本は読んでも読まなくてもいいというものではない。読まなければならないものだ。こう断言したい。
読書は自己形成のための糧である。読書はコミュニケーションの基礎である。     (齋藤 孝 著「読書力」)


そういうことを考えながら読書をしているわけではないのだが、読むこと自体が楽しいのである。読んでいないと落ち着かないのである。
その1  その2 その3  山本周五郎編
65 悪魔の羽根 乃南 アサ 04.12.30 空の上の天使の羽根が柔らかに落ちてくると思っていたのは甘い幻想でフィリピン生まれのマイラにとっては、暗く沈んだ雲から果てるとも知れず降ってくる雪は白い悪魔の羽根だった。表題作を始め、日本の四季を背景にうまく描きながら日常生活を素材にしたサスペンス。拍子抜けするような意外な結末がかえって不気味な恐ろしさを醸し出すのはさすがだと思う。
64 熱球 重松 清 04.12.26 高校球児の夢、甲子園をめぐる青春と故郷を描く。主人公は38才、中年である。それでもまだ青春という言葉に恥じらいを持てる年でもある。まるっきり、枯れた思い出というわけでもない。あまりにも痛い青春の思い出を軸に、不安定になっている家族の絆、そして年老いた父への思いとその父の不器用でも凛とした生き方が心を打つ。
63 オー・マイ・ガァ! 浅田 次郎 04.12.20 友人に裏切られてすべてを失った大前剛、キャリアウーマンから娼婦に転職した梶野理沙とベトナム戦争の英雄でありながら落ちぶれているジョン。ラスベガスというアメリカンドリームの舞台で3人が同時に1台のスロットルマシンで出した大当たり。アラブの石油王やかつてのマフィアの大物や殺し屋・・・笑いと涙というよりはむしろ、笑えるシチュエーション。アメリカ人がよく口にするOh,My god。「おおまえごう」という日本人名からしておかしい。
62 般若心経入門 松原 泰道 04.12.5 般若心経は276文字である。この276文字に人生の知恵が込められているという。色即是空、空即是色・・・あると思えばないし、ないと思う心さえない、不生不滅は生ぜず滅せずとも考えるが、生じたとも滅したともいえない・・・そういうことを般若心経では、教えてくれるのだが、凡人である身には図り知るべくもない。
61 黒祠の島 小野不由美 04.11.28 明治以来の国家神道からは外れた信仰を持つ「夜叉島」に渡ったまま行方を絶った葛木志保。そのパートナーとして作家である志保の作品に対する情報収集や調査の仕事をしていた式部は手がかりを求めて島に渡った。嵐の夜神社の樹に逆さにつるされた女性の死体が発見される。余所者に対する排他的な島民がまるで結託しているように口を噤む中、事件の真相を解明しようとする式部。因習に満ちた島の過去が次第に明らかになっていく中。最後の結末とその因果関係の巧みさが光る作品である。
60 おぅねぇすてぃ 宇江佐真理 04.11.21 明治維新後、函館の商社で働く雨竜千吉は英語の通詞をめざしていたが、彼の思う幼なじみのお順はアメリカ人貿易商の妻になっていた。御一新の荒波に揉まれてそれぞれの人生を生きているのだが、東京築地で二人は再会する。自分の気持ちに正直に生きることをあらためて心に誓った千吉は、お順との結婚を決意する。英語を学ぶことについては現在より条件が恵まれていないにもかかわらず新しい時代に生きる青年の意気込みが清々しい。
59 エンジェル 石田 衣良 04.11.15 投資会社のオーナーである純一は何者かに殺されたが、幽霊としてよみがえる。前半では彼の誕生から死ぬまでの出来事がフラッシュバックで描かれる。自分が死んだ場面は、殺されたという事実だけがわかるのだが、誰になぜ殺されたのかということを含めて、死ぬ前の2年間の記憶だけが明らかにならない。その真相を探るため、彼の魂は現実の世界を漂いながらやがて何人かの人間とことばや姿で意思の疎通を図るようになる。死んだあとの時間を「生きる」という不思議な世界で、最後に命を賭けた究極の選択が待っている。
