小説工房談話室
ただ、それだけのために   結の章
2001/06/10 和香 _ Home Page _
 
 
 
ただ、それだけのために
お題  ROOTEC


  ささくれた手に馴染んでいるのか?、それとも遊ばれているのか?、まるでマジシャンが
 見せる妙技の様にボールペンは軽やかな動きを見せている。
  1、9、20、30、、、、、それとも5、か15か?
  ぴたりと止まった手にオーラを感じさせるペンは今にも躍動しそうである。
 「頼むぜラッキーフィンガー、今こそ力を見せてくれ」
  名付けられたペンは第六の指の代わりを果たす生き物、黒い血を紙面にしたためるだけでなく
 目に見えぬ力を今にも引き出そうとしている。
 「こっちはどう?」
  2、0、1、、、いや、1、2。
  無造作に伸びた髭や頭髪を掻きむしり、この世とも思えぬ形相で紙面に噛みつく。
 「数字だ、数字のあや、生きている?」
  600万、800万、途方もない数字。確率という壁に大きく立ち向かい打破する喜び。
  何百万、何千万の人がチャレンジして打破できるのはわずかに一人や二人、いや、誰も
 いない。データーを取り、感を働かせる、それでも打破できない。
  何冊の攻略本、分厚いデーターもただ空しさを増すだけである。
 「運がいいだけでかたずけられる問題だろうか?、それだけでも選ばれた人の確率
  は大変なものだ。いや、奇跡に近い。俺も奇跡の人にあやかりたいものだ」
  ペンを置き静かに深呼吸をほどこすと息を止めそのまま瞑想にふけった。
  細かな振動を繰り返しペンは紙面に直立すると命を吹き込まれた様に走り出した。
  まるで何かに取り憑かれたように。


 

起の章  花島賢一


ひとりでに動き出したペンは、紙面をでたらめに動く。
流れるような・・・それでいてどこか暴力的な動きだった。

やがて、ペンは動き出した時と同じように
唐突に止まり、パタン・・・と静かに倒れた。

その軌跡は、読みづらいが、ある一文を描いていた。


       麗
         
         し       き

            華
                           の
 ごと 
         く

                  没
      落
                          は
     
              夢
 
              の
   
     よ
                       う

        に   。


それが何を意味するのか・・・。
何度問い掛けても、ペンは二度と動きはしなかった。


 

承の章  カルマ


 窓の外を人工物だらけの景色が流れる。
 雑多な人間が表面だけをなでるようにふれ合う。
 かつて人間が天空の全能を目指したように。
 かわす言葉もなく、さらさらと流れてゆく。
 なにもかも。
 そしてまた鋼鉄製の巨大で従順な大蛇は、
 コンクリートの舟の横へとすべりこむ。
 山手線の午後は、けだるい。延々とくり返されるループ。
 でも、ようやく日が暮れ始める。疲れを引きずる連中をひきつれて。
 そうなれば、もうサーヤの居場所は、なくなるのだ。
 電車の中にすら。
 泣き出しそうな空をぼんやりと眺めながら、きょう何度目かの品川駅で降りた。
 熱気の籠もる駅構内を奔流のようにでたらめに流れてゆく人波は、
 いつだって何かに向かっていて、でもどこか温度がなくて。
 すれ違うたびに、振り返りそうになるほど、背中はみな濡れているように見えた。
 目を背けたい痛々しさをおさえながら、逃げるように駅を出る。
 頭の上では、我慢しきれなくなった空が、激しくむずがり出す予感がした。
 色とりどりのネオンの華を抜け、ふと、小さな雑貨屋が目に入る。
 だれもがその存在に気付かないかのように素通りするその中には。
 とろりとした闇がすとんと投げ出されていた。
 サーヤはまるで糸繰り人形のように、吸い込まれた。
 無人の店内を見回すと、今では映像でしか見られないような秤や枡が並べてある。
 黴臭く薄暗い店内は、小さそうに見えて、奥底しれなかった。
 肩をすくめてそろそろと歩く。ちょうど叩きつけるような雨音が始まる。
 さぁ…さぁ…。雨音のモノトーンが静寂を支配した。
 急に肌寒くなり立ち止まる。そして。
 棚においてあるブリキの発条時計を手に取った。


 

転の章  れいむ

 
 冷静になれ。
 衣、食、住、ってことだとにかく。
 着るものはどうでもいい。外見など気にしていられるか。
 食わないというわけにはいかない。

 転がり込んでもう一ヶ月になる。
 下には下がいただけだがサーヤは借金漬けだった。
 が、いずれつぶしが効くだろう。女なんだから。
 俺はだが、そういう稼ぎに寄生して平然としていられるほど図太くはない。

 奈落は見えるけれど、まだ、落ち始めたところにすぎない。
 俺の金は残っている。
 残っているが一日ごとに、減っているだけだ。
 サーヤの分まで減っているから加速がついているのが、痛い。

 女なんだから。
 好きでもない男のためでも運命なんだから。
 そういう奴だから借金まみれになるんだから。
 甘えてはいけないのは十分わかっている。しかし、ほかにどうする。

 朝からいない。
 職さがしに行ったんだろう。
 俺があんな事を言ったから。
 ほらまた一日が暮れていく。

 俺にも才能がある。
 そればかりに精を出してきたんだから。
 しかしギャンブルも文筆も、恩返しをしてくれない。
 今日までのところまだ、稼いではくれない。

 ならばどうする。
 金が今の半分になったら、正気を保てるか。
 無理だ、たぶん。
 いよいよになったら二人の狂気を足して踏み出すしかないんだ。


 ※


 なんでこんなものを買ってきた。
 勤めは見つかったのか。
 なに考えてる。
 おまえ、まともに生きるつもりがあるのか。

「これで、朝起きられる」

 朝なんか糞くらえだ。
 また一日飯を食うんだ。
 時間など経って欲しくないんだ。
 そんなもの俺たちには、不吉なんだ。

「もどろうよ。ふたりで」

 もどれやしない。
 おまえ、子供か。
 行くしかないんだよ。
 あっちのほうへ。

「うん。わかった」

 そうだ。
 そういうことだ。
 あしたこそ見つけてこいよ。
 俺は待っている。
 
 
 

結の章  和香
 
 
 
 
 
 
 
それでは、

次作「お題」担当の指名をします。


花島賢一さん


どうぞよろしくお願いいたします。