「神童から俗人へ」(N.ウィーナー著鎮目恭夫訳、みすず書房、1983)
原題「Ex-prodigy(元神童)−My childhood and Youth」

サイバネテックスの提唱者ノーバート・ウィーナーの自叙伝。知能早熟児としてウィーナーを育てた父からの束縛を解いてくれた妻への口述を秘書が原稿に落したもの。幼年期から、紆余曲折の後やっとMIT(マサチュウセッ工科大学)の職を得、31歳で結婚までの半生を綴ったもの。この後の人生後半は、「サイバネテックスはいかにして生れたか」(ノーバート・ウィーナー著、鎮目恭夫訳、みすず書房、1956年)に。
当時もてはやされた(?)フロイト的解釈で逃げたくても逃げられない偉大な父の束縛を影に、半生を綴っている。自ら、自分の強みを、理解力を超える「優秀な記憶力」といっているように、人生において出会った人々のことを良く覚えていると感心する。このなかでも100人以上の人が登場する。
内容的は、断片的話の寄集めで面白さが半減することもあるが、兎に角一気に早熟天才児の半生の苦楽が理解できる。本当に早熟児を早く大学にいれ学位を取らせて社会に送り出すほうが良いのか、考えさせられる。ウィーナーの場合には成功(天才としての力量を発揮できた)したが、この風潮のあるアメリカでは相当数の失敗もあるのだろうと想像できる。数年前日本でも大学入試での飛び級などがもてはやされていたが、急いで上に上がるよりかは、余裕を別の可能性をも探る或いは幅を広げる時間に使った方が長い人生に益が多いと思うのは凡人の考えることだろうか。