謎と神秘のエジプト周遊の旅行記(その1:成田−カイロ)

  8日間のパックツアでエジプト旅行に出かけた。既にイタリア(2000年7月)、ギリシャ(2006年7月)、トルコ(2007年7月)に出かけたが、地中海文明最古の地に、最後に訪問することになった。夏の暑さは、ギリシャ・トルコで堪えたので、今回は暑さを避けて12月に。
 エジプト旅行記はネットには沢山見られるので、ここでは観光地の話ではなく、旅行中に見たり感じたりしたことを、毎日トピックスを三つに絞り、思い違いや間違いもあるかもしれないが、自分の掴んだ・感じたこととして記してみたい。

 先ず初日。この日は、成田からカイロまでの移動日。利用する航空会社はエジプト航空(MS965直行便)。約15時間のフライト。

<トピックス1> 成田でのチェックインと機内の様子

 途中、京成電車の事故のため急遽総武線経由に切り替え、予定より1時間近く遅れて(それでも集合時間の30分前、出発時間の2時間30分前)成田に到着。既にエジプト航空のカウンターは長蛇の列。殆どが日本人。直行便が週3便しか無いため各社のパック旅行の出発が重なるようだ。


 窓側の席に座りたいのだが取れるかどうか心配。カウンターの女性は何度もインプットしては出てきた搭乗券を何度も破いたりしながら、「非常口の傍ですが、非常時にご協力頂けますか」「はい」の一言で窓側席、それも前がゆったりと空いている席が取れた。幸運。搭乗口で、再度最終手荷物とボディのチエック。こんなことは初めてだが、厳しいことはよいこと。
 機種はエアバス社製A340-200。噂に聞いたとおり汚い飛行機。非常口の傍なので大型スクリーンは真横(座席の背もたれには、勿論小型スクリーンは無い)。時折、コーランの文言らしいものが映される。食事の時間以外は、映画がズーット上映。映画の間に時々ルートマップ。これが又古い形。
 キャビンアテンダント(CA)は、男性が多い。外国人女性CA(多分エジプト人)の働きは良くないが、日本人女性CAは男性以上に働いていた。CAは休憩時間には、私服に着替えて階下の部屋で休んでいるようで、時々トイレ傍の出入り口から私服で出てくる。


 離着陸時に前の補助椅子に座ったエジプト人女性CAは、話をすると人懐っこく愛想も良いが、カイロ空港に着陸すると同時に携帯電話をかけはじめた。それも駐機場に着くまで延々と3件も。恋人にでもかけているのか、CA・航空会社従業員のモラルもあったものじゃないという感じ。偏西風の関係とかで、約1時間遅れで無事に深夜のカイロに到着。

<トピックス2> 入国審査

 入国に当たってはビザが必要。添乗員が準備してくれたのを機内で受け取りパスポートに貼り付ける。初めてアメリカに言った1979年頃には確か短期の観光旅行でもビザが必要だったような記憶があるが、エジプト旅行には未だ残っているのだ。取得には、パスポートも見ないし、又カイロ空港でも15ドル払えば取れるらしい。ある種の入国税みたいなものだろう。そのほか、モニタリングカードなるものの提出を要求された。健康状態のチエックらしい。入国審査の前に、労働者風(キチット制服を着ていないの意味)のおじさんに、にっこり笑って渡すと簡易ゲートを通してくれた。この後両替。日本円は1万円単位でないとダメだが、ドルなら30ドル程度でもOK。この国、トイレでは1エジプトポンド(1LE)のチップが必要とのことなので、30ドル(=164LE)両替(再度又触れるがこの国では、米ドル紙幣(1ドル紙幣から)がエジプトポンド同様に使えるのには驚いた)。入国審査はビザの貼ってあるページにスタンプを押して貰い簡単。


<トピックス3> 賑わいの残る深夜のカイロ

 空港を出たのが0時15分。カイロの町外れを通過しギザのホテルに向った。この時間でも、未だ道端の小さな店は開いていた。人も多数ウロウロしている。この旅では、朝の出発も早いのだが、エジプトの町は、朝早くから夜遅くまで活発だった。ホテルには、12月15日1:00に到着。明日は、出発7:45とのこと。

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