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2009年2月8日〜2月11日
<<1日目(成田〜釜山〜慶州)>>
慶州に行きたくての韓国旅行。3泊4日2.98万円(燃油チャージは別に0.5万円)の団体旅行。成田で航空券を貰い大韓航空で釜山に。釜山金海国際空港で日本語の話せる現地ガイドと合流。安いせいか総勢70名弱の団体。
10年以上前に、ソール金浦空港経由でヨーロッパに行ったことが有る。大韓航空のパイロットは、韓国空軍経験者が多く上手だと噂に聞いていた。そのためか乱暴なフライトと感じることがあった。成田からソールへのフライトで、食事中にガタと大きく揺れ、客室乗務員が慌ててトレイを回収した。行き(ソールからパリ)も帰り(ロンドンからソール)も、飛行機は常時ゴトゴトと揺れ続けかなりの不安を感じた。気流の状態が悪くなることが予想されると、通常は揺れる前にシートベルト着用のアナウンスがあるのだが、その時は無かった。客室乗務員も平気でウロウロしていた。この程度の揺れは大韓航空では普通なのかと無理やり納得した。パリドゴール空港での着陸時には、滑走路から誘導路に曲がるのに十分減速することなく曲がり相当のブレを感じた。こんなこともあり二度と大韓航空には乗るまいと思っていたのだが。今回のツアの航空会社は大韓航空。ところが今回は時間も短いせいか非常に丁寧な操縦で乗り心地が良かった。 閑話休題
釜山に着くと直ぐに二台のバスに分乗して古都「慶州」に向かう。先ず世界遺産「古墳公園」の見学。円墳だが5−6世紀頃のものとのこと。殆どが円墳か円墳を二つ繋げたような形。傾斜がきつく登るのは無理のようだし、綺麗な形で草が植えられており(自生?)、木などはない。内部を開放している「天馬塚」を見ると構造的にも色々工夫されている。遺体は木棺に東を枕に寝かせ、その上に石を饅頭の内皮のように積み更に外皮として表面数メータを粘土で突き固めている形式。その後の移動で高速道路傍の山裾に良く見かける一般庶民のお墓もこれを小さくした土饅頭の形である。明日は満月(旧暦の正月を迎えた初めて満月ということで韓国ではお祝いをするそうだが)なので、月と古墳のコントラストが面白い。同じ頃日本では前方後円墳に代表されるような大型の古墳の時代だと思うが、この差は何処から来たのか興味があるところ。

夕食は、町の食堂でのプルコギ(日本的に云えばすき焼?)。面白いのは、大体何処でもそうだったが、一組4人で料理が構成されている。野菜とかキムチなどの惣菜はお代わり無料。一人か二人の場合にはどうするのであろうか?

今夜から二連泊は、ゴルフ場やテニスコートなどのある所謂コンドミニアムでアパートの一室のようなところ。日本流に言えば2LDKの部屋は、床暖房オンドルが完備され暑くても温度コントロールが出来ない構造。床に布団を直接敷いて寝る構造。
<<二日目(慶州〜海印寺〜大邱〜慶州)>>
二日目は海印寺や慶州のお寺の訪問。朝6:50ホテルを出発し味噌チゲの朝食を市内の食堂でとる。朝食後店の前でカラスのようなうるさい鳥がいた。ガイドに確認すると韓国の国鳥のカササギとのこと。木には巣もあった。

この後、大邱(テグ)経由で海印寺へ。9:35頃海印寺のある伽耶山の駐車場に到着。海印寺については、このHPの別の章の「寺社訪問記」に載せた(No.26)のでそちらを。見学の後、近くの集落の食堂で昼食(サンパブ)後、大邱(テグ)の薬令市場へ。食堂の隣は温泉マーク。聞くところこのマークは所謂ラブホテルとのこと。この国では、この手のホテルは特にかたまってあるというより、住宅街であろうと繁華街であろうとよく目に付く。住宅事情のせいか?。

薬令市場は当に漢方薬の問屋さんの集まっているところで昔は遠く海外にも輸出していたらしい。市場内には色んな乾燥植物があり、こんなものまでも薬になるのかと思うものも見られた。

その後、高速道路を走って慶州に戻り、石窟庵、仏国寺の見学。石窟庵、仏国寺も「寺社訪問記」(No.27,28)を参照。韓国のお寺について感じたことは「寺社訪問記」No.29に書いた。
その後、高麗青磁の窯元見学。高麗青磁の特徴は、塗薬の下に”ひび”が必ず出来ることだそうで、展示されているものは確かに細かい”ひび”が多数見られた。夕食は朝の食堂の二階で海鮮鍋。