58 クロスファイア 下 宮部みゆき 04.11.4 念力放火能力という信じられない力を持つ青木淳子が、無軌道に殺人を続ける若者達を処刑していく。不思議な連続殺人事件を捜査する牧原・石津ちか子両刑事、牧原の過去には弟の不思議な焼死事件がある。次第に過去の出来事や事件、それに人物のがつながりが明らかになっていく。正義とは何かを問う作品でもある。
57 クロスファイア 上 宮部みゆき 04.10.25
56 赤・黒 石田 衣良 04.10.18 池袋ウェストパーク外伝の副題があるとおり、お馴染みの池袋でのあぶない仕事のストーリーである。今回はマコトではなくヤクザになった通称「サル」がある意味では主人公でもある。映像ディレクターの小峰が狂言強盗に加担したばっかりに、その金を横取りされ、さらにその責任をとるためにどん底からはい上がろうとするためのタイムリミットおよそ一ヶ月にわたる人生の賭けの話。
55 日めくり一日一語 読売新聞校閲部 04.10.13 普段何気なく使っている身近な日本語だが、その意味を十分に理解しないままだったり、時には誤解したりしやすい語句を取り上げて、解説しているしている。「おざなり」と「なおざり」はどちらも使われるのだが、それぞれ意味が違う。「フリーマーケット」が自由な市場ではなかったり、「スイートルーム」は新婚旅行などで甘い仲の二人が泊まるわけでもない。
54 ネバーランド 恩田 陸 04.10.10 伝統ある私立男子校の寮「松籟館」では冬休みに入ったにもかかわらずそれぞれの事情を抱えた4人の少年が家には帰らず居残りすることになった。4人のそれぞれの告白とそれにまつわる様々な出来事。現実と謎と秘密と・・・7日間をそれぞれの章としてストーリーが展開する中、4人の少年が生き生きと描かれる。決して優等生というわけではないが今時の高校生にしては分別も思慮もありながら、青春の危うさとネバーランドという名の誰にでもあったはずの青春が語られる。ネバーランドを出て行ったその後の4人に会ってみたいと思う。
53 座右のゲーテ 斎藤 孝 04.10.3 「壁に突き当たったとき開く本」というサブタイトル。筆者が技法の多くを学んだというゲーテのことばから、仕事のヒント、生き方のヒントを教えてくれる。「小さな対象だけ扱う」「自分を限定する」「日付を書いておく」「完成まで胸にしまっておく」等々、もっと早く読んでいたらと思うこともあるし、これからでも遅くないと思うこともある。
52 さらば深川
(髪結い伊三次捕物余話)
宇江佐真理 04.10.2 髪結いを生業としている伊三次は、自分の店を持たない廻り床屋である。奉行所の同心、、不破の小者としてご用聞きをしていたいきさつもあったのだが、今は中途半端な形でつかず離れずの状態。深川の芸者お文といい仲になっているが所帯を持つ踏ん切りもつかない。深川を舞台に起きる事件は複雑な様相はないのだが、事件を巡る人の心の裏表を伊三次とお文のやりとりから浮かび上がらせている。お文は自分の出自に哀しい過去を持つが、その生き様は、誇り高く、それでいて生身の女の脆さも併せ持った魅力的な人物として描かれている。
51 骨音 石田 衣良 04.9.26 続発するホームレス襲撃事件。世界で一番早い音はどこを伝わってくるのか。地域通貨「ぽんど」で活性化を図ろうとする陰で、手を汚している者。ドラッグとゲリラレイブで犠牲者が出てくるに至り、行動を起こすマコト。池袋を愛し、池袋に生きる人間が思い通りに生きられないような事件には身をもって解決にあたろうとするマコト、池袋を陰で仕切るGボーイズのヘッド、タカシ。無法地帯のならず者のようで、正義感があるようで、真面目に生きてるようでいて、いい加減なようで。現代のストリートの青春を生き生きと描くIWGP第3弾。
50 亡国のイージス(下) 福井 晴敏 04.9.23 その存在が世界には知られていない秘密の大量破壊兵器。それを手にしたテロリストと国家機密の謀略に息子をなきものにされた海上自衛隊のエリート護衛艦長。のど元に刃を突きつけられた国の中枢が下した判断と、国を愛することの意味を求めて、ひたすら人としての心を探ろうとする3人のキーパーソン。自らの誇りや信念を守ろうとする男達の生き様が展開する。日本という国が置かれている国際状況とアメリカ、北朝鮮の思惑をベースに日本という国を考えさせる力作。
