『マザー』の感想
お題
「おかあさん」と呼んだことはあっても「マザー」はないです。
ですから、比較すれば、温もりのある言葉、特別な声音には感じられません。
私は、なんとなく、遠い地の事柄、機械関係、SF方面という連想が働きました。
起の章
赤の他人である夫婦の受精卵を、自らのお腹で育て、出産した子供を元の夫婦に引き渡す。
というのが、現在の「借り腹」の意味であろうと理解しています。
そしてこれは、現在の日本国内では合法的に認められていないはずですし、非合法にこれを決行していた、という報道も私は聞いたことはありません。
> テレビで、受精卵とか借り腹とかいう報道をしていて、もう大きくなった子供までいるんだと驚いた。
よって、これは米国辺りの報道か、米国辺りに日本人が行った上でのことか。または「もう一つの日本」の情景。というのが私のつもりでした。
そのままの関係がこの「母」と「子」にあった、ということでもよいですし、わずかでも重なるところがあって「母」の笑顔を引きつらせた、ということでもよいだろうと思いました。
謎めいた関係を、解きほぐしていくのは、後の章の人におまかせしました。
承の章
ですが、科学的な説明、性急な腑分けではなく、情緒方面から回り込んでいく。
承の章はそういう立ち位置でしょうか。
「母」の側から「子」を見て、歌を返すという風でした。
> かみやすり同士を張り合わせたような痛々しさと不安定と、臆病。
上手いですね。
彼女の想いそのまま、お話は先へ引き延ばされていく。
転の章
ついに告知に到ったと思うんですが、話者が男性に感じられました。
内容からこれはやはり「母」の言葉でしょうから、きつめの語調、化粧のそぎ落ちた姿でしょうか。
夫に逃げられ、様々のことが錯綜し、絞り出しているということかもしれません。
起で「借り腹」と書きましたが、医学的に多少できないことができるようになったとしても、昔にもあったことと実質は変わらないのでしょうね。
「子」は有美という女性。
崩壊に向かう中で約束の日を迎えた、家庭、親子。
転の章らしい、ぶちまけ具合ですよね。
NONTAN さんは、勢いで結の章もいかれましたが、ここで想いをとどめて、他の人のまとめ方を眺めるというのも一興だろうと(傍観者は)思いましたよ。
結の章
なるほど。
結の章の始まり辺り、話者に戸惑いますが、次第に有美であることが分かってくる。
年月を経て、同じく娘の母となった有美と。
劇中劇のようにはめ込まれた、どん底からはい上がっていく女と男の物語ですね。
見方を変えれば、それまでが「回想」という劇中劇だったのでしょう。
短すぎる場所なので、安易なめでたしめでたしであるかとも見えましたが、「願い」を込められたんだろうな、と勝手に想像しました。
ひとに任せて、こういう前に向かう結末を動かされたくなかったのかな、と。
昔から歌というのは、のろうのではなく、ことほぐ。
確かに、そこからしか扉は開かない。
ひとつまた、教えていただいた、という気持ちもしました。