〈現在〉










 戦いの後の酒場は、いつも以上に盛り上がる。
 今生きていることを実感し、喜び合って。
 戦いで失った仲間のことを悼んで。
 安酒を浴びるように煽り、隣に座る者と肩を抱き合う。
 下らない話で盛り上がり、笑い合う。
 そんな中、一人の兵士がこんなことを言いだした。
「今日の副隊長の剣は、いつも以上に冴えてたよなぁ・・・・・・・・」
 その姿が脳裏に過ぎっているのか、うっとりとした顔と声音で発せられた言葉に、周りで騒いでいた兵士達は同意するように力強く頷いた。そしてすぐに話に乗ってくる。
「ああ。まったくだ。俺もあんな、流れるような剣捌きがしてみてーもんだぜ。」
「バーカ。お前には死んでも無理だって。」
「うるせーな。そんなことは分かってんだよっ!夢見るくらい良いじゃねーかっ!」
「夢見すぎだっての。副隊長みたいな完璧な人と同じように戦おうなんてよ。」
「まったくだぜ。頭は良いわ顔は良いわスタイルは良いわ剣の腕も立って紋章も使えるわ・・・・・あんなになんでもかんでもこなせる人っていねーよな。」
「副隊長に出来ない事って、あんのかねぇ・・・・・・・・」
「ないんじゃねーの?ってかよ、弱点すら無さそうだよな。あの人。」
「あ〜〜〜無さそう無さそう。」
「いや、意外と『虫が嫌い』とか言い出すかもしんねーよ?」
「え〜〜〜〜?あり得ねーって、そりゃ〜〜〜〜」
 ギャハハと、傭兵達は笑い合った。そして、「副隊長に弱点は無い」という結論に達して別の話題へと移っていく。
 先程の話題など、頭の隅に留める事も無く。