49 亡国のイージス(上) 福井 晴敏 04.9.20
48 夢にも思わない 宮部みゆき 04.9.12 「今夜は眠れない」の続編となるが、中学生の緒方雅男が心に思う工藤久美子との関わりをメインストーリーとして、少女買春組織を巡る殺人事件を表舞台として親友の島崎との推理が展開される。事件の結末と雅男の恋の行方は意外な結末を迎えるが、思春期の男の子の心の内を描くことにかけてこの作者が女性であることを疑ってしまうような巧みさを感じる。
47 蔓の端々 乙川優三郎 04.9.9 若き武士瓜生禎蔵は剣術に励んできたがある日いずれは妻にと思ってきた八重が親友の黒崎礼助とともに失踪する。藩の執政を巡る権力争いの抗争に巻き込まれていく中で次第に明らかになっていく人間関係や事件の真相。身分制度という現実の中で杉や桐のように立派な木ではなくともその下に絡んで生きるツタのようにたくましさと複雑さが描かれる。
46 超・殺人事件 東野 圭吾 04.9.4 サブタイトルに「推理作家の苦悩」とある。なるほど、このタイトルの方がよくわかる。売れっ子作家でもない限り、あるいは売れっ子でも、謎解きやトリックや読者を惹きつけるようなストーリー展開を生み出すのはなかなか大変なのかも知れない。「推理作家協会除名覚悟!」と帯にある。問題作ということで、「超〜〜殺人事件」を8編収めてあるがブラックユーモアかそれともギャグか。
45 あやし 宮部みゆき 04.8.29 江戸の下町を舞台にした町人ものの怪談話9編の短編が収められている。「影牢」は蝋問屋の番頭が調べに来た武士に語って聞かせることでストーリーが進んでいく手法という珍しい表現を駆使している。「安達家の鬼」は人の心の有り様を示唆していると思うのだが、人としてこの世に生きることは少なからず自分の心に鬼を住まわせることのなのかも知れないと思わされる。「女の首」は勿論怪談なのだが、子を思う母親の情というものの不思議さを感じさせる。
44 スカーレットスターの
           耀奈
梶尾 真治 04.8.23 時空を超越したSFラブファンタジー、表題作の他に3編。いずれも地球を離れて異次元とも思える惑星を舞台に描かれている。主人公は青年、そしてその恋人。命や愛というものを、地球や人間というレベルから超越したものとして表現している。筆者独特のメッセージが「泣ける」ストーリーに込められている。
43 片想い 東野 圭吾 04.8.22 「男と女はメビウスの帯」10数年ぶりに再会した彼女は男になっていた。しかも殺人の告白をされる。彼女を守るために互いの同級生であった妻とともに調査や行動を試みるのだったが、次第に見えてくる事実や過去に出来事。性同一障害という重いテーマをベースに理解が難しい世界の相互の片想い、男女の世界の片想いを描いている。男の中の女性の部分や女の中の男性の部分というものは多かれ少なかれ、どのような人間にもあるわけで、それが強いか弱いか、またどのようなときに現れてくるかというに過ぎないのでは・・・・
42 パラレルワールド
ラブストーリー
東野 圭吾 04.8.16 親友の恋人を好きになってしまった主人公の記憶や過去は真実だったのだろうか。記憶、意識、認識などの問題について科学技術と神の領域との狭間で行われた恐るべき研究とは・・・そして、自分自身の記憶や認識の真実とはいったい何なのか。「私」をテーマにした東野圭吾得意の分野である。
41 エイジ 重松 清 04.8.14 同級生が通り魔事件の加害者だった。東京郊外のニュータウンに住む中学2年生エイジの視点から語る自分のこと友達のこと、学校のこと、好きな女の子と家族と・・・キレルということ、いじめやを巡る人間関係や周囲の状況。「ナイフ」で描かれた中学生の心を思い出させる。家族の問題や教育問題などを好んで取り上げてきている筆者の思いが生き生きと表出されている。「マジ!」などに代表される今時の中学生ことばがその心理描写を効果的にしている。
