『果て』の感想
幽玄。
・・というおもむきでした。
お題
このお題、妙に力があったようです。
とりとめがないようで、しかし、遠くまで光芒が射しているという語感。
起の章
私は最初、空間的な「果て」に考えがゆき、辺境星の守備隊の話を組み立てました。
わりと面白いなと思ったんですが、なにやら長くなってしまって、どうも4章小説向きではない気がしてきました。手を止めてぼやんとしているうちに「なれの果て」「挙げ句の果て」という言葉が浮かびました。
そしてすぐ、ぱあーっと見通せました。
すなわち、
起の章 嫁姑の確執
承の章 鬼母による躾
転の章 ぐれまくる子
結の章 破局
という構成です (笑)
これはいい、分かりやすいし、書きやすい、見せ場も随所に、と方針転換してできあがったのが、現行の起の章です。
ほんとに、思惑通りには行きませんね (^^;
承の章
気位の高い家というのは無数にあって、自分たちでそう思っているだけという実態が多そうなので、私は、特別な家庭は考えていませんでした。
カオスさん、思わぬところを伸ばしましたね。
伝統芸能・・ 無形文化財・・ 人間国宝・・ 梨園・・
このような言葉を連想しました。
しゃれてるなあ、こんな発想がよくでてくる、と感心でした。
それなりの教養がないと、このお話は続けづらいでしょう。一気に難度が上がったとは思いましたが、私にはたぶんもう回ってこないので、胸を撫で下ろしていましたよ。
転の章
ここは難しいと思いました。
特別な家。たぶん、鑑賞したことはあっても内幕は分からずまして演じたことなどない高尚芸能。それらを背景に、喜び憎しみの矛盾錯綜する母親の心が漂っていく。
どう料理するのかという楽しみと不安、こちらもないまぜでしたが、とても繊細なつくりで応えてくださいました。
(ここら辺りから、読解の幅は広がっていくと思います。以下すべて、私の「読み」ですけどね・・)
れいむさんは、あえて芸能関係の語彙は避けていますが、これはお話を異次元にとばしたのではなく、承の章でそういうお披露目は済んだとして、残像があれば良しという加減なのでしょう。成功していると思います。
学校の成績など、一般社会の基準は、この家では無価値に近い。
芸に不足あり、となれば、容赦なく叱責、土蔵でのお仕置き。
そういう厳しさを、哀しさを、フィルター越しのようにまたは間接照明を用いるように、静かに描いている。
> リュックサックをかつぎ上げたとき、
> 父がわたしをじっと見ていった。
ここは、謎は謎なんですが、色々に想像できる余地を残して次章への受け渡しということでしょう。
「リュックサック」ですから、遠足、あるいは家出かなあ・・
「見ていった」は「見て言った」でしょうから、影の薄いこの父親の声が次にある。
リレー小説ならではの「切れ」ですか。としても、味がありますね。
結の章
難度が章ごとに高まっていく、という緊張感がありました。
ほとんど無理では、とまで思っていたのですが、乱入というさらなる制約も超えて、よくぞここまで書いてくださったと読者として感謝です。
最初の三連、転の章の終わりを受け、リュックサックを担いだ子が父に呼ばれ、新しい命に対面しに行く。リュックの中身が不可知であるように、母にも、読者にも、この長子の内奥は明瞭ではない。
最後までつまびらかではなくて、それは、褪せていく舞台や贔屓筋の非難や、兄弟の嫉妬、そういう状況から想像するしかないし、想像しても掴みきれはしない。
こういうもどかしい触感は、この章、ひいてはこの物語世界の芯にまで繋がっていると感じました。
わが国の芸能というものの触感を、このように彷彿とさせていく手腕、見事の一語です。
思うに、徹底的に叩かれてそれで普通なんでしょう。若さ、新しさ、未熟。叩き抜いた果てに、本物が産まれることをいつの時代でも皆が知っている。
> じぶんは今、声をあげて笑っているのかもしれない。
心の中で、ではなく、本当に声をたてているのだと、私は思います。
母は力を出し切り、命を捧げきり、義母の内にあった魂が憑依を完成させる。
「彼女」に護られ、子らにも「芸」と「美」とその裏で燃えさかる「狂」は、また引き継がれていくのだ、と見ます。