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第34回 亀戸駅近くの寺社:亀戸天神・香取神社・浄心寺
(東京都江東区) (2009年3月19日)
東京10社のうち訪れていなかった最後の神社、”亀戸天神”を訪問。鳥居を抜けると急な坂の太鼓橋(男橋)、亀が沢山甲羅干しをしていた池の中島を歩くと次の太鼓橋(女橋)、その先が本堂。狭い境内だが、多くの藤棚と池の調和が素晴しい。

女橋を渡ってすぐのところには5歳の菅公の像が。写真の無い時代5歳の姿を如何に記憶・残したのかと疑問に。
次は、鷽(うそ)の碑。鷽替え神事は、「“うそ”は幸運を招く鳥とされ、毎年新しいうそ鳥に替えるとこれまでの悪い事が“うそ”になり一年の吉兆(きっちょう)を招き開運・出世・幸運を得ることができると信仰されてきました。江戸時代には、多くの人が集まりうそ鳥を交換する習わしがありました。」とHPにある。道真と鷽との関係は色々説は有るようだが今一つハッキリしない。
女橋の傍に足が二本の灯篭。写真でしか見たことは無いが同じ形の灯篭で有名なのは金沢の兼六園。何か因縁があるのか?。
昔は、本社にあたる九州太宰府天満宮に対して東の宰府として「東宰府天満宮」、あるいは「亀戸宰府天満宮」と称されているほどの由緒ある天満宮らしい。創建は江戸初期。狭い敷地の中にコンパクトに色々と見るものが多い神社。
亀戸天神の傍に香取神宮がある。蔵前橋通りからの参道には、威勢の良い捻り鉢巻をしたお姉さん(?)が店に立っていたりする。まさにここは下町風情。

この神社の起源は古く665年藤原鎌足が東国下向時に寄り旅の安泰を祈ったのが起因。千葉県の香取神宮の分社。その後多くの武人に崇敬され、現在ではスポーツ振興の神様として参拝されている。ということで、亀戸には、文武両方の神様(文の天神様、武の香取神宮)がいることになる。
境内には、江戸っ子に人気の高かった「亀戸大根」(この神社周辺が栽培の中心で人参を少し大きくした程の小振りの大根)の碑がある。亀井の地名由来の井戸から汲んだ水をかけて痛い所の部位を摩ると痛みが消えるという大国さま。
ここもそうだが、関東の神社は平将門との因縁が深いものが多い。京都側が戦勝祈願したり、更には追討された将門の怒りを鎮めるなどに関する神社が多いようだ。更には、ヤマトタケル(日本武尊)に関るものも多い。昔、関東・東国は京都朝廷にとっては恐ろしい東夷の地だったのだろう。

最後は浄心寺。今回初めて知ったのだが、関東大震災後の混乱の中、社会主義者等10名が官憲の手で殺された亀戸事件というのがあり、そのときの慰霊碑がこのお寺にあることで知られている。慰霊碑は、少々見つけにくいが本堂の影、本堂に向かって左、墓地の入り口に見れる。
このお寺の門は所謂赤門。偶にあっちこっちのお寺で見かける赤門だが、その意味するところは何なのか疑問が沸く。東京大学の赤門は、大名家に嫁した将軍家の子女が住む御殿の門を丹塗(にぬ)りにするという決り(?)によると聞いているのだが。