40 時雨のあと 藤沢 周平 04.8.10 表題作「時雨のあと」は体を悪くして以来、すさんだ生活を送る鳶の安蔵。妹のみゆきは兄が立ち直ることを信じて苦界に身を沈める。江戸の片隅で生きる人々の心の情景を描いた7つの短編だが、いずれも人間の弱さや哀しさが切ない。負の人情までも描くことが作者の主題の中心をなしていると感じられる作品群である。そして、描かれる女性の美しさが際立った表現で語られるのも素晴らしい。
39 雪明かり 藤沢 周平 04.8.7 下級の武士や市井に生きる人々の人間としての愛しさや哀しみを描くお馴染みの時代物である。表題にもなっている「雪明かり」は他家に養子に入った菊四郎と継母の連れ子である由乃との愛情の物語である。嫁に行った先で心身共に傷ついた由乃、上士の娘と縁組みが整っていた菊四郎、二人は最後にはお互いのしがらみを振り切って「跳ぶ」。一人の人でなしとして故郷を出る菊四郎の若さが羨ましくもある。
38 宿命 東野 圭吾 04.7.30 高校時代の初恋の女性と別れなければならなかった男は警察官となり、ある事件に出会う。事件の容疑者は学生時代からのライバルだった。幼少の頃からお互いに何かと気になっていたのだが、それがなぜなのかは分からないでいた。そして、容疑者の妻はなんと初恋の女性。単なる偶然なのか、二人の過去を巡る宿命なのか。
37 隠し剣秋風抄 藤沢 周平 04.7.27 おなじみ海坂藩を舞台にした剣客小説。下級武士の生活を写実的に描きながら、剣の使い手としての主人公の内面や脆さ弱さを描き出す。あわせて17編の短編でそれぞれに「秘剣」とされる剣の極意や手の内を明かしながら、主人公を巡る人間模様や武士の社会のしがらみなどが語られる。必ずと言っていいほど、妻や恋人などが絡んでくるが、最後はハッピーエンドとは限らずその結末にやるせなさを感じるものも多い。読者に安易な妥協をしない作者の矜持が見える作品である。
36 隠し剣孤影抄 藤沢 周平 04.7.23
35 娼年 石田 衣良 04.7.19 題名から想像できるように「娼夫」としての少年の話である。この作者にしては、大胆な題名とも思ったが、現代の都会の風景を巧みに取り入れながら、若者の生態を描くことについては定評のある作者であるから、読み終わってなるほどという感じ。主人公の「リョウ」の視点で語られる性描写と自分の内面に向ける観察力で表現される文章が巧みである。
34 王妃の館(下) 浅田 次郎 04.7.18 実際のツアーの展開とそのツアー客に語られるルイ14世の昔話とポジツアー客の一人売れっ子作家の北白川右京が書き下ろしていく小説「ヴェルサイユの百合」、転じて「王妃の館」のストーリーが巧妙に絡み合い、時代を越えて語られる。ポジとネガの各ツアー客がそれぞれの人生の交差点での意外な出会い。ルイ14世と追放された王妃とその子、それを見守ってきた料理人、特攻隊の生き残りの元夜間高校の教師夫婦、その教え子たちの人生、オカマや元警察官や奇想天外な登場人物はコメディータッチで描かれるが、やはり親子の絆というものを縦糸にした巧みな展開である。
33 王妃の館(上) 浅田 次郎 04.7.9 フランスはパリのシャト・ドゥ・ラ・レーヌ(王妃の館)に連泊するツアー。かたや150万円、これが「光」(ポジ)であり、かたや19万円の「陰」(ネガ)ツアー、意図的に仕組まれたダブルブッキングツアーの旅行客たちがそれぞれの人生を背負いながらツアーを続ける。ルイ14世のエピソードがツアー客への語りとして巧妙に取り込まれる。
32 会議革命 齋藤   孝 04.6.30 会議はスポーツであり、サッカーのようにゴールをゲットすることがなければ会議をする意味がない。日本の権威主義的な会議のルーツは御前会議であり、形や序列で発言の価値が決められているような会議は不毛である。必ず結論を生み出すための会議のあり方をユニークな喩えと切り口で明快に示している。
31 甘露梅 宇江佐真理 04.6.25 岡っ引きの夫に先立たれた町屋の女房、おとせが吉原の見世で住み込みのお針子となって働くことに。遊女たちの命をかけた生き様が目の前に展開される。現代に公娼制度はないが、世の中をいい加減に生きている人間が多いような気もする平成の世よりも人間らしく生きている吉原の人間模様が描かれる。
