ミトコンドリア1972
第1話 バビブベボの男たち
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「おい、バンド組んでロックやろうぜ」佐伯新一(さえき・しんいち)はボソリといった。
 ここは新一の自室。部屋にはレッド・ツェッペリンのセカンド・アルバムA面1曲目「胸いっぱいの愛を」がステレオから響いている。
 新一は、スチール椅子に前後逆にまたがって座り、両手とあごを背もたれに乗っけていた。
「ヘ?」ベッドに座ってリズムを取りながら聞いていた加藤茂(かとう・しげる)と吉野和夫(よしの・かずお)はキョトンとした表情。リアクションがない。
 新一は中肉中背、とぼけた顔つき。髪型は普通の七三分けだが少々伸びていた。千人町高校二年生である。
 茂はデブというほどではないのだが、ちょっと太め。顔も丸っこくてスポーツ刈り。実際に何かスポーツをしているわけではない。髪が硬くて整えるのが面倒なので、いつも短くしている。新一とクラスは違うが同じ学年。
 和夫は、小柄で銀縁メガネ。前髪を切りそろえて、うなじを刈り上げている。見た目はテレビドラマに出てくるガリ勉タイプ。実態は他の二人と同様の脳天気極楽トンボである。二人の後輩、一年生だ。
 ステレオといっても洒落たコンポーネントではない。兄貴のお古を貰った旧式の一体型である。木枠の箱に収められたレトロな雰囲気。左右のスピーカーもワン・ウェイだ。
 それでもステレオを持っていない茂と和夫にとっては大迫力のサウンドだった。
 なにしろ茂の持っているのはモノラルのポータブル・プレイヤー。スピーカーのサイズは10センチしかない。持ち運びできるという利点はあるが、ロック・サウンドもやけに軽くなってしまう。
 和夫にいたってはプレイヤー自体を持っていない。父親を交通事故で亡くし、母子家庭なので贅沢はいえなかった。ロックを聴けるのはトランジスタ・ラジオのみ。幸いなのは高校の入学祝にFM放送の入るタイプを買ってもらえたことだ。
「やっぱロックは聴いてるだけじゃダメなんじゃないかな」新一は続けた。「なんていうか。自分の魂の叫びを叩きつけるのがロックだと思うんだ」
 聞いている二人の表情はポカン度が増して、口をアングリ開けている。何だかゴリッパすぎて新一の言葉とは思えないのだ。
 いや、実をいうと新一自身、何を言ってるのかよく分かっていなかった。深く考えて発言しているわけではない。というより何も考えていなかった。思いつきを何となく口にしたにすぎない。
 ロックをやって金を儲けようとか、女にもてたいという下心はなかった。
 時は1972年6月。日本のロックはようやく黎明期を迎えたばかり。現実は別として一介の高校生である新一の頭の中には、日本のロックが儲かるとか、もてるという発想はなかった。
 ロックといえば洋楽というのが、当時の一般的な風潮である。なにしろプロの音楽評論家の中にも、日本語をロックのリズムに乗せることは不可能と公言する者がいた時代だ。
 その頃、日本のロック・ギタリストとして実力・人気ともにナンバー・ワンだった成毛滋(なるも・しげる)でさえ、ロックで食べていくことが出来なかった。
 成毛滋はスタジオ・ミュージシャンとして歌謡曲のレコーディングで演奏して食いつないでいたという。結局、彼はペンならぬピックを折り、日本のロック界を去っていった。
 グループサウンズの時代も、すでに過ぎ去っていた。大半のバンドが解散している。
 中には芸能界の第一線から姿を消しても、メンバーを変えながら温泉旅館回りを続けたバンドもあったようだ。しかし、そこまでの情報は新一の知るところではない。
 沢田研二と萩原健一がタッグを組んだスーパーユニットPYGでさえ、ヒットチャートを賑わすには到っていなかった。
 グループサウンズの中では一番ロックに近いイメージだったモップスも、「月光仮面」「森の石松」と、近頃何だかコミックバンドみたいな感じだ。
 そういえばザ・スパイダースの「エレクトリックおばあちゃん」とか、ザ・ワイルドワンズの「いいのかな」とか。グループサウンズ末期の曲って、コミック・ソングっぽいのが多かった気がする。
 それはともかく、業界に詳しいわけでもない新一の和製ロックに対するイメージは、この程度のものだ。金と女が目的なら、四畳半フォークを選んでいただろう。
 良くも悪くもロックへのひたむきさが生んだ暴言、いや発言だった。
 先にも書いたように新一に具体的な考えがあるわけではない。よく言えば思い立ったら吉日、本当のところは行き当たりばったりなのである。
