2005年3月30日

かねてから予定していた、三笠・夕張へのドライブを決行。

目的は3月31日をもって閉校となる2つの中学校の写真を撮るため。
それに加えて移転のため使われなくなる小学校の写真も。

天気は雪…いや、吹雪。

車検明けなので気をつけてゆっくり安全運転(^-^)。

芦別から国道452号線を南下し、まず先に三笠市幾春別へ向かう。
奔別炭鉱跡寄りに大きな幾春別小学校がある。
4月より、閉校となった幾生中学校の校舎に移転するため、
この校舎にもう子どもたちの声が響くことはないのである。

幾春別小学校旧校舎

次に向かった先は、すぐ近くにある幾生中学校。
車で数分で到着。
幾春別中学校と弥生中学校の統合で生まれ、お互いの一文字を繋げた名前の中学校である。
しかし急激な過疎化には勝てずに、三笠中央中学校との統合が決定した。

幾生中学校

さてこれから夕張へ向かう。

旧鹿島地区を往復するので往路はとにかく通り過ぎることに専念。
本当に雪がすごい、今日に限って。

国道をひたすら走ると現在の夕張の人口集中地、清水沢に着く。
T字路を右折すると夕張本町へ。
閉校となる夕張中学校はJR夕張駅の少し先に夕張小学校と並んで建っている。

かつての市街地であり、炭都・夕張の中心であった本町地区は、
険しい地形もあってか人口の減少が著しい。

石炭の歴史村へ向かう道の途中で中学校に到着。

夕張中学校



さて帰宅への道を走るわけだが、



「JR鹿の谷駅」

駅前には小さいながらも日本通運の事務所があり、
国鉄の駅と日通、というひと昔前によく見られた風景を目にできた。

清水沢、南部と過ぎまして、旧鹿島地区をひたすら走る。



現在新ダムの建設中で、貯水がはじまると大部分が沈んでしまうのである。
そこで国道の付け替え工事が行われている。
橋脚の高さがダムの大きさ、そして貯水量の多さを物語る。



夕張岳登山道入口も雪に埋もれていた。
この先に白金橋があり、奥鹿島分校もあった。



三菱大夕張鉄道の明石町駅前。
向こうが鹿島の中心地。
写真の右手にはかつて明石町と呼ばれた住宅街が並んでいた。



明石町駅のホームへ至る地下道の入口。
数年前までこの場所に駅舎がまだ残っていた。



向かい側は吹雪のシューパロ湖。



「交通安全都市 夕張市」

もうこの場所には誰一人住んでいない。



錆びて色褪せて字が読み取れない。



大夕張炭山駅跡付近に、映画「北の零年」のロケセットがあった。
雪が深くて入るのは困難。

誰も住んでいないこの地にあるロケセットは、
なんだか妙に鹿島の風景に馴染んでいたように思えた。



終わりに、現在使われていないと思われる橋を写してきた。



「上桂橋」



「桂沢橋」




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