『窓の外』の感想
お疲れさまでした。
気持ちのいい短さ。私好みでした。
季節にもあっているし・・
お題
対象観察の雰囲気、っていうのか、どこか高踏的で静かな。
れいむさんの好みの方向に沿っているんでしょうね。
# 漱石に『硝子戸の中』という題名があります。
起の章
言葉を惜しんでくれた。書きすぎないでくれた。と感じました。
仕掛けとか、突飛な謎とか、強い語調とか、熱いエンジンとなる起の章もあるんでしょうが、きざしのような淡いものであっても、ひかえた文章であっても、十分だろうな、後の人が助かるってこともありそうだし、など、常々思っています。
同房の入れ墨男の造形、彼との対照、渋いと思いました。
一章の中に幅が生まれ、釣り合いが取れている。情景が浮かびます。
承の章
彼=主人公は、ふてぶてしい犯罪者、というふうではないですよね。
殺人や強盗というより、詐欺かな。という勘です。
バブルの終盤、荒稼ぎをした。世の中が下降線をたどりだして「そろそろ潮時だろうな」と感じる。流れていったなんでもない街で、ふつうだけど可愛いげのあるその娘に出会う。なつかれる。ここらで根を下ろそうか、という気分にめざめる。
蓄えた資金で小さな店でも始めてみようか、こいつと、などと人並みのことを望み、語り合い、街の人たちになじみ、いよいよ準備し始めたちょうどそのとき、旧悪が暴露されて、縄付きとなって、夢はやはり儚くなっていく。
というような事情のあとの、彼女の歌、という立ち位置でした。
男をいつまでも待つ、というのは、ロマンティックですけどねえ、当世ではいないか、少ないか、という醒めた認識もあって、五年ですら待てない女、待ったりしたらいけないと自分を責め立てるような歌、あってもいいかと感じました。
もちろん、そうは言っても、年月とともに想い出がふくらむということもあるし、再会したときほんとうに拒み通せるかどうか、これも分からないわけで、転以降でのふたりの接近、密かに期待はしていたんですが (笑)
書いている途中で、詐欺罪で五年も刑期あるのかなあ、嘘っぽいなあ、とふと疑問が湧いて、刑法見たんですけどね、「十年以下の懲役」とありました。意外に重かった。
転の章
結果的に浮きぎみの章かもしれませんが、転回しているということは確かでしょう。
人、場所は変わらなくとも、心の中で。
どうやら死の側のいろどり。人は若く丈夫であれば死から遠い、とは限らなくて、ある状況におかれるということが、そこへのショートカットを開く。
あまり、陥りたくない境遇ですか。
転の章冒頭で出所まで跳んでもいいか、というのがせっかちな私の感覚でした。花島さんなら「脱走」まで演出しちゃうかも、とも予想しました。結の章では入れ墨男がかかわってきたり、とかね。
しかし、こういう繋いでくれる章があるから、読者の心の中に「溜め」ができて終結での水位が高まる、ということもありそうです。
結の章
これは、出色だと思います。
承の章を受けてくれたというところも、嬉しいし (^^)
大人のお伽噺としてさみしげに閉じていく。この味もいいです。
女が三十として、男はもう四十近いんじゃないかな。
攻めるよりは退く、という選択、珍しくないと思いますよ。
人間が弱くなったというよりも深くなってしまう。相手のことも自分のことも見えすぎる。
彼は改心したとは限らないし、これからも詐欺まがいのことでしか食べていけない人間かもしれないけれど、やるせなさが渦巻いていたのかもしれないけれど、この簡潔な手紙には、澄んだ情感が濾過されている。
彼なりにぎりぎりの見得を切っている。見事な、と声をかけてあげたいです。
彼女は夢をまとっていた。
あきらめなければならないなら、これから、彼にとってなおさらでしょうね。