 なにしろ新一のアダ名はミトコン。このアダ名がついたのは、もう9ヶ月ほど前のことになる。生物の授業中に新一はボーっとしていた。
 まあ、ボーっとしているのは毎度のこと。実は前日見た「おくさまは18才」最終回のストーリーを思い出していた。そこを運悪く教師の大前田に指されてしまったのだ。
 質問の内容も分からずトンチンカンな新一に、大前田は「お前は本当にミトコンドリアみたいな奴だなあ」と呆れ果てた。
 という訳で最初はミトコンドリアだったのだが、これは長くて言いにくい。いつの間にかミトコンに省略された。
 ミトコンドリアが人類征服を企む小説が発表されるのは、ずっとずっと後の話なのである。

 新一と茂が知り合ったのは一年ちょっと前、千人町高校入学のときだった。いや、実はこの二人、以前から顔見知りではあった。
 新一は中学生の頃から、駅前のレコード店の常連だった。と言っても、小遣いから少しずつ貯めてもロックのアルバムが買えるのは、せいぜい3ヶ月に一枚。それでさえ臨時の駄賃でも入らないと難しい。
 それでも「光音堂」という、そのレコード店には日参していた。とっかえひっかえレコード・ジャケットを眺めるのが習慣なのだ。
 このジャケット、カッコいいよなあ。やっぱりロジャー・ディーンのイラストはスマートだなあ。お、この曲は、こないだFM放送で流れてたやつだ。ギター・ソロが決まってたなあ。この曲は、いったいどんな曲なんだろうか。
 もちろん店員とも顔なじみ。寄る回数のわりに買わないので、店長はあまり良い顔をしない。が、バイトの大学生一人の時は、買わなくてもガンガン試聴させてくれる。
 その店で、たびたび見かけていたのが茂だった。茂は駅の反対側に住んでいる。通う中学も違っていたので話したこともない。というわけで顔は知っていても名前は知らなかった。
 いつもロックのコーナーで鉢合わせするので、ああ、こいつもロックが好きなんだなあと思っていた程度だ。
 それが高校の入学式で、ばったりと会ったのだ。思わず「おお」と声をあげ、お互いを指差してしまった。
 クラスは違ったのだが、その日から二人の付き合いが始まった。
 聞けば駅をはさんで歩いても25分の距離に住んでいる。
 最初のうちはお互いに行き来したのだが、なにしろ茂の部屋にはポータブル・プレイヤーしかない。自然とステレオのある新一の部屋が溜まり場となった。
 もう一人の和夫は、まだ一年坊主。入学して間もない。
 新一たちより一つ手前の駅から電車に乗っている。4月から度々電車内で見かけてはいたのだが、特に意識はしていなかった。同じ高校とは分かっていたが、学年が違うこともあって声を掛けたりしたこともない。
 それが4月の終わり頃になって、たまたま学食で相席した。その時も新一と茂は気にも留めず、いつも通りロック談義に花を咲かせていた。
 ところが後になって聞くと、和夫は二人の会話に聞き入っていたのだそうだ。
 3日ほど経った朝、二人が電車に乗り込むと和夫が緊張した面持ちで近づいてきた。
「ボタンが欲しいんなら、俺にはその趣味ないぞ」茂は大真面目な顔を見ると思わず混ぜっ返さずに入られないタイプだ。
 まあ、この時の和夫は本当に愛の告白でも始めるんじゃないかと思わせるほどガチガチだったことも事実。
「そんなんじゃありません」和夫は真剣そのものの顔つきで答えた。
「こ、これを聞かせて欲しいんです」言いながら和夫はカバンから一枚のシングル・レコードを取り出した。ピンク・フロイドの「吹けよ風、呼べよ嵐」。
 新一は、ロック全般そうなのだが、特にプログレッシブ・ロックはアルバムで聴くべし、という心情の持ち主。だが、和夫のド真面目な表情を見ると、そんなことは言い出せなかった。
 話を聞いてみると、和夫はプログレッシブ・ロックの大ファンだがプレーヤーを持っていない。
 ところが先日、学食で新一と茂がやはりロックが好きで時々集まって聴いていることを知り一念発起したのだという。
 和夫は昨日、商店街の外れにある中古レコード屋で思い切って、このシングルを買ってきた。この曲を含んだアルバム「おせっかい」も置いてあったのだが、小遣いの少ない和夫には中古とはいえアルバムは高嶺の花なのだ。
 新一は、この話を聞いて自分の心情を主張しなくて良かったと内心ほっとした。
 断われる雰囲気でもなかったし、新一たちにとっても仲間が増えれば、それだけ多くのレコードを聴くことが出来る。
 こうして、その日の放課後から和夫がメンバーに加わった。
