『ひややかな願望に六感』の感想
みなさん。
この暑い時期、おつかれさまでした。
お題
最初目にしたとき、吹き出してしまいました。
イメージがすんなりとは湧いてこない、不思議な構文。
今もって、私の心の中でこなれていないです。
これは、前衛、か。
起の章
人生は舞台、などと言われます。
この章の青年の奮闘と夢みる心は、誰にでもあてはまって、私も身につまされます。
あのお題からこの起の章という経路に、興味が湧きました。
キーワードが「願望」で、この対極(or前段)として生まれた。
以前から元のものはあって、後から、このお題の守備範囲だろうと転用した。
全く脈絡はないけれど、後ろの章の人が関連させてくれるだろう(くれなくてもそれはそれでいい)、と。
などなど。こういう所の想像も楽しいです。
承の章
起の章の呼吸をついで、暗から明、努力と報いという(読者の期待に添うという意味で)自然な流れ。
HARUさんにしては大人しいと思いましたが、ぐっと引くというカードの切り方も覚えられたのでしょうか。
この「ニヤリ」も、誰でも経験あるでしょうね。
競争に勝ち抜いた者が、負けた者たちの注目の的でどのような表情を見せるか。
小さいながらも「見せ場」でしょう。
押し殺して、嫉妬や反感を最低限に抑える。というのが古来からの日本風ですか。波風をなるべく立てない。新しい序列へ、儀式を重ね、粛々と移っていく。一度決まったら運命に従う。
あけっぴろげに喜んで、というほうがむしろ好ましい。フェアプレイである限り、認めざるをえない、祝福しよう、というのがアメリカ方面なのかな。その代わり、アンフェアが介在していれば、声をはり上げ命かけてでも許さない。認めない。
転の章
四連が綺麗に流れているなあ、と感じました。文章が澄んでますね。
高揚から不安へ。
転ラストで、降板、主役交代か、という波乱含みでしょうか。
起承転結。
陰陽陰陽(●○●○)、というリズムですけれど、陽(○)として、やはり主役をやりとげてという結の章が予想されますが、少々ありきたり。
といって、このまま落後していって、●○●●という構成は(リアルで、私好みではありますが)陰々滅々となってまとまりが付けづらいかも (笑)
花島さんのお手並みを待つ、というところでした。
結の章
こういうオチでしたか (^^)
4章小説としてのまとまりで言えば、みなさん慣れた方ばかりなので、うーん、アリガチ、などと腕組みをされた方もおられるのではと思うんです。
でも、とある学芸会での情景や心理の描写として、私は感心しました。
言葉に詰まってしまって以降の大人達の対応など、見てきたようです。
(ほんとに見たことがあるんじゃないかと想像します)
あと言えるのは、この結の陽(○)と、起や転の陰(●)とのギャップの妙かな。
同じ物差しの線上での、プラスとマイナスではなく、かけ離れたところでのそれとそれになっていますよね。4章小説ならでは、でもあるのですが、合わせようと思えば合わせられたかもしれないのに、それは選ばなかった。
結果としての「崩れの味覚」とでも言うのでしょうか。変だけど、嫌ではありません。
起、転のお二方にとっては、心晴れないところもあるかもね。しかし、仲良しクラブではないはずですし、覚悟の上でしょう。
私は、個性ということで片付けてしまうのは惜しい、お題にもあった不思議感覚とも相通ずる、物語統御の特殊な能力と思います。
この花島さんの力の秘密(カラクリ)を、もしできることなら分析してみたいな(私のテクにできないかな)と感じた一遍でした。
たとえ、取り込むことができたとしても、飼い慣らせるテクではないような怖さもありますね。
お付き合いが長いので、すでにだいぶ染まっているのかもしれませんが。 ^^;)
☆
結の場面からの連想を、すこし、付け足しておきます。
大人になってからですと、俳優がせりふに詰まってしまった舞台、生で一度だけ観たことがあります。ある大学の劇団の一般有料公開でした。
共演のアドリブでかろうじて繋いでいましたが、虚構の勢い(観客の心も含めたそれ)が切れてしまって、相当に気まずいものがありましたね。そのあと、終わりまでノレナイみたいな。
TVの生番組でも、視聴した経験があります。それほど古い記憶ではありません。とちったり間違えたりまで含めれば何度も。
ある語りの芸人さんのときは、完全に詰まってました。かなりの人気番組の(しかもNHKの)ゲストでした。晴れ舞台と言ってもよかったのに、何百万人何千万人の前で、声が出なくなったわけです。見てると今すぐにでも出そうなんですけど、たった一語でも糸口がつかめれば一気のはずなんですけど、たぶんスタジオのディレクターとかも切り替えるかどうか決心がつかない寸前の状態のまま、どうしても本職の語りを始められないのです。秘めようとしてもしきれないその芸人さんの苦悶する表情を、数分間、うあーと低い声をもらしながら見ていました。とうとう、もうしわけありません、でてきません、と頭を下げました。この人は、もうこの世界では死んだと感じました。
確か、復活しているはずです。根性あります。
大学の劇団の彼はほとんど素人でしょう。消息は知りません。
私は、中学一年か二年のクラスの文化祭の劇で、リハーサルでの代役をしたことがあります。
その日は用があって本人が参加できなかったんでしょうね。
ガリ版刷りのホンを手に持っているのに、詰まりまくりでした。観客はいないのに、声のふるえが消えませんでした。心の中でしている舌打ちや溜息が、四方から聞こえました。
本番はもちろんリハーサルでも、二度とお呼びがかかりませんでした (泣笑)
舞台の上というのは、怖いですね。