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:「人生という旅」を読んで( 2009年7月)
人生という旅(小檜山博著、講談社、2004/5/12刊)
著者は1937年生まれ。JRの社内誌(The Hokkaido)の連載したもの単行本化。両親は、福島から北海道に出稼ぎで北海道で炭焼き等。よく言われた貧乏人の子沢山と絵に描いたような貧乏で、年の離れた兄に助けられ高校進学。北海道新聞に最後まで勤め小説を書いてきた。
終戦後20年の世の中みんな(?)貧乏だったが、暖かい人も多かった時代を思い出される。私より8歳上だが心情・風景は理解できる。それにしても、著者は、世話になった人、世話をした人(一例だけだが)のことをよく覚えている。読めば情景が目の前に浮かんでくるようだ。子供の頃の経験もよく覚えている。
それに反して自分は、過去のこと、特に子供時代のことは、ボンヤリとはあるものの、文章に書けるだけの記憶は無く、話したり書いたりすると創作になりそうだ。”過去を振り返ると恥ずかしいことで一杯”(どこかで聞いた歌の文句にあった)で、思い出したくも無いという感じだ。今でも時々夢に見るのは、”塾に月謝を払ったかどうか”とか”大学入学試験の準備が出来ているか”とか、未だに強迫観念に苛まれることばかり。この著者のように過去を楽しくないまでも人に話せるような思い出にしたいものとは思う。
話題が作家生活に入ってからの講演も扱っているが、著者の記憶力には感心させられる。講演の回数やそのときの状況など。メモでもしているのか。涙無しには読めない内容だが、読んだ後の清清しさ何故だろう。