30 山本周五郎作品の女性たち 北影 雄幸 04.6.20 「日本婦道記」をはじめとする山本周五郎作品に描かれる美しく魅力的な女性60人を選りすぐってそれぞれのダイジェストとともに紹介している。これまで読んだ山本ワールドの感動があらためて思い起こされる。女性の真の美しさとはどこにあるのかを考えさせられるのだが、武士の生き方の解説にはややもすると危険なにおいがするのは考えすぎだろうか。
29 ジャンプ 佐藤 正午 04.6.14 あの時、あのことがあれば・・・・こうだったら・・・・過去を振り返るのに「もしも・・・」「・・・・だったら」と考えるのは無意味なのだと思うのだが、自分の人生を決定的にした分岐点というのはあるかもしれない。「僕」は奇妙な名前のカクテルを飲んでしまったがためにガールフレンドが失踪するという事態に直面する。謎が謎につながり、あの時こうすればという悔いが続く。5年の後に明らかになったことは・・・・
28 天国の本屋 恋火 松久 淳+
    田中 渉
04.6.12 天国というのは本当にあってそもそも人間の天寿は100歳あり、それ以前に死ぬということは残りを天国で過ごすだけという。死なないけれども天国に連れてこられたピアニストの健太。この世では飴屋の娘香夏子が商店街復興のために「その花火を見れば二人の恋は成就する」という伝説の花火大会を復活させようと奔走している。天国と現世、二つのストーリーが進行する。ホラーメルヘンとでもいったらいいのか。映画化の原作本である。
27 三屋清左右衛門残日録 藤沢 周平 04.6.9 家督を譲り隠居の身となった清左右衛門の日記。今の時代なら定年退職後の身の処し方を考えさせられる。老境に入って気持ち的にも一線から退いたはずが、藩の派閥争いに関わらざるを得ない状況から老いゆく命の輝きを描く。小料理屋「涌井」のおかみ、「みさ」との淡い心のふれあいがいい。
26 ぼんくら(下) 宮部みゆき 04.5.30 江戸深川の鉄瓶長屋で起きた人殺しを発端として、人のよい差配人が失踪し、長屋の店子も次第に転居していく。後を任された若い差配人の佐吉は地主の湊屋総右衛門の姪の子だが自分の母親の失踪がこの謎に絡んでいることを知らない。
ぼんくら同心平四郎が謎解きに立ち向かうがなにしろ面倒くさがり屋のぼんくらである。甥の弓之助はなんでも測量してしまうという変わった特技と推理の冴えで平四郎を助ける。鉄瓶長屋の住人煮売り屋のお徳、著者の捕り物シリーズでおなじみの茂七親分は紙面には登場しないがその配下の政五郎、そこでつかわれているおでこという記憶に優れた少年など、個性的な人物が活躍する。いくつかの短編をつなぎ合わせて、それらが「長い影」という長編の章につながって、全体の謎解きへと迫っていく。
25 ぼんくら(上) 宮部みゆき 04.5.10
24 朝霧 北村 薫 04.5.27 前作「六の宮の姫君」に続くシリーズ。「私」は出版社の編集者として社会人のスタートを切る。「俳句」「リドルストーリー」「暗号」を舞台として円紫師匠との謎解きが進む。その中に巡り合わせの妙があり、次回作では「私」の新たな出会いが予感される。心弾むようであり、切ないような期待がある。
23 かずら野 乙川優三郎 04.5.23 足軽の娘、菊子がたどった哀しく切ない女としての一生。自分の想いや意志などとは関係なく流されていく暮らしを捨てて新しい世界をつかもうとしながらも、だめな亭主を見捨てることにも罪の意識を感じる哀しい宿命。物語は終わってもなお、菊子のその後の人生は読者それぞれの胸の中に任されるというエンディングである。
22 歩兵の本領 浅田次郎 04.5.22 久々の浅田ワールド、自身の体験をベースに自衛隊という舞台に若者の群像を描く青春グラフィティ。最近俄に自衛隊の存在価値や憲法改正の動きなどが注目されているが、ここに描かれる自衛隊は、まだ旧日本軍の色彩を脱し切れていない体質や、様々な矛盾も含んでいいる。そこにいくことを選択してしまった、あるいは選択させられた青年たちの想いは時に滑稽であり、哀しくもある。