 ちなみに和夫の買ってきたレコードはアニマルズの「朝日のあたる家」、ママス・アンド・パパスの「夢のカリフォルニア」、アーチーズの「シュガー・シュガー」。趣味とはえらく違ったオールド・ポップスばかり。
 そもそもプログレッシブ・ロックはシングル・カットされることが少ないし「吹けよ風、呼べよ嵐」のようにヒットすることは更にまれだ。というわけでこの町のちっぽけな中古レコード屋の店頭に並ぶことは滅多にない。それでいきおいワゴン・セールに出ている安くて古い曲を買ってしまうのだ。

「んー、でも俺、楽器弾けないよ」茂が素っとん狂な声をあげた。
「そんなの、これから練習すればいいだろ」新一は言いながら茂の無器用さを思い出した。
 茂は身体以上に丸っこくて短い指をしている。なにしろ靴のヒモを結ぶだけで大騒ぎするくらいだ。
「そりゃミトコンはギターが弾けるからいいよな」茂が言い返す。
 新一は兄から貰ったお古のフォーク・ギターを持っていた。それでAからGまでと、それぞれのシャープ、フラット、マイナー、セブンスくらいは押さえられる。その程度で演奏出来ることになってしまうレベルのお話ではあった。
 ついでに言うと新一はサウンドホールと呼ばれるギター本体の穴に取り付けるピックアップも一緒に貰った。これをラジオの外部入力につないで音を増幅することが出来る。フォークギターでエレキギターの感触が味わえるわけだ。もちろん本来はアンプに繋げるのだが、新一の知ったことではない。
「茂は歌が上手いからヴォーカルやってくれよ。楽器はいいからさ」新一はたやすく譲歩した。
 茂に楽器を弾かせるなんてことは、猿に小説を書かせるようなもの。それに茂の歌が上手いことは本当だ。
「そうだ。歌ってないときはタンバリンでリズムを取って」新一が続けた。
 ザ・スパイダースの井上順のイメージだ。すでに雰囲気が違ってきている。理想と現実のギャップというやつか。
「じゃあ、僕は何をする?楽器なんて弾けないし、歌だって上手くいないよ」と今度は和夫。
 和夫のほうは、けっこう器用そうだ。練習すれば何かしら弾けるようになりそうな気がした。
「なんか学校の授業で使った楽器があるだろ」
「えーと、ウチに置いてあるのはタテ笛とハモニカくらいだなあ」
「ハモニカでいいんじゃないか。ギターとハモニカならボブ・ディランとかそっち系になるかもよ」とアメリカン・ロックの好きな茂。
 ブリティッシュ・ハード・ロックを目指したい新一としては不本意な面もあるのだが、ぜいたくは言えない。
「それにしても演奏二人でロック・バンドってありかなあ」和夫が弱気な声をあげた。
「大丈夫だろ。たしかアッティラって二人組のロック・バンドがあったし」新一は以前読んだ雑誌のレビューを思い出して言った。
 実際に曲を聞いたことはないが、けっこう評論家はほめていたように思う。
 アッティラはオルガンとドラムのデュオ・バンドで、音楽性の高さは一部から評価されたが、商業的には全く売れなかった。ちなみにオルガンを担当したのは後に大人気アーチストになるビリー・ジョエルである。
「だけど、やっぱりドラムは入れたいよな。せっかくロックやるならさ」茂が前言を翻(ひるがえ)した。
 コンサートでもドラム・ソロが見せ場の一つになる時代だ。まあ、他のメンバーのトイレ・タイムという気もしないではないが。
「でも、ドラムって高そうだし。売ってるの見たことないよ」和夫が心配そうな声を出す。もともと気の小さいほうなのだが、金銭が絡むととことん気弱になってしまう。
 確かにギターなら駅前のレコード屋に置いてあるが、商店街にドラムを売ってる店はない。
「お茶ノ水とか行けば、売ってるんじゃないのか」茂が雑誌に載っていた何とか楽器店の広告を思い出して言った。
「そうだな。小遣い出しあって一個ずつ買っていけば何とかなるんじゃないか」新一が思いつきで提案した。実際にドラムがバラ売りされているかどうかなど知りもしない。
「じゃあ、とりあえずドラム一個で演奏するの」と和夫。
「いいじゃないか。腹にくくりつければ移動しながらドラムが叩けるぞ」混ぜっ返すのは、いつも茂。
「それじゃ、チンドン屋だよ」和夫があきれた様子で言った。
 新一の脳裏に、演奏しながら町を練り歩く三人の姿が浮かんだ。顔を白く塗って、着物やピエロの衣装で。
「そうだなあ。チンドン屋のほうが儲かるかもしれないなあ」言いだしっぺが、この調子である。
「お前、ホントに脳みそミトコンドリアだなあ」茂と和夫が声を揃えた。
 バカ、ビンボー、ブキヨウ、ベタ、ボンクラの五拍子そろったバビブベボの男たちである。