私の見た中国
『 肯 徳 基 』



東出 隆司
 
 表題は見慣れない字で、これでは何の事か分らんでしょうが、中国語読みで
は(ケン・ドゥ・ジィー)となります。それでもまだ無理でしょうが、ケンタ
ッキーを漢字書きしたものです。そう、例のカーネル叔父さんのいるあのお店
です。                                
 勿論、中国でも彼は蝶ネクタイで、白いタキシードに身を包み、ステッキ片
手に大きな体で笑顔を絶やさず店の前に立ってます。中国でもここ数年、物凄
い勢いでハンバーガーショップが増え始めました。            
 ケンタッキーを表題にしましたが、別にケンタッキーばかりの肩を持つつも
りはないので、麦当労(マィ・ダン・ロウ)でも、莫師(モ・シー)でもどこ
でも構いません。麦当労はマクドナルド莫師はモス・バーガーとのお察しがつ
いたでしょうか。要するに今回の話題は、中国での外食産業に急激に食い込み
始めたハンバーガーショップについてであります。            

 私の記憶では、ケンタッキーの中国進出は他社に先駆けていた。北京で最初
 にあの赤い看板と太縁眼鏡のカーネル叔父さんを目にした時の驚きは忘れない。
その後、行く度毎にこれらの店は年を追って増え、今ではどこにもある。最初
の頃は、こうした店があることでその都市の規模の見当がついた。そして、そ
のお店のある場所が大概その街の一番賑やかな所と思って間違いなかった。 
  これら外国企業が乗り出す際は、彼等は綿密な事前調査をします。ですから、
逆にどの街にどの順で進出したかを見ればその街の経済状況を推し量る物差し
にできたのです。                           
  例えば、数年前まででしたなら、初めて訪れる街に降り立ったとしましょう。
少しブラブラしてこの手の店があったなら、そこそこ大きな街と私は判断しま
 す。よしんば、事前にその街の名をこれまでに聞いたことが無かったとしても、
或いはガイドブックの扱いが大したこと無かったとしても、軽視してはいけま
せん。そこそこ大きな街のはずです。                  

 ただ、この物差しが役だったのも数年前までのことで、中国側の勢いを考え
ると、もうそろそろ当てにならなくなりつつあります。それ位ここ数年でドン
ドン増えてます。前回行った時にはなかった街にも次行くと、ケンタッキーと
マックが向かい合わせで開店してた、なんてな事もありますし、上海や北京の
主だった通りでは、数メートルに一件の割りでこの手の店に行き当たります。
 そして、何処もお客さんがいっぱい。込んでいます。お店の造りそのものは
何やら型があるらしく、外装や中の備品には日本も中国もそう違いはなく、恐
らくこうした店は世界中どこでもそう変わらないのでしょう。どこも見慣れた
店構えです。中は、壁に宣伝の為に貼られた広告物なんかに多少の違いはある
ものの、そんなものは全休に比べればそう大した違いじゃあありません。  

 お店の前のガラスによく、当店は百二十席、なんて席教の表示がしてありま
す。その席数の多さにまず驚きます。特に繁華街に近いお店は互いにその席数
の多さを競い合っているのでしょう、その広さに田舎者の私は圧倒されます。
更に驚くのは、それだけの席数がありながら、時に座る席を捜さなくてはいけ
ない程込んでる、という事です。                    
 函館にだってこれらの店はあります。ありますが考えらない。一度もあんな
に込んでるのを見たこともないし、席を捜したこともない。        
 こうした百席余りの席を有する店が、開店を同時に席が埋まる、これはもう
経営者にとっては笑いが止まらんでしょう。               
 ハンバーガーそのものの値段は所謂セットものの値段で比較してみると、日
本よりそんなに安いわけではなく、物価や収入を考慮すると中国の人にとって
は決して安いものではないはずです。それなのに込みます。日本だとこれらの
店はどちらかと言えば若い人の独壇場ですが、中国ではまだもの珍しさも手伝
ってか、一度はものの試しに入ってみようとの人達が、老若男女取り混ぜて入
れ替わり立ち代わり入るわけです。ですから、込みます。         

 込めば活気が。店内は常時満員。おまけに元々食べることに対する情熱が違
います。古来よりどの民族にも負けない食に対するこだわり。食べることを楽
しむ。そりゃあもう賑やか。                      
 日本人の食事はいつもそそくさ、何処か味気無い。特にこうしたファースト
 フード店と呼ばれる様な店では、食事といより、早くすませるのに重きがある。
 ところが、これが中国の人達の手に掛かれば、食べることに対する姿勢が違
いますから、店の構えは似ていても中へ一歩入れば大きく異なる。     

 そこで働いている人達に差はない。例の有名なマニュアルというやつで造り
笑顔まで決められていますから、コトバが単に中国語に替わるだけで「歓迎光
臨(ホワンィングァンリン)」(いらっしゃいませ)から始まり、(こちらで
お召し上がりでしょうか・・・)と続き、あとは立板に水、こちらのことなど
無視。向こうの(只今お得なナントカセットのナントカキャンペーン中)と一
気に喋る。しかもメチャクチャ早い。呆気に取られてる内に、向こうは言うべ
き事を言い終えて、早よ決めんかい、とこっちを睨んでる。        
 そうは言われても、小姐(シャオ・ジェ)の早口では何を言われたのか判断
できないし、こっちは食べるより休みたいから本当はコーヒーだけで十分なん
だが、まあ、小腹もすいてることだしセットものでも好いかと想えてくる。セ
 ットものの飲料は冷たい飲み物。これ、暖かいコーヒーと換えること出来ます、
と頼むと、小姐はにこやかに「可以」(いいですよ)と笑顔で答える。フライ
ドポテトを増量で。「好的」(かしこまりました)と、小姐はピッピッピッと
計器にこちらの注文を手際良く打ち込んでいく。その時何の気無しにその計器
に貼り付いてる広告が眼に留まった。「新発売・ナントカパイ」とある。止せ
ばいいのに魔が差してそれを頼んでみた。                

 と、急に小姐の機嫌が悪くなったように見えた。先程の笑顔はもうなく、こ
れまでずっとしていたこちらの注文の復唱もしない。こちらさっぱり分からな
い。                                 
 小姐は注文を打ち終わると、(以上ですね)とぶっきらぼうに言う。余程我
慢ならなかったのか、「これはさっき私が勧めたナンタラセットだ、勧めたの
にそれには応じず注文を聞けぱ結局これだ」とお冠。こっちにすれば、なんだ
そんなことかよ、と思うが、世の中得てして、こっちにはそんな些細なことと
思えても、立場が違えばそれではすまされないことは往々にしてある。私は一
瞬だが、謝るべきかどうか迷った。こっちにすればどうでも良い事だがまあ軽
く謝ってみた。それが彼女を驚かせた。普通中国の人はこんなんで謝ることな
どないから。                             

 それを後ろの方でたまたま見ていた彼女の上司が見咎めて、かなり厳しい口
調で彼女に何事か言った、注意したらしい。それを見て私は何となく益々悪い
気がした。ところで当の彼女はというと、まるで謝るふうも無く、もう別の客
の相手をしていた。                          


隗報の目次へ戻る