私の見た中国(三)
『たかがトイレ・されどトイレ』



東出 隆司


 中国旅行からお帰りになった方に、その感想を聞くのは楽しい。どこが一
番印象的でしたか?との問いに、トイレの話しを持ち出す人が少なくない。
 人によってはかなりのショックらしく、いかに中国のトイレがひどいかを
口角あわを飛ばして力説なさる方もいらっしゃる。           
 概ねそれはいかに自分の行ったトイレがひどかったかに終始する。   
 こちらは話題が話題だけに早いとここれを切り上げて次ぎの何か楽しい話
題に移ろうとそれとなく水を向けるのだがなかなか離れず困ってしまうこと
があった。                             

  私はかなりの中国びいきなので、こうなると、どうも面白くない。   
 とりわけ話し手が年輩の方だったりすると、そんなにショックな訳がない
よなあ、日本だってついこの間まではそうだったし、等と考えてしまう。 
 確かに今、日本のトイレはきれいだ。おまけに最近はウォシュレット。 
 しかし、便利にして快適という生活は、その為に失っているものもたくさ
ん有ることを知っておいてもらいたい。便利さは何らかの犠牲の上に成り立
っていることを忘れずにいてもらいたい。ひとたび水が出なくなったウォシ
ュレットは・・・・・。                       
 もう一つ、私は基本的に、他所様の国をとやかく言える程日本がキチンと
しているとは思えない。だから、アレがダメ、コレがイカンという話しには
余り興味が無く、アレはどうしてアアナッタか、コレはコウでなければいけ
ないのは何故か、といった話しは大好きだ。              

  中国のトイレはいたって開放的だといえる。かなり有名になったが隣との
界がないトイレもある。むろん皆さんが行かれるホテルのトイレ等はほぼ世
界中同じ。逆に中国でホテルのロビーにあるトイレには専属の人がつめてい
てピカピカに磨き上げられていたりする。               
 以前大連から来ていた留学生に、函館は中国よりトイレの水洗化が遅れて
いますねと言われた。                        
 確かに大連に限らず中国の都市部での水洗化は進んでる。それは高層住宅
が多いのと、住宅のほとんどを国家が管理しているのだから水洗化が進んで
いるのは当然。                           

  しかし油断は出来ない。知人の家に遊びに行ってトイレをかり用をすませ
ていくら紐を引いても水がでない。断水のわけがない。隣りで洗い物をして
る音がしている。聞いてみると、もう何年も前から壊れていて後ろに置いて
るバケツを使って流すのさ、と落ち着いたものである。         
 修理したら、と言うと、ダメダメ直してもまたすぐ壊れるから、と分かっ
たような分からない答え。                      
 トイレの上の方にはシャワーの蛇口が付いてたので、あれは?と聞いてみ
ると。                               
 アレも勿論壊れてるが、暑い夏の夜等とても便利よ、という。     
 成る程床には日本のように段差があることは少なく平らだし、便器の前方
にあるようなおおいもないから、ただ中央にポッカリ穴があるだけ。水洗タ
ンクは上に取り付けられてるのが多い。壁も床も打ちっぱなしのコンクリー
トだし、シャワーを使ったとしても床に流れた水はだまっていても皆便器の
中へ自動的に流れて行くから後の掃除もいたって楽そうだ。       
 しかし、どうも水しか出ないようだから冬はちょっと、というのと、きっ
とサンダルか何か履いたまま入るんだろうな、とか、一体何処で服を脱いで
何処に置いといたら良いのだろう等と考えてしまった。         

  街には公衆トイレがあります。大概有料になっています。料金は二角か三
角、上海には五角なんていう高いのも有るそうです。          
 入る前にお金をその前で番をしている人に払います。そうすると、厚いゴ
ワゴワのトイレット・ペーパーが申し訳程度無愛想に渡されます。ツアーで
旅行するような日本人観光客は余りこうした所へは現れないのですが、たま
 たまそういう人がいて、この時「謝謝!」などと言ったりするものですから、
トイレ番の人に怪げんな顔をされたりしています。           
 デパートのトイレも有料です。同じ様にトイレ前には必ず番をしている人
がいます。                             

  一度いたずらでこういうことをしました。              
 若い留学生二人に日本語で話しながらつまり自分達は外国人で中国語が分
からない振りをしながら金を払わず入って行ったらどうなるか、の実験。 
 これはもう予想に反しての大騒ぎとなった。私は先に料金を払いそ知らぬ
顔で入って行く。間も無く二人が入って来た。後を追い掛けてトイレ番のお
ばさんが物凄い勢いでやって来て、声高に二人に金を払わぬ不当性を訴えて
る。                                
 おそらくあの早さで話し掛けられたら、二人には何を言われてるか聞き取
れないだろうと思って二人を見るとおばさんの勢いに押され驚いてる。その
うち人だかりが出来初め、その中の一人が、下の階に日本語の出来る服務員
 がいると言い出した。どうやら連れて来るらしい。見物人はどんどん増える。
おばさんはまだ大声で二人に巻くしたててる。             
 ややこしくならないうちにここらで治めなくては。私が「私は少し日本語
ができます」と言うと、おばさんは「おお!そうかい!早く二人に言ってや
っておくれ」と言い、一気に事態は収束に向かうはずだった。      
 実際、この料金不払い問題は片付いたのだが、おばさんは今度は私に「あ
んた日本語が出来るんだったら私の姪っ子が日本人から手紙を貰って意味が
分からず困ってる。次ぎは何時ここへ来る。住まいは何処だ、時間があるな
ら休んでゆけ」といった事を矢継ぎ早にまくしたて、放してくれない。例の
二人はそれを横目に帰って行った。いたずらはするものじゃない。    
 実験の結果、私は二角(日本円三円位)といえども中国ではおろそかにさ
れない事を知った。                         

  日本には今でこそ無いが、駅の公衆トイレ等で入口が男女共通のトイレが
あった。中国にこうしたトイレは無い。あくまでも厳格に分かれてる。そう
とう田舎に行ってもそうだ。都市を離れると観光地を除いてトイレは有料で
無くなる。                             
 こんなこともあった。友人と二人公園を散歩してた。小学校の遠足なんだ
ろう子供達が大勢いた。そのうち公衆トイレ近くで一頻り喚声が上がった。
友人の話しでは男の子がトイレの入口を間違えて女子の方へ回ったらしい。
 私には良く有る間違いの一つに思えた。が、友人に一番恥ずかしいことです、
と真剣な顔でいわれた。私が考えるより重大らしい。          
 日本のトイレ事情もここ数年で大きく変わった。おそらく中国はもっと凄
い勢いで変わる。なぜなら、先に書いたように一度改革が始まれば国家を挙
げての変革になるから。                       
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