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:「和算を教え歩いた男」(佐藤健一著 東洋書店 2000年)を読んで( 2009年10月)
日本の数学は世界的に見てもレベルの高いものがある。ノーベル経済学賞をもらい最近の経済不況の原因を作った金融派生商品を取り扱う「ブラック・ショールズの方程式」のもとになったのは日本人の与えた公式から出たものであり、300年間解けなかった「フェルマーの最終定理」が解けたものも日本人の与えたヒント(予想)が可能にしたものだ。残念ながら一般の目に触れる部分では欧米の研究者に成果を持っていかれているが。
これは寺子屋などでの算盤をはじめとした教育が江戸時代から社会の底の底まで算数として広がっていたからだろうと思われる。江戸時代の数学者として 吉田光由、関孝和などは有名だが、この時代に、塾などのない地方に数学(和算)を教え歩いた、所謂「遊歴算家」と呼ばれる数学者がいた事をはじめて知った。更に解けた数学の問題の手順などを板に書いて奉納する「算額」を、絵馬よろしく神社などに奉納する風習もあったようだ。
この本は、「遊歴算家」山口和が、筑波山から仙台、一関、青森と奥州を旅し、和算を教え新たな弟子を確保する旅の紀行記である。芭蕉の奥の細道から約30年後に、筑波山から常磐道、仙台から北上川沿い、青森、能代、秋田、山形、福島から常磐道と一部芭蕉の行程と重なる道のり。内容的には、山口の日記をもとに彼の辿った道をフォーローしているのだが紀行記というより事実の列記。
「奥の細道」にはフィクションの部分もあるということだが、逆に、これが紀行物語として読者を引き付ける面白さになっているようだ。日本の理系の人間の書いたものは、事実を大事にするためか、物語としての面白みに欠ける。これが、欧米に比べて、日本人科学者を取り上げた伝記に、面白いものが見当たらない一因かもしれない。例えば、あの大科学者アインシュタインの伝記「裸のアインシュタイン(女も宇宙も愛しぬいた男の大爆発)」のようなものを日本人が書けるようになるにはも、少し時間がかかるのだろうか。