![]()
:「世の中にひとこと(池内紀著、NTT出版、2009年)」を読んで(2009年8月)
面白く読めた評論に出会えた。その本は、「世の中にひとこと(池内紀著、NTT出版、2009年)」。
抜粋
1.「権利は主張してはじめて権利となる。無申告は自分の意思で権利を放棄したのと同じ」
全くその通りに思う。自己責任とは言いたくないが、「知らなかった」「教えてくれなかった」で文句が多い。
2.「euphemism(ユーフェミズム): 「遠まわしの言い方」で事実をごまかすこと」
考えてみれば、多い。カタカナの外国語の多用等、注意しないと本質を見失う。
3.「鉄管ビール:水道水」
子供の頃、夏の暑い日、かんかん照りの中ボール遊びの最中、水道蛇口に走りこんで飲んだ水の美味しかったことを思い出す。
4.「テレビをつまらなくするのは、製作者以上に視聴者の声でもある」
極端な場合モンスターペアレントと言われる最近の母親(男親もそうかな)の言動しかりだが、言い過ぎてもダメだし、言わなくてもダメでは。官僚をダメ(本当に?)にしたのは、無口な(権利を放棄した)我々一般大衆。
5.「政府の協議会・懇談会:官僚の作った原案に「おすみつき」を与える役割」
情報公開(必要だとは思うが)だの、官と民の協働だの耳障りの良い言葉で、結局は一部の官僚のやりたいこと実現するために利用されている。だが道路公団民営化の議論のように、事務方の用意したものとは異なる意見に向うものも現れてきている。元に戻ることを心配。マスコミも大衆受けすること中心に報道することなく、粛々と行われている各種審議会だの○○戦略会議の話を報道して欲しいもの。勿論最近の公開の原則から議事録はネット上に公開されているが見落としがち。これも1.に関係し自己責任か。
6.「おためごかし:相手のためにするように見せかけて、実は自分自身の利益をはかること」
”人のため世のため”とか、”税金を使っているので”など耳障りの良い言葉を聞く。大体嘘とは言わないが、単なる枕詞のことが多い。目的は、先ず”自分のため”で見つけ、その中から”組織のため”、”地域のため”そして”国のため”になるかどうかでとらえるのが筋だと思う。国のため人のためと最初から大きく考えすぎる輩が多すぎる。
7.「「引け際」と「引き際」の違い: ”引け”は、受動、”引き”は、能動」
今で可能な限り、自然にやってくる”引け際”に乗るのでなく、自分でタイミングをはかる”退き際”に乗ったつもり。”引き際”は美しくありたいもの。
大きな流れの中、”今までの自分のやってきたこと”、そして”今の存在の意義”を見失うと否定的に物事を見るようになりがちだと思う。否定的に見るのでなく、批判的に積極的に見る態度を思い出させてくれたような気がする。