『憧れのチベット』


高谷 美恵子
    
 澄みきった青い空、ラサの朝を散歩するのは実に気持ち良い、とうとう来
たんだ憧れのチベット!!                      
 長旅の疲れも、高山病の苦しみも忘れ、ラサに到着して最初の朝、ポタラ
宮殿に通ずる大通りをブラブラと歩いてみる。道の両側には窓を美しい花々
で飾ったチベット式の建物が立ち並ぶ、民族衣裳の店、弓のような道具で綿
を打つ店、蔵医院(蔵医とはチベット医学のこと)宗教グッズの店、チベッ
ト科理の店、ヤク・バターの店、等々、右も左も興味をひくものばかりで、
キョロキョロしながら歩いているとふと、“茶館”の看板が目に飛び込んで
きた。“茶”には少々引き付けられるものがある。今まで各地を旅しては必
ずその土地の名茶を持ち帰って来た。チベットのお茶ってどんなだろう・・
・。やはりバター茶かな・・・。“茶館”っていうのも何だか土地の人のに
おいがしておもしろそうだな・・・。そんなわけで、何のためらいもなく、
中へ入って行った。                         

  中へ一歩足をふみ入れ、えっ!と思った。そこには、おおぜいのチベット
の男たちばかり。女性客の姿は無い。どうみても“飲み屋”って雰囲気だ。
でも、やはりここは正真正銘の茶館。皆仲良く長椅子に腰掛け“お茶”をす
すっている。そして、ビデオ鑑賞している。香港のビデオで劉徳華主演のア
クションものだ。後日ラサ大学の留学生から聞いた話しでは、こういうとこ
ろには、素人の女性は、行かないんだそうだ。どういう訳だか知らないが、
せっかくだから、私も、お茶をいただくことにした。あたりを見回すと給仕
の女性が魔法瓶を持って、お茶を注いでまわっている。私の所へも来て、ガ
ラスのコップを差し出し入れてくれた。                
 さて・・・何茶だろう・・、一ロ、口にふくむ。うん!これはまさしくロ
イヤル・ミルク・ティーだ!ヤクか羊のミルクかは知らないが、こくがあっ
 て、なかなかいける。チベット茶イコール、バター茶と決め付けていたので、
ミルク・ティーの存在は少々意外だった。               
 (しかも、一杯2角、日本円で約2円!という安さ。)        
 思わずもう一杯おかわりした。                   

  ちなみに、バター茶なるものだが、その後、チベット人と仲良くなり、本
場ものを口にする機会に何度か恵まれた。けれどお世辞にも美味しいとは言
えない。バターくさいというか、一口飲んだだけで“うっ”とくる。残して
は悪いとやっとの思いで飲み干すと、すかさず、まあまあもう一杯、とつい
でくれる。涙が出るほど嬉しかった・・・・でもこのバター茶、体はとても
あたたまる。寒さの厳しいチベットならではの飲み物だ。このバター茶の作
 り方も実におもしろい。大砲のような大きな木製の筒にお茶とバターを入れ、
満身の力を込めて、棒でつき、かくはんさせるのだ。なかなか体力の必要な
作業にみえた。                           

  話は再び茶館へ戻る。                       
  私もチベット人にまじりチョコンと腰かけお茶をすすりながら、店内観察。
この人達、仕事もしないで、朝からこんなところで油売ってていいのだろう
か・・・。                             
 ここチベットは、下界より何だか時間の流れがゆっくり感じられる。あく
せく働く必要もないのかな・・・。皆のんびりしている。ふと、この大人の
男たちの中に6〜7才位の男の子が2人、まぎれこんでいるのに気が付く、
お父さんにでも連れられて来たのかな・・・・。あれ?この子たち・・・お
茶を飲みながら・・・タバコをブカブカふかしているではないか!思わず目
が点になってしまった。ひとつひとつの動作が何とも大人びていて子供らし
さがみじんもない。まわりの大人たちも全然気にしていない様子だ。席を立
つ時、給仕の女性にお金をほうりなげて”ほらとっておけ”というしぐさが
嘆かわしく、ため息が出てしまった。                 
 チベットはまだまだ貧しい。教育もまだ全てに行き渡っていない。学校も
あるが貧しくて行けない子供たちは、寺に入り、坊主となりそこで修業し教
育を受ける。それもかなわなくて、プロの“物乞い”になる子供たちもたく
さんいる。私達外国人は”シャンバラ”を求め、この地へ夢をいだき、やっ
て来るが、チベットの現状はなかなか厳しい。この子供たちが、普通の子供
らしさをとりもどせる時が来るだろうかと思いながら、         
 茶館をあとにした。                        
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