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4日目
The education practice inside story
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6月3日
教育実習4日目
月曜日、再び学校である。
朝少し早めに着いて1C担任を捜す。
いた。
HR参加の許可をもらう。
「秋葉さん、俺授業教えたことあるよね」
「はい。3年の時先生が赴任してきて。」
「Nさん結婚したって知ってる?」
「はい、なんか上海いったそうで」
・・・・先生、覚えてたんすね、俺のこと。
こっちは覚えていて相手が覚えてないだろう作戦、失敗。
あんなに目立たない俺みたいな生徒(と自負している)でも覚えているのか。
侮り難し、1C担任。
俺らの頃HRは3学年共に2限であったが、最近一年だけ1限に移動させたそうだ。
改革の余波がここにも。

HR見学の前に自己紹介させられる。
そして後は後ろで見学。
1CではHR毎に必ず一回、担任ののろけ話が入るそうだ。今回も例に漏れず、あった。
因みにこの担任、俺ら3年の時に「振られた」と言って生徒の前でボロボロ泣いた、という逸話を持つなかなか熱い体育教師である。このとき「振った」女性が今の奥さんである。

HR運営は担任が連絡事項を伝えた後、生徒の手に任される。議長が各委員会から議題を募り、運営していく。
挙がったものは修学旅行、風紀委員の制服問題etc.そして今週にある球技大会のことである。
修学旅行は今回は委員の選任であった。各クラスから2名。
その他の事項は報告のみで、話し合うことはなかった。
残るは球技大会についてである。
うちの学校は何故か伝統的にクラスTシャツを作ることになっている。一体感を作り出すためであろうか。クラス議決で作らないところもあるが、これは希である。3年は2年からのクラス持ち上がりのため作らないことの方が多いが。
さて、1Cは。
どうにも結論を出すのが遅かったらしく、作成期に間に合わなかったらしい。その為各チームでそろえることにしたようだ。
今年の競技種目は5種類。ドッチボール・バレーボール・バスケットボール・卓球・玉入れである。
各々のチームが話し合っている間暇なので1C担任と話していた。
「色々変わってませんねー」
と言うようなことを。
各々のチーム結論が出て、その頃チャイムが鳴り1限が終わった。

教員室まで付き添っていくと、
「そうだ、これ書いてみない?」
クラス日誌を渡された。
クラスのリーダー班の中の日直がその日のスケジュールと感想を書くものである。教師はそれに返答を書く。
うぁ、またもや俺の苦手分野。
「良い経験になるよ。」
あと掃除は月・水・金に行っているそうだ。一回は参加しておかないと。
『生徒とのコミュニケーション』としてこの担任が行っているのは『一日の授業が終わったら必ずクラスに顔を出す』ことである。伝達事項の有無に関わらず、行っているそうだ。
ううむ、自らSHRのようなものをやっているのか。
自慢じゃないが俺の場合3年間、そう言う担任につかなかったので、授業終わると同時に教室出ていたぞ。
HR感想。
担任及び生徒達の若さに当てられた、というのが正直なところである。

3限はバヤシの2コマ目の授業見学。
はー、やっぱり一コマ目よりやり方及び雰囲気良くなってるよなー。
って、人の感心してるばかりでなく、俺もそうしなきゃならないよねぇ、やっぱ。

2限と4限は教材研究に当てた。
何せ、明日は2クラス。
授業一回目と授業2回目のクラスである。
一回目の方は見事に失敗していたのでこれをかなり構成から直している。
2回目の方は一回目の授業のフォローと共に、進めていかなければならない。
くぁっっ、なんだって一日に2コマも入っているんだ。
切り張り・コピー・印刷・ノート作成に費やしていた。

放課後は、1C掃除手伝いの後、土曜日に許可取った家庭部見学に。
家庭科室に行く。
新3号館一階。
内装も全く変わっていない。
ふと、黒板を見る。
左端の方に、達筆な字で一行ほど伝達事項が書かれている。
その横に、
「Tティーチャーの愛よ永遠に。消さないで!!」
矢印を添えて書かれている。
うわ、これまだ残っていたんだ・・・・・。
俺が2年の時までいた、家庭科のおばぁちゃん先生の痕跡である。
セミロングの髪をいつも2つに分けてリボンで縛っていた。
良い先生であった。
その当時に書かれたものが今でも残っているとは誰も思うまい。
俺でさえもあまり期待してなかったし。
あるんだなぁ、こういう事って。

で、部活見学の方は。
俺としては「行った」と言う証拠さえ残れば良いわけで(うわ、やる気ねぇな)、3年の子と少し話して30分ばかりで出てきた。合宿の伝達事項が終わり、調理にはいる時だったので。
しっかし、「今まで何作ったか」というノートを作っており、それを見せてもらったのだが、やってることほんと変わってない。だって俺らの頃使ってたレシピとまんま同じものしかなかったし。

こうやってみると「学校」っていうのは生徒個人個人は成長していっているけど、ある一定の止まったままの空間なんだな、と思ってしまう。

この日はそこそこに切り上げて帰ったな。
さて、この帰り道。
全員電車利用なのだが、当然ながら帰る方向で上りと下りに別れる。
この日のメンツは上り約4名、下り2名。
まぁ普通は同じ方向、一緒に帰るよな。
同じホームなので皆一緒に降りていく。
ゴトンゴトン。下り電車が入ってきたようだ。
ここで勢いよくお調子者風味のテツが
「じゃお疲れ!」
と言って階段を駆け下り、一人電車に走り乗った。
もう一度言おう、下り方向帰宅者は2名である。
あっさり置いて行かれるもう一人、マユ。
「普通、一緒の方向いないか、聞くよね」
怒り混じりの呆れ声。
それで電車は即行発車したのかというと、俺等が普通にホームに降りていってもまだ出発していなかった。テツのいる車両と違う車両に肩をすくめながら乗るマユ。
かける言葉もありませんでした(笑)。


教育実習
懐かしき、HR


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