cheap the thief 3



 ヘカテに着いた頃には、希望に満ち溢れていたシオン少年はグロッキー状態だった。

 なんとか検問の人間を言いくるめて、船乗りとして乗船できたシオンだったが、これでは木箱に入っていなくても変わらない。
 貨物船は、客船ほど気を使わずに操縦するのか、非常に揺れが激しかった。

「おいボウズ、大丈夫かよ」
「・・・ああ・・・」

 大丈夫なわけなんかなかった。
 だいぶ不調だったが、これからのことを考えると、ここでのんびりもしていられない。

「それじゃあ俺はまたクストスへ帰るが、お前も元気でやれよ、ボウズ」
「ああ、ありがとな、おっさん・・・」

 とりあえずおっさんを見送ったが、シオンには身寄りも何もなく、あるのはただアタランテへ行くという漠然とした目的だけだった。

「まずは・・・うえ、気持ちわりぃ」


 しかしこの状態ではどうにもならないので、シオンはその場に座り込んだ。






 目が覚めたのは、夜風が冷たく体にあたる頃。
 どうやら座り込んだまま眠ってしまったらしかった。

「・・・夜・・・?」

 季節は秋。夜はだいぶ冷え込む。

「ここで眠るのはちょっと・・・」

 仕方なくあてもなく歩き出したシオンだったが、昼間ほどの活気も人気もなく、通りを歩いているのもごくわずかな人間だった。

「・・・どっか都合よく空家なんてないよなぁ・・・」

 よく辺りを見渡しながら歩くのだが、どこの家にも明かりが灯っている。
 家庭の暖かみを恨めしく思いながらも、しばらく歩いていくと、横にそれた細い通りがあるのを見つけた。

 なんとなく気になってその通りに入ると、先にはさして大きくもない店がひとつ。

 もう閉まっているのだが、なんだか違和感を感じたその店に、シオンは入ってみたくなった。

「・・・何の店だ?」

 まるで酒場のような雰囲気さえ漂っているが、店はもう閉まっている。外から見る限りでは、シオンの見た限りでも、なかなか値の張りそうな品物がたくさん並んでいた。




 その瞬間、シオンの脳裏に「してはいけないこと」が過ぎった。



 わかってはいる。だが自分には金がない。

 金さえあれば、このただ漠然とした想いも叶うかもしれないのだ。





 金さえあれば。





「・・・これだけあるんだ。一つくらい失敬しても・・・」

 音をたてないように、入り口の扉の下の隙間から体を滑らせ、店の中に入った。

 先ほど外から見た感じでは、人の気配は感じられなかった・・・が、いつこの奥にいる人間が出てくるとも限らないので、物音を立てないように最大限の配慮を持って忍び込んだ。

 外から見たとおり、そこに並べられているのは値の張りそうなものばかりだ。
 もしバレたとしても、なるべく罪が軽くなるように、と品定めに十分時間をかけたかった。
 しかし思ったよりも品数は多く、だいぶ時間を消費してしまった。

 やっと「これだ」と思う品を見つけた頃、シオンは自分の失敗に気がついた。



 物音一つ立てなかった。
 人の気配さえ感じさせなかったはずだ。

 ・・・それなのに。
 それどころか。

 自分の気付かぬ間に、カウンターには人が立っていたのだ。




「手癖が悪いねぇ、坊や」




 背中に冷たい汗が垂れた。
 頭の中は真っ白だ。

 暗闇の中で、自分の気持ちだけがぐるぐるぐるぐる渦巻いている。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 声は聞こえていても、顔を見ることができない。
 怖くて怖くてしかたがなかった。


「坊や」


 もう一度呼ばれた。

 これが自分を呼んでいるのだということは、わかりきっている。
 シオンはやっとのことで顔を上げ、声のするほうを見た。

 暗闇ではっきりとはわからないけれど、その声の主はだいぶ体格がいい。スキンヘッドで、メガネかサングラスをしている。
 とりあえず怖そうな大男だった。


 しばらくは二人とも、その状態で動かぬままだったのだが、カウンターの男がシオンの元へ歩み寄ってくる。

 今なら逃げられる。逃げられるのだが、足がすくんで動けなくなった。


「おい、まだガキじゃねぇかよ」
 手に持っていた品物を取り上げられた。
「・・・へぇ。なかなかいい目利きしてるじゃねぇか」

 シオンが選んだその品を見て、男は言った。
 かすかに、口元が上がったように感じた。

「どんな事情でこんなことしてんのか知らねぇけど、後のこと色々考えてコレにしたんだろ?」

 シオンはなんとなく頷いた。
 確かにその通りで、何故そう見抜かれたのか不思議でたまらなかった。

「・・・この歳でお尋ね者なんて嫌だろう?」

 また頷いた。声を出す事ができなかったのだ。


「今、新しいパートナーを探してるんだ」

 男の顔が近づく。
 メガネではなくサングラスだった。






「俺と組まないか?」





 その恐ろしくも吸い込まれそうな強い目に、シオンは腰がくだけて立っていられなくなってしまった。



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(2003/11/03)