21 時代小説A 北原亞以子 他 04.4.30 「傷」は「慶次郎シリーズ」の一つである。江戸の不倫は命がけ・・・傷害事件の裏にある複雑な関係が明るみに出ると・・・・希に見る怪力の持ち主である兄と妹、見込まれて兄は藩お抱えの力士となるのだが・・・妹の知恵と胸の内に包んだ恋心がいい。
20 時代小説@ 北方謙三 他 04.4.25 「歴史時代小説の新しい楽しみ方」と銘打った第一弾。読切御免シリーズである。表題作の他に6人の書き手の作品を収録している。一つ一つにその時代背景に関連するコラムが解説的に添えられているのが興味深い。
19 麦屋町昼下がり 藤沢周平 04.4.18 表題作の他に「三ノ丸広場下城どき」「山姥橋夜五ッ」「榎屋敷宵の春月」いずれも剣の使い手の武士が主人公だが、「榎屋敷・・・」は武家の妻女田鶴が中心として描かれている。政治の裏や駆け引きの中での心理描写がおもしろい。
18 さつき断景 重松 清 04.4.11 1995年から2000年までの5月1日について、阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件を起点として、3つの家族のそれぞれのストーリーを描いている。現実の事件や出来事をそのまま描いているところに単にフィクションではなく自分がその叙述の中に位置づけられても違和感がないという読み方が計算されている。結局は決別してしまう大学生のタカユキ、年頃になった娘から敬遠されるようになったと思ったらその娘がいじめに遭っているヤマグチさん、リストラにあったと思ったら奥さんをガンでなくしたアサダ氏・・・解決をみることのない日常が続いていくそれぞれの6年間。
17 日曜日の夕刊 重松 清 04.4.2 ある町の春夏秋冬、12の短編小説。様々な日常を描く中で人間が生きていくことや平凡な生活の中にどうにもならない悲しみや矛盾や時には諦めなどがあることを教えてくれる。しかし、そういうことを解決するための具体的な手だてやなるほどという解答は形としては得られないのが現実。人生はそんなもんさ・・・といいたくなるのだが、重松清からのメッセージを受け取ると、「そんなもんでも、まっいいか。でも、元気出して生きていこうっと!」なんて気持ちにもなる。人生の答えはそれぞれの心の中にあるってことかな。
16 不安な童話 恩田 陸 04.3.21 強烈な既視感に襲われる主人公は、女流画家の死去後25年たった遺作展で意識を失う。「生まれ変わり」に対する疑問を持ちながらも次々とあふれてくる他人の記憶。画家の遺書と遺作を巡り当時関わりを持った人たちとの出会いから解き明かされる絵に託されたメッセージの謎。既視感の秘密。
15 盤上の敵 北村 薫 04.3.15 猟銃を持った殺人犯が妻を人質にして立てこもった。その救出のために犯人と交渉を始めた夫。報道陣も警察も出し抜いて妻を助けるための驚愕の作戦。それぞれの人生が語られる中でそれが重要な伏線となっていく作者の構想はさすが。所々に作者独特の言葉遊びも鏤められているのがおもしろい。
14 少年計数器 石田衣良 04.3.9 池袋ウェストゲートパークの第2弾。池袋の街を生きる危険な若者たち、街で起きる様々な事件に巻き込まれたり首を突っ込んだりしながらもそこに生きる人間たちに温かい目を向けるマコト。それはそのまま作者の目でもある。IT利用の風俗。誘拐事件。年寄りの弱みにつけ込む不良。かつての暴行事件で出所してきた若者たち。鋭く危険な青春のストーリー。
13 七つの危険な真実 赤川次郎他 04.2.29 「透き通った一日」は、いわゆる臨死体験を土台にした人間模様の真実を描いておもしろい。他に阿刀田高(マッチ箱の人生)宮部みゆき(返事はいらない)乃南アサ(福の神)連城三紀彦(過去からの声)夏樹静子(襲われて)北村薫(眠れる森)の7つの短編集、ミステリーの名手が鮮やかな筆致で人間の心の転機を鮮やかな筆致で描き出す。
