれた男にもこういう深刻な因果があったのかとまで持っていって、終わりで別人であることをぽいと提示する。
あらあ・・、と思って、読者にストーリーを組み立て直させるところが憎いです。
なるほど、対極にあるような二人が出会って、そして、・・ということかとほぼ骨格が決まる。私で言えば、承の男は友人Sのようなやつで、起の男を使い回そうと画策するのだろう、と予想しました。
転
組み立てとしては、承の二人の出会いを「受けている」、その場面の詳述という輪郭で、転としての展開はもう一つかもしれませんね。ま、でも、このお話は起がすでに転のような勢いでしたから、章相互の力の布石から言って、やむないのかもしれません。
HARUさんに料理されると、味付けがとても美味しいんですよね。あったかいし。
読む楽しさのある文章。うれしいんです。
会話の呼吸など、二人の男の間合いが見え、息遣いが聞こえるようです。どうも、へんちくりんな男達ですけど。
お話の進みというより、臨場感覚が魅せる、とでも言うのでしょうか。
HARUさんもたぶん、自覚してそういうところを求めているのだろうとは思います。
こういうことを、別の見方をすれば、どういう素材であれ面白く味好く料理してしまう、できてしまう、ということになります。となれば、食事本来の滋養とかは別に置いておいても支障がないということにも繋がりそうです。
落とし穴があるとしたら、そういううますぎるところでしょうかね。
贅沢、とは思いますが (笑)
結
起承転でやっと、大きなお話の導入部が済んだくらいに、私は測りました。
これをこの一章で終わらせるわけですから、つらかったと思います。
要所を押さえて、この長さで収まりをつける力業、見切り。さすがです。4章小説熟達の手際です。
にしても、keitoさん自身は、どこかそぐわない、妙にずれている題材、雰囲気に感じられていたかとも思いました。いかがでしたか。それとも、それがかえって「新鮮」でしたでしょうか。
ううむ、ミッキーに化けさせる、というアイデアが秀逸でしたね。
私は、ディズニーランド知らずですから ^^;)、ミッキーは分かっても、「ラバト8世」という名称にもディズニー起源の趣向があるのかどうかまでは不明でした。
結の章の前半後半は、「原因・結果」ではなく、「結果・原因」と時間の逆転があるのでしょう。
承の男が、起の男を役者に書いた台本が、思いのほかの大当たり、というところでしょうか。最初は、起の男から持ち金でも吸いとろうかという仕掛けのつもりが、どっこい釣られるだけの魚ではなくて、そして、意外な大物、本物過ぎて、話が大きくなっていってしまった、さぞ承の男も面食らったことだろう、・・というような流れが語られないながらも想像できます。起の男が真ん中にいれば、やってしまいそうなところあります、ほんと。
最後の一行は、だれかを彷彿とさせる、生きたセリフでしたよ (^^)
加えて、こういう風体、性格の王様候補が実際に東京あたりに棲息していてもいいような、だめ押しにもなっている。
なんだか困ってしまう、「おもしろさ」ですね。
※
全体で見ると、起のインパクトの強さがあって「頭でっかち」という形状感覚はぬぐえませんが、姿よいものを求めるばかりが4章小説ではないでしょう。なにか変で妙に楽しくて記憶に残る、ということでは「芸術的」、こういうのも一つの姿として「有り」と思いました。
そして、見事なまでの、それぞれの方の個性の押し出し。協調性の無さがかえって協調的に見えるという、異次元的調和(?)があるような感慨も・・・
悪くない方向だと思います。