『中国での思わぬ買い物』


江口 淑子


 昨年(一九九五年)十月十三日から十八日までの五泊六日で函館から天津
へ向けてのチャーター便が飛んだ。その名も「函館・天津市民友好の翼」と
あり、喜んで参加した。                       
 北京、天津の基本コース・西安コース・ハルビンコースと、中国ではそれ
ぞれの希望地に別れてのコース別行動となった。            
 私はフリータイム・コースを選び、自由に北京の街をブラブラ歩き廻りた
いものと考えていたが、直前になってオプションの万里の長城・明の十三陵
 観光コースに参加した為、本当に自由な時間は、一日だけになってしまった。
 それでも、ツァーでは行く事のないような小さな店を覗いたり、路上の屋
台で煎餅と呼ばれるクレープのような物を買い、軒先に座りこんで頬ばった
り、道端でお土産を売っているおばさんと笑いあったり、昔の日本の風景の
中にタイム・スリップしてしまったかのような楽しい時間を過ごすことがで
きた。                               

  昔懐かしい風景の中にも西欧化の波は着実に押し寄せていて、マクドナル
ドの看板を見た時には、友人と二人ソフトクリームとハンバーガーが食べた
くなり思わず入ってしまった。                    
 ところで、今回の旅行で買ってきた物の中でずっと大切にしようと思って
いるものが二つある。                        
 一つは大きな蒸し器で、もう一つは小さなマリア像。         

  一つ目の蒸し器。私の家では普段でもよく中華料理を作ることが多く、中
華料理に関する食材や道具類にはとても関心を持つている。蒸し器はおまん
じゅうや包子(肉まん)などを蒸すのに使う。大きなのを見つけた。日本で
はとんと見掛けない蒸し専門のナベをデパートの日用品売場で見つけたとき
は『これだ!!!』と、嬉しくなって、早速店員さんに値段を尋ねると『百
六十元(日本円にしておよそ二千円)』『安い!絶対持って帰ろう』と思っ
た。一緒に歩いてた友人が、『こんなに大きなナベをブラさげてホテルに帰
えるのは恥ずかしい』と云うのを『これこそが一番のおみやげよ。』とばか
り意気揚々と持って帰ってきた。                   
 すでに自宅で数回使ってみたが、やはり道具がよければ料理も美味しく出
来るものと自己満足している。                    

  もう一つは、小さなマリア像。                   
 これもまた偶然のことだった。マリア様のご像をガラスケースの中に見つ
けた時には中国も変わりつつあると、天にも昇る気持ちになってしまった。
万里の長城に行く途中のトイレタイムでちょっと立ち寄ったお土産屋さんで
のこと。立ち寄る西洋人むけに置いてあったのかも知れない。      
 おそらく牛の骨だと思うが、骨細工で十二支の根付けが並べられてあった
中にそれはあった。『これは?』と店員さんに聞いたところ、可愛らしいそ
のお嬢さんは、『聖母マリア』と答えてくれた。            
 このお嬢さんは聖母マリアを、名前だけかも知れないが、知っていた。私
の心は言葉ではいい現わす事の出来ない感動を覚えた。十年前始めて中国旅
行をした時も偶然に、ご自分のロザリオを私の手にのせてくれた一人のおじ
いさんを思い出し、そこに立ちすくんでしまったのを思い出す。     
 今、机の前にあるそのマリア像を眺めていると、「御旨のごとく我になか
れし」の声が心の中に深く静かに広がってくる。            

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