 そんな彼等の頭の上。話題の主である副隊長が一日の大半をそこで過ごしていると思われる執務室。そこで黙々と本日の戦闘の報告書を作成していたフリックは、急に横合いから伸びてきたビクトールの手によって使っていたペンを取り上げられ、強制的に仕事を中断させられていた。
「・・・・・・・・・・なんだよ。」
「なんだよじゃねーよ。さっきからカリカリカリカリものばっかり書きやがって。一つ仕事が片付いたばかりなんだからよ。ちっとは息抜きに酒場に行っても罰はあたらねーんじゃねーのか?」
「あのなぁ・・・・・・・・・・・」
 取り上げられたペンを頭上に高く持ち上げながら、ビクトールは駄々っ子のようにそんなことを言ってくる。そんな彼の様子に、フリックは深々と息を吐き出した。
「戦うことだけが俺の仕事じゃないんだよ。記憶が新しい内に報告書を作って置いた方が効率が良いだろうが。」
「記憶がちょっとばかり古くなったところで、お前には大して影響無いんじゃねーの?」
「それはまぁ、そうだが・・・・・・・・・」
 ビクトールの速攻の突っ込みに、フリックは言葉を濁す。それは確かな事なので。
 人並み以上に記憶力が良いから、一日二日空いたところで報告書を作れなくなる事は無い。例え一ヶ月の間が開いても詳細な報告書を作り上げる自信がある。とは言え、さっさと片付けられる物は片付けておきたいのだ。明日の昼頃にミューズからの使いが来ることだし。
 そいつが来る前に書類を完成させておけば書類を運ぶ手間が省けるし、何よりもそのお使いの者に早々にお帰り頂ける。何かというと文句の言葉ばかり吐いてくるミューズの役人とは関わり合いになりたくないので、出来る限り奴らの滞在時間を減らしたいと考えているフリックなのだ。彼らが来ると決まった後の小細工には余念が無い。
 そんなわけで、今現在仕事に精を出しているのである。そんな事情をビクトールに語ったところで、彼には理解して貰えないかも知れないが。しかし、一応己の考えを口に出してみる。
「それとは別に、俺にも仕事の計画というものがあるから・・・・・・」
「フリックっ!」
「え?」
 言葉を遮るように名を叫ばれ、フリックはキョトンと目を丸めた。
 そんなフリックに、ビクトールは言葉を続けた。
「じゃん、けん、ポンっ!!!!!」
 そのかけ声に、条件反射で手を出した。
 ビクトールがパーで、フリックがグー。
「よし、俺の勝ちだから、酒場行き決定!」
「え?ちょっ・・・・・・・・俺は、そんなことを言った覚えは・・・・・・・・・っ!」
 嬉々として叫んでフリックの腕を取り、無理矢理その場に引っぱり上げたビクトールの行動に、フリックは慌てて自分の腕を引き戻そうとした。が、相手の力の方が上なので逆らいきれず、身体はズルズルと引きずられていく。
「おいっ!ビクトールっ!」
「良いから良いから。お前が居た方が皆喜ぶんだからよ。これもまた、副隊長のお仕事だぜ?」
 語尾にバチッと音がしそうな程盛大にウィンクを飛ばしてくるビクトールの言葉に、フリックはしばし瞳を瞬いた。 
 そして、すぐに苦笑を浮かべ直す。
「隊員を喜ばせるのも俺の仕事なのか?」
「おうよ。士気向上。チームワークアップのための、大事なお仕事だぜ?」
「なる程。ソレは確かに、そうかも知れないな。」
 クスリと笑んだフリックは、己の腕を引き戻そうとしていた身体の力を抜いた。それに気付いたのだろう。ビクトールも引っ張る力を弱める。掴んだ手首は、放そうとはしなかったけれど。
 そんなビクトールの行動に僅かに眉間に皺を寄せながらも、フリックはゆっくりと口を開いた。
「じゃあ、まずはその仕事を片付けてからこっちの仕事に取りかかるかな。」
「おう。そうしろよ!」
 嬉しそうにニカッと笑うビクトールに、フリックもまた笑顔を返す。そして、二人並んで執務室を後にした。未だにフリックの言葉を信用していないのか、ビクトールがフリックの腕を掴んだままで。
 酒場に行くのは良いが、これは少々頂けない。どうにかして振り払いたいのだが、下手に攻撃的に出たら彼が大騒ぎして事態を悪化させることになりかねない。何か穏便にこの手から逃れられる方法は無いだろうかと算段しながら歩を進めていたフリックに、僅かに前の方を歩いていたビクトールの声がかけられた。
「フリック。」
「うん?」
 先に階段を一段下りた所で名を呼んでくる。その声に、彼に掴まれたままになっている腕から、いつも見ている位置よりも低い位置にあるビクトールの顔へと視線を移す。
 己の顔へと移されたフリックの青い双眸を目にしたビクトールは、何かを企むようにゆっくりと口角を引き上げて見せた。そして、再度かけ声をかけてくる。
「じゃん、けん、ぽんっ!」
 思わず出した手は、チョキ。ビクトールはグー。
 その結果に、ビクトールは満足そうに頷いた。
「よしよし。俺の勝ちだから、奴らを喜ばせた後は、俺のことも喜ばせてくれよ?」
「・・・・・・・はぁ?」
 まったく予想もしていなかった言葉に、フリックは盛大に顔を顰めてやった。何を考えているのだバカヤロウと、その表情だけで告げるように。だが、そんな表情をぶつけられたからと言って怯む男では無いことを、フリックは良く知っている。だから、更に言葉も付け足した。
「なんでそうなるんだ。俺はそんな約束してないだろうが。」
「良いだろ。最近とんとお見限りなんだからよ。戦いの後だし、な?」
 縋るような瞳で見つめられたフリックは、そのむさ苦しい顔に彼に掴まれていない方の掌をのせ、自分から遠ざけるように押しやった。
「理由になって無いだろうが。」
「フリック〜〜〜〜!」
「気持ちの悪い声を出すな。・・・・・・・・・ったく。」
 幼子がお強請りするように、掴んだままのフリックの腕を軽く左右に振ってくるビクトールの手を振り払う。いい年して何をやっているのだと呆れながら。
 そして、そんなアホな言い分を聞き入れても良いかと思っている自分自身にも呆れてしまう。
 確かに最近彼の相手をしていなかったので。まぁ、つき合っても良いかなと思わないでもなかったから。
 フリックは、態とらしく溜息を零した。そして、ニヤリと口の端を引き上げる。
「仕方ないな。ジャンケンとは言え、勝負は勝負だ。相手してやるよ。今夜。」
「マジかっ!?」
 途端に、ビクトールの顔が輝く。欲しくて仕方の無かったおもちゃを手に入れたときの子供と同じような顔で。
 そんなビクトールの反応に、自然と苦笑が浮かび上がった。
「ああ。その代わり、報告書を書くのはお前も手伝えよな。」
「おうっ!任せておけって!」
 力強く頷くビクトールの姿に、再度笑みが零れた。
 良い返事をしていながらも、ろくに手伝いはしないのだろうなと、思いながら。























彼に勝つ方法