『漆黒』の感想
こういう楽しいお話になるとは・・
やられたなあ。うまいです。
お題
黒といえば白。これはコントラストの物語になる、とは考えていました。
どこで反転するのか、起、承、転、どこでもありうると待っていましたが、結までお預けとは全く予想外でした。
そして、前三章の語調によって思考のエアーポケットに落とされていました。
書かれてみれば、そうかこういう手かと分かるのですが、それは後知恵というもの。
そしてこれらの仕掛けが、4章小説で成就している。すごい。これぞ、醍醐味ですね。
起の章
お題をストレートに受けた二人称ですか。
二人称というのは、相手に語りかけるとか、手紙とかになりますか。
でも、独白と言えなくもないわけで、
> 君は闇の中にいる。
と、暗い舞台上の一隅から、ひとり俳優が、さらなる闇に沈むような観客席の息遣いによく鍛えた声で語り始める。
そんな幕開けの場面、情景とも思えました。
そうはなりませんでしたが、劇中劇の匂い。
承の章
> 闇にすれば心を開く?。 TO BE OR NO'T TO BE。
花島さんも引きずられたのか、シェークスピアです。
しだいに、観念的な詩に酔うような、袋小路に迷い込んでいきたいような、そういう空気が充ちてきます。
ここら辺で、私は早くも息苦しさを感じてました。
承で反転してくれなかったので、次の転ではいくらなんでもとほぼ独り決めしていましたけれど。
起から承のあたり。
題名は、最初に印象強く読者の心に刻印されていますし、後々までも残りやすいものです。その作品において、強い語です。人名とか場所など具体的なものではなく観念的なタイトルの場合は特に、本文の中で繰り返し現われると、くどくなるような。
・・と、これらの時点では感じたのですが、結であのように裏返していただいたので、くどさが面白さに変容しましたね。うーむ、文芸の妙です。あるいは、ナイスフォローでしたか。
転の章
HARUさんのこれは、「じらし」でしょう (笑)
光明の予告まで、という「転」とは。
> 分からないのなら試してみるかい?
> 光がいかに自由を束縛しているか。
> そして闇のホントのすばらしさを・・・。
ここは、名文句。うなります。
まさに、著者の「じらしたい」という性格と、この流れ、この場所という制約が邂逅して産まれた言霊だったのでは。
今回はどの章も短くて、よい響きを持っていて、読み直すほどに私好みです。
今となっては、休み番だったのが、無念なほど。
結の章
私がここで結に指名される可能性が高くて、この舞台の終幕を如何にといくらかは考えたんですが、かなり難しそう。劇中劇としたらね。
指名されなくて、ほんと助かったと当時思いました。
例えば、観客席にライトが灯ったら、そこには・・ なんて展開だとしても、劇中劇の脚本通りの驚きだけでは片手落ちでしょう。と言って、(物語上の)現実の驚きまで重ねるとなると、相当に明解なアイデアでないと、(この4章小説の)読者を混乱させそうです。
カオスさん、なるほどねえ。ここまで飛躍させてしまう。
くだくだしい説明は、あきらめます。
飛躍の距離が大きいのに、着地に狂いがないと見えるのです。
落ちたそいつが、助走路からのそいつであることが直感的に納得できる。
よって、爽快です。
読み直せば、とぼけたような導入も、愉快ですねえ。
冴えわたっていて、余裕もある。
参りました。
# 「結の章」となっているべき文字が、そうはなっていないのは、誤植ではなく隠しアイテムですか!
うーん、さりげない、にくい演出です・・