外見は全く違うが良く見ると似たエッセイ2冊

                        ( 2009年7月)

(A)「貧相です、何か?哲学教授大いに悩む」(土屋賢二著、文藝春秋、2006/7/15刊)
(B)「大人のわきまえ(小玉節郎著、講談社、2008/3/27)

 (A)の著者は、哲学の大学教授で『週刊文春』連載の爆笑エッセイの単行本化。(B)の著者は、コピーライターで『サンデー毎日』連載に加筆し単行本化。両者ともに週刊誌のエッセイのため気楽に読めるタッチ。自分の周囲を見て気に入らないことを、前者はパロディ風に、後者は正目きって真面目に。よって立つスタンスは、前者は性善説、後者は性悪説という感じだが言い過ぎだろうか。ここのところエッセイ中心に読んでいるが、この両者は日常的な事柄を扱っているので、楽に読める(エッセイによっては、その分野の用語・今まできいたことの無い単語や熟語、横文字が出てくるものが多く、ネット検索で意味を確かめながら読まないと気がすまないものもある)。

 気に入ったフレーズ等は、(A)では、

「”エライ”というのは、期待以上のことを目下の者がしたとき」:考えてみればそうなんだ。言われて初めて気がついた。
「ドキッとした。子どものころから、心当たりはないかと聞かれると。必ず最終的には自分のミスが暴かれてきた」:振り返ると、自分もそうだったようだ、
「人間関係を題材に、奥さん、学長、同僚の先生、助手、学生をカモにしている」:一応仮名、実名と断っているがカモにされた人の反応、興味本位で気になるところ。
 (B)では、

「”普通の生活”とは”自分の能力を生かして淡々と生きること。才能でなく能力又は資質”」:そうだったんだ。再認識しました。で才能と能力・資質の違いは何。先天的・後天的の違いか。”ゆったりとした普通の生活”を目指した自分は如何だったのだろう?。
「”オロ化・バ゙化”の風潮」:全く同感。
「思いやりながらのとまどい」:良くあります。こう表現すれば良いのか!

 ごく普通にある、自分の周りの人間、出来事、風景を”良く”観察し、それを上手に人に読ませる表現をするとこうなるという見本と思えました。

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