cheap the thief 2 〜アタランタへ
商人にタダでクストスまで乗せてもらい、売店のお姉さんに教えてもらった、ヘカテ行きの船を捜すことにした。
着いたのは、朝日が昇る頃。
「しかし…すごい街だなぁ…」
ウォーターフロントの街、クストス。売店のお姉さんが目を輝かせていたのもうなずける。
街での主な移動手段は小船で、港からでも街の中心部にある大きな時計塔が見え、朝市にもたくさんの人が溢れている。そして何より、シオンにとってこんな活気のある街は初めてだった。
街を散策するのも良いが、シオンにとっては散策よりも、一刻も早くアタランテへ向かいたかったのだ。
シオンはそのまま港から出ずに、停泊している船という船、すべてにあたった。
しかし、随分と探しつづけたが、一向に見つからない。
「…まさか正規ルートじゃないとか…? でも、そんなことあのお姉さんが知ってるはずないよなぁ…?」
「おいボウズ、なぁにこんなところで突っ立ってるんだ?」
「え?」
考えていると、後ろから船乗りらしいオヤジに声をかけられた。
「こんなところでぼぉっとしてたら積荷と一緒にヘカテまで運んじまうぜ?」
「ヘカテ!?」
ヘカテへ行く船は定期船ではなく、貨物船だったのだ。
どうりで客船を当たってもないはずだ。
「おっさん、頼むよ! 積荷と一緒にヘカテまで運んでくれ!」
「おいおい、俺は冗談で…」
「どうしてもアタランテに行かなきゃならないんだ!」
これは願ってもないチャンスだった。
そしてこれを逃したら、もうチャンスはないような気がした。
「とは言っても…検問で引っかかったらどうするんだ? お前1人で捕まるならいいが、俺まで巻き込まれるのはごめんだぜ?」
「だから、積荷として…とか」
シオンの言葉にオヤジが反論する。
「あのなぁ、積荷としてだなんて、一体どうするんだ? 麻布に包まって雁字搦めにするか? それとも無理やり木箱に押し込むか?」
クストスとヘカテ間の検問では、積荷の中身まではチェックされないが、人間が乗っているのが見つかると、その場で引き止められてしまう。
チェックされた積荷は、その場で刻印が押され、証明書に詳しく明記される。そしてその紙を、ヘカテの検問で見せるというシステムなのだ。
「やっぱダメかぁ…」
「船酔いもすごいぜ。一度仲間で木箱に人を入れて運んだ奴がいたんだが、その中の人間は箱の中でひどく揺れて、着いた頃にはグロッキー状態さ。その上体の自由も効かず、狭い木箱なもんだから、出たときには体中アザだらけで、ボロボロの状態だったらしいぞ」
その話を聞いてぞっとはしたが、しかしヘカテに安く行く方法は、これしかないのだ。
ここまで連れてきてくれた商人に文無しと言ったのは嘘だったが、持ち金が子供の持つようなはした金だったことは確かだった。
こんな子供では、仕事を探す事もままならないだろう。
「船の中で箱から出るとか…」
「だから、検問で刻印を押されるんだ。そんな卑怯な乗船をする奴をなくすためにな」
いい方法はないかと、考えをめぐらすシオンだったが、なかなかいい考えが思いつかなかった。そうこうしているうちに、検問の開く時間となった。
「…俺も船乗りとして乗船するとか!」
最後に出てきた考えがこれだった。
「はぁ?」
「…ダメかなぁ」
しばらく考えていたオヤジだったが、突然笑い出した。
「なんでだろうな、なんでそんな簡単なことが思いつかないで、船体の下に張り付くだとか、そんなバカみたいな考えばかり浮かぶんだろうな。だが、船乗りも登録されていない者は検問で引っかかっちまうんだよ」
「登録?」
「ああ、だから俺たち船乗りは、こういうカードを持っているんだ。この船に乗っているのは俺だ、ってことを証明するためのな」
そのカードには、船の名前と番号、オヤジの名前が記されていた。
「…登録って、子供もしなきゃなんないのかな」
「子供…そういやどうなんだろうな。お前、いくつだ?」
シオンは少し考えてから、11歳だと答えた。
本当の歳を言うと、きっと無理だろうと思ったからだ。
「11…う〜ん…。もう少し幼ければなんとか…」
「俺っていくつくらいに見える?」
「最初見たときは8、9歳くらいに思えたけどな」
いつもはガキだガキだと言われてきたこの小さな体も幼い顔も、今ばかりは誇らしく思った。
「それで頼んでみてくんないかな? ガキだから許してくれって。この歳でダメなら諦めるよ」
シオンの頼みに、またもしばらく考え込んだおっさんだったが、今度は大きくうなずいた。
「しょうがねえな…そんなにヘカテに行きたいのか?」
「ああ!」
「わかったよ…ついて来な!」
シオンはオヤジのでかい声と背中に向かって、走って追い駆けた。
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