夜にはオプションのナイトツアに参加。行き先は、慶州駅、駅前の古市場、統一新羅時代の迎賓館の跡地である臨海殿跡(雁鴨池)など。


<<3日目(慶州〜釜山)>>
三日目は、ホテル(コンドミニヤム、韓国ではコンドと呼ぶらしい)の食堂であわび粥の朝食をたべ、8:00前に出発。先ず紫水晶の店に連れて行かれた。店の周りには、饅頭型の古墳が沢山見える。一昨日は夜だったので周囲がよくわからなかったが、ここは古墳公園の正門のまえだそうだ。山梨の昇仙峡と感じのよく似た紫水晶が並んでいる。水晶には興味が無いので、店の外の自動販売機でコーヒーを買ったが、日本で飲むより少々小型のカップだが400ウオン(30円程度)であり物価の違いを感じた。

再びバスに乗り込み釜山に向けて高速道路をひたすら走る。途中東回りの新幹線(多分これもフランスの技術導入?)を造っている下を通過。釜山の東で日本海(韓国では東海)に出る。高速を降りたところに立派なサッカー場。ワールドカップの会場あとかな。海岸の近くの月見の丘をとおり海雲台の海水浴場近くの免税店に連れて行かれる。このようなツアでは、何回か必ず免税店や御土産屋に連れて行かれるが旅行業者は店と連携しているので安い旅程が組めるのであろうと、買い物には興味が無いが納得して一応ブラブラとし協力することにしている。それにして、ウオン安のせいで若い日本人(特に若い日本女の子)の買い物客が目に付く。なんとなく情けないような気がする。

この後はチャガルチ市場で昼食し、釜山市内の見学。見学先は、龍頭山(釜山が一望できる丘)、国際市場(動乱時に北からの避難民が住み着いて出来た市場。何故か眼鏡が安い)、PIFF(釜山インターナショナルフィルムフェスティバル)通り、カジノ(外国人のみに公開しているカジノ。ロッテホテルの中。旅行客は最低一時間はいることが義務)を見学。

夜はダイアモンドブリッジの上から又海岸から釜山の夜景を見学。古いホテルだが、窓から龍頭山の釜山タワーがよく見えた。本日の釜山観光は、自分にとって特に見るものは無かった。

<<4日目(釜山〜成田)>>
今日も朝は早い(7:40ホテル出発)。釜山金海空港に行く前に空港近くのお土産屋に寄るのみ。11時前に離陸し一路東に飛行。山陰海岸から琵琶湖、三河湾、伊豆半島先端を抜けて海から成田に。
今回の旅行で、日本との違いなどで感じたことなど。
◎横断歩道で車は停まってくれない。(最近の日本でもそうか!)
◎温泉マークのあるホテル(ラブホテルらしい)が多い。又住宅地や繁華街でも、あちっこちにある。日本のようにかたまってない。
◎シャッターの降りている店(倒産した)は、慶州、大邱、釜山では見当たらなかった。
◎露店(食料品、果物、衣類等)が夜遅くまで開いている。この辺は、この国の逞しさを感じる。
◎ひよろひよろとした高層アパートが多い。コストパフォーマンスが良さそう。
◎教会が多い。それもネオンピカピカもある。
◎高速道路の料金が安い。ダイアモンドブリッジの料金 バスで1000ウオン
◎ホテルで、火事のときの避難用具が、手の届かない部屋の高いところに置いてある。
◎ビニールハウスが多い。キムチ用の野菜を作っているのか。
◎山裾、中腹に丸饅頭型のお墓が多い。
◎当然だが、日本車より韓国車が多い。
◎韓国の寺の釣鐘は大きくて(日本の二倍以上)、地面に近い位置に吊るしている。
◎日本のテレビ番組では韓国のドラマが多数流されているのだが、韓国では日本のドラマは殆ど流されていなかった。三日間夜見たのは1本のみ。それに比べて日本のBSでは韓ドラ花盛り。
◎ガイドは日本に対してよい印象を持っていると言っていたが、言葉や説明の端々には、韓国の精神的優位性を誇示している感じを受けた。 昔朝鮮半島の国々は、中国王朝の冊封体制(中国王朝の皇帝がその周辺諸国の君主と「名目的」な君臣関係を結ぶ国際秩序)下にあったが、日本は島国でありこの体制には一度も組み込まれていない。その反面、日本は大陸から文化を積極的に受け入れてきた。このためか、どうも韓国の人は、中国より下にいるのは仕方がないと思うのだが日本にだけは負けたくないという気持ちがあるのではと勘繰りたくなる。
韓国と日本は今後とも協調していくことが必要と思うのだが、領土問題や日本海の呼名、教科書問題等色々ありそうで、今後どうなることやら。永遠の課題か。イギリスとフランスの関係をもっと複雑にしたようなものなのか。