[What's happiness?]

「はじめまして」
「誰だお前」
 玄関の戸をあけると、そこには男が立っていた。
 年のころは30後半といったところだろうか、品のいいスーツにサングラス。
 不思議と似合っているところを見ると、センスはいいらしい。
 男は柔らかいくせに油断のない物腰で、俺に向かって丁寧に挨拶をした。
 その様子が、逆にいいようのない不安感を覚えさせる。
「誰だお前」
 はっきり言って、勧誘なら迷惑だし、それ以外だったら余計不審だ。
 そーゆーわけで、さっさと出て行ってくれると助かるのだが、男は一向に出て行く様子はない。
「・・・で、誰だお前」
 三度目。
 同じ質問を俺は男に投げかけた。
「私はあなたを幸せにするためにやってきました」
「・・・・・・・・・」
 なるほど、宗教の勧誘か。
 それならこの態度もなんとなく合点がいく気がする。
「悪いけど帰ってくれ。俺はその手の話に興味ねーから」
「まずは話だけでも聞いてみる気はありませんか」
「ない」
 こういう勧誘は、話をさせてしまったら追い払うのが面倒になるというのが通例だ。
 ご多分に漏れず、俺もその前に追い払おうと試みる。
「あなたには今望むものはありますか」
 俺の強気の態度にもかかわらず、男は話を勝手に始めてしまう。
「いいから帰ってくれ。生憎、望むものなんて無いんでね」
「そんなはずはありません。なにかあるでしょう」
「ない」
「おや・・・本当ですか? それはあなたが満たされた生活を送っているというコトですか」
 男は、ふむと首をかしげる。
 望むものがないというのは、もちろんただの口からでまかせだ。
 しかし、なにやらこの男は、俺のその言葉を真剣に考えているようだった。
 ややあって、持っていた鞄からファイルを取り出し、中の書類に眼を通し始める。
「ふむ・・・」
 男はなにやら目的の物を見つけたのか、手を止めてそこを読み始めた。
「佐藤正弘。大学生。一人暮らし。交際相手無し。交友関係は並。学力中の上。運動能力も同上・・・」
「え・・・?」
 一瞬、何を言っているのかわからなかった。
 俺に関することを読み上げていると気づくのには、実に数秒を要した。
「ここから推察するに、とてもあなたが満たされた生活を送っているとは思えませんけどねぇ・・・」
「ちょっと待ちやがれ、なんでそんなこと知ってるんだよ!」
「なに、職業柄必要なんですよ、こういう情報は」
「しっかりプライバシー混じってんじゃねぇか」
「気にすることはありませんよ。あなたにとって害になるところには漏らしてませんから」
「そういう問題じゃない。どうしてお前がそんなこと知ってるんだよ」
「残念ですが、その質問にお答えすることは出来ません」
 ・・・・・・・・・怪しい。
 めちゃくちゃ怪しいぞ、この男。
 宗教の勧誘と思っていたが、一向に勧誘する気配が無いし。
 大体、どうして俺のことをそんなによく知ってるんだよ・・・
「・・・・・・・・・」
「さて。もう一度聞きます。あなたに望むものはありますか?」
「・・・ないわけでもないが・・・訊いてどうするんだ?」
「はじめに言いましたよ。私はあなたを幸せにするために来たんです」
「幸せにねぇ・・・。それって望みをかなえてくれるってことか?」
「ええ。可能な限りは」
 ・・・胡散臭い。
「それと・・・俺が望むものを言ったらお前は帰ってくれるんだな?」
「ええ。仕事はそれだけですから」
 それじゃ何か適当なことを言って、さっさと帰すのが無難だな。
「そーだな・・・やっぱりお金か」
「お金・・・? あなたはそんな世俗的なもので満足してしまうんですか?」
 いかにも心外だという口調で、男が言う。
「じゃあなんだ・・・その・・・学力の向上とか」
「自分で努力せずに得た力で、一体何をするというのですか。それこそ価値がないというものです」
「じゃあどうしろっていうんだよ」
 でも確かにこいつの言うとおりな気もするしなぁ・・・
「んじゃ、かわいい彼女を―」
「・・・もし、私が女性を連れてきたら、あなたはその女性と付き合いますか?」
「・・・付き合わないだろーな。怪しすぎるし」 
「あなた、本気で考えてますか」
 男がサングラスをくいっと直しながら言う。
 真面目にねぇ・・・結構真面目に考えているつもりなんだが。
「俺のいうコト、片っ端から否定してるじゃねぇか」
「あなたのためを思ってそう言っているのです」
「俺のためねぇ・・・ふーん」
 ・・・うーん・・・
「世界の恵まれない人を助けるってのはどうだ?」
「すばらしい人ですね、あなたは。でも残念です」
「・・・なんで?」
「それはもう他の方が登録してしまいました。いや、非常に残念ですね」
「そーか・・・そりゃ残念だ」
 いや、本気じゃないけど。
「他人のために自分の幸せを投げ出すというのは、普通は出来ないことです。でも・・・やはりまずは自分の幸せではないですか?」
「そりゃそーだ。でもそれが思いつかないから困ってるんだろ」
「いいですよ、私は待ちますから。じっくり考えてください」
 ・・・いや、そーじゃなくて帰ってくれってばさ。
「具体的じゃないと駄目か?」
「具体的に言ってくれれば私どもとしてはありがたいです」
「・・・で、具体的でない場合は?」
「私どものほうで、ある程度要望に沿ったものを用意させていただきます」
「そーか」
 ・・・んじゃ、適当に言っちまっても何とかなるってことだよな?
 ん・・・
「おっけー。んじゃあ、俺を幸せにしてくれ」
「は?」
「最終的に俺が幸せになればいいや」
 男は少し困った素振りを見せたが、少し念を押すように言った。
「本当に、それでかまわないんですね?」
「おーう、別に構わないぞ」
「具体的に言ってくれれば、私どもとしても対処しやすいのですが・・・まぁ仕方ありませんね」
 男は、取り出したメモにすらすらと何かを走り書くと、最後にこう言った。
「まぁ・・・あなた方の世代はこういった望みをよく聞きますね。でも・・・」
 男は続けた。
「幸せまで他人任せにしてしまうのは、どうかと思いますけどね」

END.

文:左痕由唯  絵:闇乃ヒカリ
おまけ絵