面白おかしく読んだ本は、     返って脳裏に残らないのか!

(a):「ご冗談でしょう、ファインマンさん(T、U) ノーベル賞物理学者の自伝」
 (R.P.ファインマン著 大貫昌子訳、岩波書店、1986刊)
 原題 Serely you're joking , Mr. Feynman! Adventures of a Curious Character

(b):「ファインマンさんベストエッセイ」
 (R.F.ファインマン著 大貫昌子・江沢洋訳、岩波書店、2001年刊)
 原題 The Pleasure of Finding Things out The Best Short Works of Richard P.Feynman

(c):「物理法則はいかにして発見されたか」
 (R.P.ファインマン著 江沢洋訳、ダイアモンド社、1968年刊)
 原題 The Character of Physical Law

 学者臭さのないファインマンの著作。
 以前アナウンサー大沢悠里の講演(独演?)を聞いたことがある。漫談を聴いているようで、講演中笑い通しだった。さて、講演が終わった後、講演の主題は、内容は、と思い出そうとしたが思い出せない。確かに面白い話だったのだが思い出せない。講演と読書では状況が違うが、この経験に似た読書が(a)。この本は、今から7年前の2003年に一度読んでいるのだが、今回読みなおすと全く思い出せずに新鮮であった。面白すぎて、次々と先を読み飛ばしてしまうせいかもしれないが、当に大沢悠里の講演と同じじゃないかの感。
 上の4冊をファインマンの人柄を・功績を知りたくて続けて読んだ。ファインマン著とあるものは、本人が書いたものは殆ど無く口述筆記やテープ落しのようである。一般的に頭の回転の速い人間は、物を考える速度が速すぎて物を書く手が追いつかなく、面白いものは書けないのか。口述筆記により、物書きの専門家が少し厳密さは書くが、書き下ろすことにより、話者の面白さを引き出せる。
 (a)(b)は科学の素人が読んでも面白いが、(c)は、大学などで科学の専門家や科学者の卵にした講演を基にしたもので、専門的過ぎ普通の人には退屈だろう。日本語訳の表題も誤解を招く。ここは「物理法則の性質」と直訳の方が良いようだ。

 (b)から
◎(b)の編集者ジェフリー・ロビインズの意見
 「ファインマンはいつも、彼が物理を研究するのは栄誉のためでも賞や賞金のためでもない、楽しいからなんだ。世界がどんな仕組みになっていて、何がそれを動かしているのかをつきとめていく、それが楽しくてしかたがないから物理をやるんだ、と言っていた。」
 ⇒ファインマンのいい意味で周りを気にしない人となり。
◎ファインマンの科学に対する考え
 「科学の発達の絶対条件は懐疑の自由。総ての問題に答を持っていた権威、すなわち教会との闘いから生れた」
 『「混乱の泥沼を何とか切り抜ける」方法 なんとなく愚かしく聞こえるこの方法こそ、最も科学的な進歩の方法』
「科学とは専門家の無知を信じること」
「我慢できないのは哲学者じゃなくって、その尊大さだ。せめて彼らも自分を笑いとばせるぐらいなら、まだ話になるんだが!」
「理論物理で最も大きく、最も大切な道具は「チリ籠」だよ。いくらやってもだめなものは、放りだす潮時を知る必要があるんだ。」
「科学は、何が真実であり、何が真実でないかを宣言するものではなく、むしろ確実性の度合いの差を述べるものだ。人間はこうした考えかたを、科学の世界だけではなく、他のものについても受け入れることが必要だ。」
⇒キリスト教文化・西洋の自由社会育ちで、”高潔な学者”臭さのないファインマンならでか。

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