12 魔性の子 小野不由美 04.2.25 学級で孤立している高校生、高里。小さい頃に神隠しにあったというが、その1年のことは記憶にない。それを理由にいじめを受けることがあるのだが、それに関わった者は、不慮の事故に遭う。周りをそれを祟りというが、高里にはその自覚はない。本人の意図とは関係なく高里を守ろうとする何かが得体の知れないエネルギーで蠢いている。高里は実はこの世界の人間ではなく、本来の居場所は十二国の一つ泰国・・・・
11 華胥の幽夢 小野不由美 04.2.21 天命を受けた王は天命により王になったが故に政を誤るということはないはずなのに、国が荒れたり妖魔が跋扈したりということが起きる。理想の国づくりはそれぞれの夢でもあり、夢の実現は王のなすべき使命なのだが・・・・才の王砥尚は先の扶王の失政に憤りやがて民の支持を得て昇山し王になった。二十年の後「責難は成事にあらず」という遺言を残して禅譲する。上に立つ者の在り方を考えさせられる展開である。
10 黄昏の岸 暁の天 小野不由美 04.2.14 反乱軍鎮圧のために出向いた泰国王驍宗。留守を守る泰麒は王の悲報に衝撃を受け、忽然と姿を消した。自分では意図しなくとも故郷である蓬莱へと行ってしまったのだが、それは神隠しにあった子どもが突然戻ってきたという現象として受け入れられるとともに奇異な者に対する迫害となる。その行く末を案じる将軍李斎は景王陽子に助けを求める。
図南の翼 小野不由美 04.2.8 何不自由なく育った豪商の娘、珠晶は荒廃した恭国を立て直すために自らが王となることを考え、逢山を目指す。麒麟に選ばれるという王とは強い運や人を惹きつける巡り合わせのようなものが備わっているのかも知れない。無邪気に一途に、時に傲慢に国を立て直すという強い意志に貫かれた少女の行動は、南を目指す鳳の翼でもある。
風の万里 黎明の空(下) 小野不由美 04.2.1 芳国の王女だった祥瓊は、王である父を殺され、その座を奪われた。景の女王が同じ年頃の娘であることを知り謂われのない嫉妬をする。蓬莱から才国に流されてきた鈴は苦難の道を歩みながらも景国に至ったが非道な郷長昇紘に親友をひき殺され、景王の治世に不満を持つ。二人とも景王に会いたいと思っていた。陽子として共に戦っていた中での運命的な出会い。
風の万里 黎明の空(上) 小野不由美 04.1.25
東の海神 西の滄海 小野不由美 04.1.23 雁国の話。延王尚隆は倭国からの海客である。六太、更夜それぞれに幼少時に親に見捨てられた子どもである。幼い頃に出会っているのだが、後の再会は巧妙な罠だった。
風の海 迷宮の岸 小野不由美 04.1.19 麒麟は天啓に従い王を選び仕える神獣だが、戴国の幼い麒麟・泰麒は未だにその力がない。鬱々とした日々を過ごす泰麒。次第にこのストーリーの壮大なシナリオが明らかになってくるが、まだまだ先が楽しみ。
4 月の影 影の月(下) 小野不由美 04.1.18 NHK教育TVでアニメ放送中。十二国記シリーズの原作である。高校生の陽子はある日、謎の男ケイキに連れ去られる。辿り着いたのは地図にはない国、巧国。そしてそこは現代の日本とは全く違う異次元の世界。天の啓示を受けて王となるべき人物を選ぶという麒麟。妖魔との戦いの中から自分が何なのかを知ることになった陽子は・・・
3 月の影 影の月(上) 小野不由美 04.1.17
2 OKAGE 梶尾 真治 04.1.12 「黄泉がえり」の姉妹編ということで、同じように「時」をテーマにしているがSFの色彩が非常に濃い。地球上の人間の善の念と悪の念がそれぞれにつくりだすエネルギーが地球という命に与える大きな影響。それは天変地異とそれを乗り越える新しい子供たちとの戦いでもあった。
1 波のうえの魔術師 石田 衣良 04.1.7 株、相場というステージでプータロウの若者が、不思議な老人の手ほどきで金融の波に乗っていくストーリー。その世界のことはわからないのだが、単なるサクセスストーリーではなく、青春あるいは成長の話である。経済の仕組みを逆手にとって、経済で弱者を追いつめ利益を上げてきた銀行への復讐、老人の青春の想い、青年の恋。野望というには爽やかな金融の手口が小気味よい。