『高速道路でパンクした話』


坂本 勲
 
 数年前、上海に行ったときのことである。私は『海鴎飯店』を出て空港へむ
かっていた。                             
 飛行機の出発時間までにはまだ大分間があったのだが、小心な私としては念
には念を、という事で少し早目にホテルをチェックアウトした訳である。  

 車は順調に高速道路を疾走して行く。流れゆく景色を見ながら、三度目の上
 海もどうやら無事に終わったか、とボーとしていた。ところが、突如「パン!」
という乾いた音が響いた。                       
  「え、もしや、」と思わず腰を浮かした私であったが、案の定パンクである。

 車を道脇に寄せて、運転手君すぐ様子を見に降りていったが、別にさほど動
揺する様子もなく、当方になんの説明をするでもなく(説明されたって分かり
はしないんだが)平然として再び車を発進させた。            
 こちらは、「おいおい」である。パンクしたタイヤでもってどれくらい走れ
るのか、と内心ひやひやしながらも、こちらとしてはどうする事もできない。
ただ、やきもきするばかりである。そうしてしばらく走ったが、やがてインタ
ーが見えてきてそこから普通道に車は降りていった。当方、やれやれではあっ
たが、やがて、道の傍らに車を止めた運転手君、私の顔を見て「トイメン、ト
イメン」と叫ぶのである。                       

 そうか、対面から乗れという事か、と私。               
 了解の意思表示をしたが、さて勘定。                 
 こんな具合になったのだからいくらかでも割り引くかとおもったところが、
これはこれ、それはそれということなんであろうか、別に何ら気にする風も様
子も見せず代金を受け取る。後はもう自分の車にかかりっきりでこちらの事な
んぞ、もう眼中にないという趣きである。日本であれば私も「おいおい、冗談
じゃないぞ!」と啖呵の一つも切るところだがなにせここは言葉も通じない中
国、「ま、しゃあんめい。」と車を後にしたのである。          

 さて、「トイメン」に渡った。車はもうひっきりなしに来る。しかし、いず
れも実車である。五分、十分、二十分、車は相変わらずどんどん来るが空車が
来ないのである。                           
 私は段々、焦り出していた。早く、ホテルを出たお陰で時間的にはまだまだ
余裕はあったが、それでも小心な私にとってはもう、心臓バクバクものだった
のである。                              
 やっと至近で客を降ろしたタクシーをつかまえる事に成功したのは、実にも
う一時間あまり過ぎた後の事だったのである。              

 思えば、最初のタクシーは見るからに手入れの行届いていない、車体に絆創
膏が貼ってあるような感じの車であった。運転手君も中年の髭づらのおっさん
であった。                              
 乗るとき、一瞬、躊躇した私のあの時のカンは、どうやら当たっていたよう
である。                               

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