対称性新大陸発見の壮大な歴史!

「シンメトリーの地図帳」(マーカス・デュ・ソートイ著、富永星訳、新潮社刊、2010年)

 学生時代何故か「群論」という言葉にあこがれ、理解したいと何度かチャレンジしたが、辿った道が良くなかったせいで、結局「群論」の何たるかがわからず仕舞いに終わった。この本を読むことで、なんとなく「群論とは」がわかったような気がした。何かを自習により(特に疑問に答えてくれる人がいない場合)習得するには、先ず荒っぽく全体像をとらえてから、詳細に入ることが挫折せず理解の早道。閑話休題。
 
 この本は、数学における群論に関わる歴史を自分の日常に絡ませた壮大な歴史書。大英博物館訪問により、ギリシャのプラトンの5元素の話を三次元の対称性の話に結びつけ、スペイン・アルハンブラ宮殿のタイル模様から二次元の対称性の話に結び付け説明、更に自分の共同研究のプロセス・訪問地での逸話から、ガロアやアーベルなどこの分野の先人の足跡を説明という具合に、著作構成に壮大なシナリオを作った上で、この本が構成されているように思える。評論・エッセイといっているが、読み終えてみると壮大な歴史書或いはドキュメンタリーを見るような感じ。数学がわかるわからないに関係なく読んで面白い。ただ後半のモンスターと呼ばれているシンメトリーの新大陸探索競争の部分は、物足りなさを感じた。この部分は著者の執筆当時の熾烈な競争の最先端のためか、シナリオが見えない部分になっている。

 著者の最終目標は、 「辺の数が素数の正多角形の回転シンメトリーの群で構成されたシンメトリーを持つ図形がいくつあるか、数え上げること」とある。とは云うものの、「数学者が独創的な仕事をするのは40歳以前」、「数学のノーベル賞フィールズ賞も40歳以下でないと貰えない」と40歳を越えた著者の無念さが感じられる。

 兎に角、外国人の書いたこのような著作や自叙伝には、一番手を目指す明確な競争意識が感じられる。日本人の書いた自叙伝や伝記は、この部分はオブラートに包まれ、謙譲の美徳なのかサラッとしている。それが、読物として物足りなさを感じる一つの因ではないかと思う。

<本中から引き出した言葉>
◎著者「数学を使えば三次元世界の先にある様々な空間への窓が開ける」
 ⇒三次元世界に住む我々の想像を超えたところに自然現象を理解する道があるようだが。
◎ポール・エルデッシュ 「数学者とはコーヒーを定理に変える機械」
 ⇒20世紀生涯1500編の論文を書いたハンガリーの数学者の言。旅に過ごし薬に頼って研究に没頭した人らし。数学者には、アスペルガー症候群の人間が多いとのことだが矢張り住む世界が別なのだろう。
◎D.ヒルベルト(1900年) 「数学の理論は、その理論を通りで出くわした最初の人物に説明できるぐらい明晰にできて、はじめて完璧だといえる。」
 ⇒科学技術者もしかり。難しいことを科学技術の分らない人に易しく説明できて初めて理解できたことになる。税金などで研究をしている人に一番必要な資質(というより義務)かもしれない。
◎文化の特徴
 英米人:細部に向う傾向があり、奇妙な例や変則的なことを見つけ出すのが得意
 フランス人:抽象的で壮大な理論を好み、新手の難しい構造について語る言語を生み出すことが、実に巧み。
シンメトリーを最も興味深く抽象的に表現したものの一つが音楽
 ⇒数学者における、フランス系との考え方の違い。きっと教育に起因するものだろう。だとしたら日本は?
◎ライプニッツ「音楽とは意識せずに行う算術に他ならない」
 ⇒心地よさは1/fノイズではないが調和につながり、調和は対称性から生じるものか。バッハのゴールドベルク変奏曲:沢山のシンメトリーが埋め込まれているとのこと。

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