原水爆開発におけるキーマンの役割

   「原爆の父オッペンハイマーと水爆の父テラー:悲劇の物理学者たち」
        足立壽美著、現代企画室、1987年刊

 目的や出来上がりイメージの比較的ハッキリした科学技術開発では、プロジェクト(Pj)体制で行うことが有効であることは言うまでもない。Pjでは、参加する科学者・技術者の器量もさることながら、進行状況チエックして参加者を有効に動かす体制やプロジェクトリーダー(Pj-L)が成功の鍵を握っている。大型のPjの中で、目的の道義的な意味を除いて考えると、原爆開発の「マンハッタン計画」、人を月に送り込む「アポロ計画」が、規模やその達成度からみて最右翼だと思っている。では何故、このPjが成功裏に終わったのか、Pj体制や実質的なPj-Lは誰か、進行状況のフォーロー仕方、優秀だが一般的には一匹狼的なメンバー間の意思疎通・連携の取らせ方等を知りたいと思っていた。ということで、マンハッタン計画やアポロ計画に関する書籍を読んできた。今回も公立図書館の地下書庫から表題の本をみつけ読んだ。

 二人の中心科学者、オッペンハイマーのマンハッタン計画での働きとその後。更にマンハッタン計画の頃から水爆水爆と叫んでいたテラーの働きとその後を取り扱っている。広島で原爆被害に合いアメリカに治療に行かれた方と幼馴染の著者(足立壽美)が、米国滞在中に、”マンハッタン計画に参加した155人の科学者が署名した1945/7/17発行の原爆日本投下反対の請願書(テラーは拒否)”を、1970年代後半に手に入れてから10年かけて調査執筆したもの。

 オッペンハイマーもテーラーも外向けには、原爆の父、水爆の父といわれている。両者は開発Pj内で、科学技術面で引っ張ってき、Pj終了後は、政府の(軍事技術開発を中心とする)科学技術顧問の立場で行政に参加している。だが、Pjを本当の意味で支え、その全体実行を引っ張った人間のようには見えない。
 第二次世界大戦終了後、オッペンハイマーの周辺には、純粋な理論科学者、他領域に深い理解を持つ知識人が集まり、テラーの周辺には、優れた技術者、タカ派の政治家、軍人グループ 後には極めて過激な右派の人々があつまるようになったとのこと。最終的には、生まれながらの米国人であるオッペンハイマーは、反原水爆開発の立場を取ったため、政府から疎んじられ遠巻きの監視下に置かれた。一方、ハンガリーからの亡命科学者テラーは、純粋な理論物理学者から武器製造学者へ変身しレーガンのスターウオーズ構想立案にも参画したというように対照的。
 戦争前までは民間主導で比較的自由に研究開発が行われていた米国で、研究開発に相当の資金が必要な段階に達したためか、政府による研究委託方式が定着し始め、政府の目に見えないコントロールを受けるようになったのはこの時代。この辺の事情が2人の関係を通してよく理解できる文献。

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