こんにちは!
4章小説、つながっているようですね。
みなさん、お疲れさまです。ありがとうございます。
新しい方にもっと来ていただきたいと願うのですけれど。
基本的に遊びなんですが、あまりに過酷に見えるのでしょうか (笑)
ふうむ。
最初の一年ぐらいは、まあ、楽です。
そのうち、自分の引き出しをみんな開けてしまったような気分になって、追いつめられていくかも。
でも、それからがようやく本番ではないかと思います。
いやもおうもなく引き出しの奥の壁をこわしていくしかない。次々に。
新しい引き出しも増やすしかない。
それが修行に(今風で言えばトレーニングに)なるような気がします。
花島賢一さん (Re:650)
> お金がほしいというよりはなかなか当たらない物を当ててみたいという
> 願望が強いですね。
私よりも純粋です。
恥ずかしくなってしまった・・
私が妄想していると、まもなく、兆の単位になってしまいます (爆)
カルマさん (Re:658)
> 本を読むときの定番スタイルってありますか?
私の場合、場所と時間でしょうか。
自室、電車の中、図書館、喫茶店・・とか、それぞれ過ごしている時間帯がだいたい決まっていて、この場所ではこの傾向というふうに読むものが馴染んでしまう。毎日少しずつ、複数並行で進む。
こういうのが好きです。
過去の一時期、理想的な状態にもっていけてたんですが、今はまあ、優雅に、というわけにもいかなくて。ははは。
本やその作品と暮らしている、友人、恋人、家族という感覚までいきますよね。
今日もそいつと話す。逢い引きする。
こういうのに慣れると、興奮して一晩で読めてしまう、というものが最上とは私には思えないです。むしろ、ひと夜限りの相手、ゆきずり、なんて感じ (笑)
図書館で長編を読み継ぐというのも楽しいです。
暇人状態で、このように暑い時期ですと、冷房の効いた静寂空間ということになりますので、最高の環境、習慣。
一二時間歩いていける図書館がいいですね。シャツが汗ぐっしょりになって、図書館の玄関にたどり着く。缶ジュースを飲んだり一服したりして一息ついでから、書架を巡る。心がしずまっていき、いつもの棚のいつもの本を取りだして、席があれば座るし、なければ床に座る。
硝子窓の外では大きなケヤキが、今日も鬱蒼と風にそよいでいる。
特に読むものにあてのない時は、百科事典で遊んでました。
興味のおもむくまま、なるほどねえとか呟きながら、あっちこっち開いて時間を忘れます。
もうお分かりでしょうが、ネットって、巨大な百科事典、果てしない図書館ですよね。
検索やリンク集を介して、どこまでも旅していける。
とても私好みです。
れいむさん (Re:659)
相変わらず、お忙しいようですね。
催促になってしまって、ごめんなさい。
転の章、お待ちしています。
☆
ではまた〜
☆
おまけです。
『伊勢物語』八十二段より。
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このようにして
その木の下からは引き返したのですが
日が暮れてきました
お供の一人が
地元の民に酒を運ばせて
野原から現われました
この酒を飲もうと
かっこうの場所を求めてさらにゆくと
天の河というところに至りました
親王に
馬頭(うまのかみ)が大御酒(おほみき)の口をささげすすめました
親王はおっしゃいました
交野(かたの)を狩りて 天の河のほとりに至る
を題にして
歌を詠んでから
杯にさすように
こうおっしゃいますので
かの馬頭が詠んで奉りました
狩り暮らしたなばたつめに宿からむ 天の河原に我は来にけり
狩に明け暮れた今宵
七夕の織り姫に
宿を借りましょう
天の河原に
私は来たのです
親王は
この歌をくりかえし繰り返しとなえられていましたが
どうしても歌を返すことができません
紀の有常(ありつね)がお供の中におりました
有常が代わって返します
一とせにひとたびきます君まてば 宿かす人もあらじとぞ思ふ
ひととせに
ひとたびだけいらっしゃる
尊いみこを待っているのですから
あなたごときに
宿を貸す人はいないと思いますな
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