『追跡』の感想
おつかれさま。みなさん。
様々のご事情があったのでしょう。
完結までこぎ着けて、うれしいです (^^)
・・うーむ・・
一言でいって、「満喫」の一品でした。
お題
4章小説にふさわしすぎるくらいのお題でしたね。
いまだ見えない次の章を追う、もがく、手中にする、という面もあれば、「跡を追う」ですから、前の章の意向を追う、抜き去る、飛躍する、という面もありそう。
起の章
いつになく、故郷の街のこと、れいむさんの心にかかっておられたのではないでしょうか。
簡潔、気持ちのぎゅっと詰まった土地の描写、他郷人には追随はむりかと思えました。
「結婚」という設定でしたが、れいむさんの理想がちらほらと見えるような・・
> ようやく遅い春が来た。かれは、とろとろと眠っていた穴ぐらから
> 突然にそのことを感じ取った。春は、どこにでも侵入してくる。
> 土の中にも、彼の体の中にも、風の中にも、呼吸の中にすらも。
ここですか。
お話が、不思議な転回を始めた、起点は。
「穴ぐら」や「土の中」に、実際、彼がいたわけではなくて、いわゆる文芸的な、比喩だったのだろうと考えます。
でも、文芸世界では、現実世界の常非常、是非善悪、夢うつつ、これらの境目はやすやすと超えられてしまう。ほんと、悦ばしいルールです。
もちろんそれだけではなくて、芯にあるのは、「行かなくては」と希求する想いの力が、私たちに迫ってきたからなのでしょうね。
ですから、雪の国の春の野で、胸いっぱいの「いぶき」を吸い込むためだけに、そういうことでも十分、お話は繋がったと思います。
承の章
そのように、繋げたほうが自然だったかもしれないのですけど、「追跡」というお題、「新妻」の人影、これらを思い合わせているうちに、「行ってしまった男」という筋立てが開け見えてきまして、あとは一気でした。
> 二千回目の春。
> この地に棲みついてからそんなになるという。
「もはや人間ではなくなったような。(笑)」という感想をカオスさんはおっしゃられています(#314)。
やや、大仕掛けに歌いあげるこの一行目・・、うん、確かにそうも読めるんですが、私の段階ではまだ、通常の世界からの離陸はさせていないつもりだったんですよ。
起の章冒頭の「2000年2月」を変奏しつつ、「文芸的比喩、強調」の外殻は保っているのではと思っていました。
東北地方に、いつから人々が住み着いたか、それはわかりませんが、数万年の昔にはすでに多くの生活があったのでしょう。二千年ですから、新参者でしょうけどね。邪馬台国、大和朝廷の前夜あたり、西のほうから一般庶民が移り住むなんて、ありそうな気もして。
この時期の辺りの「いいつたえ」が残っている、という風もなにかありそうで。
この承の章、早書きでしたが、自分で少々、気に入ってます。
古参の方はお気づきと思いますが、一年半ほど前の、なのはなさんの詩『あたしがあいしたあしたがあたらしい』のレトリックが透かし彫りになっていて、だいぶ教えてもらっていますね。
情感としては、読んだばかりのCHANCEマスターの最新作『ソラ色の翼』が、濃いめに転染しているかも。
文芸の佳い匂いの渦中にずっと浸かっている、という証でしょう。淡い幸福を感じます。
転の章
まず内容の前に、ルール外の様式が繋がっているというところ、面白かったです。
起の章が、四三三四行の四連十四行作品。
承の章が、全四行の四連十六行作品。
転の章が、全三行の四連十二行作品。
こういう無言の圧力が重なって、結の章としてはどうだったんでしょうね (笑)
結果として、結の章は、四四五四三の五連二十行作品。(四四五四四の五連二十一行、とも言えなくはないですか)
「合同」で繋いではいないでしょうが、「相似」は保たれた、しかも、良い働きをしていると感じますけど。プレッシャーはもちろんあったでしょうが。
起の章が「父」、承の章が「母」、ですから、当然のように「子」の章なのでしょう。
ほぼ、承作成時の予想というか、思惑にのってくださった、と感じました。
しかも、上のような様式も、さらに洗練し繋げて。
ここまで、起承転の流れ、かつてないくらい綺麗ですね。ほんと。
・・・ためいきでしたよ。
この父にしてこの子あり、という清々しさもよかったです。
ただ、あちら立てればこちらが立たずのようなところもあって、綺麗すぎて、物語の進みがいまいち遅いというきらいも出てしまいましたか。
「転の章」という位置を考えれば、山場、あるいは「終わりの始まり」が欲しいところですか・・
この起と承からいきなり山場というのもツライでしょうけれど(笑)、そうですねえ・・、「旅立ち」の場は省いても、青年が登場すれば彼らの子供であろうという勘は働くでしょうから、もういきなり行った先の事件に肉薄してしまってよかったかな、とも思えます。
そのほうが、少なくとも結の章は書きやすかったかもしれない (^O^)
とはいえ、今回はこれが幸か不幸か、というところはあったので、たらればを言うのは、悩ましいところなんですが。
振り返ってみれば、カオスさんの抑えた仕掛けに、HARUさんがはまらざるを得なかったという力学も匂いますから。
以下は、転発表後の時点ですが・・
男、旅立ち。
女、とどまる。
男、旅立ち。
というリズムなので、ラストも女・・ という配色もありそう。
などと考えてみました。
または、こうなってしまったからには、行った先でのことはすべて省いて、「男」の帰郷を述べるのが、結としては最もすわりがよいかもしれない。
あんひとが帰ってきおった
娘っこ連れてご帰還さね
あてつけかいなあ
若いまんまのお前さま
・・・こういうノリはいかが?
などなど、結の章登場までの一週間近く、発言が増えない間、堪能させていただきました (爆)
結の章
いやあ、もう、マジで唸りました。
上のような、執筆済みお気楽メンバーの予想など凌駕した、堂々たる出展です。
満を持して、だったのでしょう。
「追跡」というお題に応える最終章であっても、「追い付く」必要はない、という見切り。
むしろ、追い付いてしまえば陳腐、という感性。
並ではないものを感じます。
また、行や連だけに着目した様式の繋がりではなく、「視点」の暴発という趣向ですか。
起承転、各々単独視点で行儀良く繋がったあとに、複数視点で踊り騒ぐ。
しかも五連のうち、奇数連に人間界、偶数連に魔界、というふうな配分。
第二連に転の「子」を、第四連に承の「母」を奏でて、起の「父」は章外で空無の域。補色として人間界の「父」が奇数連を渡る。
付け加えれば、第一連にある仕掛けが叙述トリックの働きをして、一瞬迷宮にいざなう門扉となっている。
しびれますね、これら技工の精華。
結の章でしだいにあきらかになる闇黒の定め、異界に響きあう言霊、追いかける者たちのフーガ奏法のような際限ない励起、このようなことまでが、二十行程度に凝縮されているなんてことが、どうしてありえるのでしょう。
フーガ(fuga)、日本語に直せば「遁走曲」です。お題そのままを、演奏したのでしたか・・!
読むというよりも、聴くに近い、大変に見事な終楽章、と感嘆します。
※
良い結が出現しますと、すべてはこのために準備されていたのか、と思えてしまいます。
時間を遡って、結が、起、承、転の文章を細部や音色まで操ったかのような不思議。
4章小説とは、文芸とは、面白くて怖いです。まことに。