トゥーリバーの門前にやって来て既に三日。敵は籠城をする気なのか、はたまた仲間が集まるのを待っているのか、なかなか仕掛けてこない。
 同盟軍からこの戦いに借り出された兵士の数は三百人。それ以上の兵は、現在の軍の状況では出せなかった。その兵の大半はフリックの元で戦ってきた者達だ。人数が少なくても戦う気は、フリックの仇を取る気は満々だから良い動きをしてくれるに違いない。
 自軍の兵士を眺めながらそう考えたビクトールは、チラリと敵陣に視線を向ける。
「さて、どうするかねぇ・・・・・・・・」
 無駄な長期戦は避けたいが、敵に動きが無いので手を出し辛い。街の状況がどうなっているのは分からないから余計に。
 自分達がここにいることを敵が街の人々にどう告げているのか。それが大いに問題だ。敵に都合が良いように吹聴し、こちらに悪感情を持たれた状態でこちらから手を出せば、ようやく結べた同盟の手を叩き落とされかねない。
「どうしろってんだよ、まったく・・・・・」
 自慢ではないが、心理戦はそう得意ではない。身体を動かしてナンボの戦いの方が己の性にあっている。だから勢いに任せて突っ込めないこの戦いはどうにも歯痒い。
「シュウがこの場に来てればよう・・・・・・・・」
 思わず愚痴が零れたが、たかだか五百人程度の敵にあの男が出てくるはずもない。
 大体あの男、出がけに策の一つも寄越しては来なかった。時を待てと言うだけで。
「その時がいつのことだかわかんねーってのっ!」
 ビクトールがブツブツと不平不満を漏らしていたら、敵陣からざわめきが沸き起こった。
 何事だろうかと目を向けてみれば、敵陣の真ん中が徐々に分けられていき、そこから一人の兵士が馬に乗った状態で進み出てくる。
 兵の頭には目深に兜が被さっているので彼の表情は見えなかったが、手綱を握るのと反対の手に丸い物が握られているのは分かった。その手の中身を見て、敵兵士達の大半が息を飲んでいる。
 誰もが驚愕の表情を浮かべている。
 いったい何事だろうかと意識をその兵へと集中させたビクトールに歩み寄るように前に進み出た彼は、自軍と同盟軍の丁度中程までたどり着き、馬の足を止めた。
 そして、遠目から分かる位にはっきりと、口角を引き上げる。笑みの形へと。
「同盟軍の筆頭戦士、『青雷のフリック』の首はこの俺が討ち取ったっ!ラクノ市長、カウゼル様の命令でなっ!」
 前に進み出た兵士が、声も高らかにそんなことを宣言してきた。手にしていたモノを、照りつける太陽にかざすように持ち上げて。
 その彼の言葉には同盟軍兵士だけでなく、敵兵達の中にも動揺が走った。
 そんな空気に構いもせず、兵士は更に言葉を吐き出し続ける。
「コレが証拠の首だっ!存分に確認するが良いっ!」
 言いながら空高く放られたモノが近づいてくるにつれ、ソレがなんなのかはっきりと確認出来るようになってきた。
 それは、金茶の髪に覆われた人の頭。
 血の気の失せた青白い顔。
 見開かれた目の、記憶にあるモノよりも鈍い色の青。
 見間違える事などあり得ない程、見慣れたモノ。
 イヤという程突きつけられた現実に、言葉が出ない。
 現実から逃れる為にも放られたモノから目を反らしたいのに、それが出来ない。放られたモノの軌跡をジッと見つめることしか。
 それしかする事が出来なかったのはビクトールだけではなく、その場にいた同盟軍兵士の殆どだった。
「・・・・・・・・・フリっ・・・・・・・・・・・」
 己の腕の中に飛び込んでくるような動きを見せるソレを掴み取ろうと手を伸ばす。だがそれは、ビクトールの腕の中に収まる前に突如燃上がり、消し炭に代わってしまった。
 その途端、強めの風が辺りに吹き抜け、消し炭になったソレを浚って吹き去っていく。
「・・・・・・・・ぁ・・・・・・・・・・」
 あまりの事に言葉も出せないビクトール達をあざ笑うかのように、逃げもせずに両軍の真ん中に居座る兵が、高らかに宣言をしてみせた。
「お前らを束ねる『青雷』がこの程度なら、お前等を倒す事なんか容易いっ!死にたい奴はかかってくるんだなっ!」
「・・・・・・っ、てめーっ!」
 唸るようにそう言葉を吐き出し、ビクトールは腰に収まっていた剣を引き抜いた。そして、勢いよく地を駆ける。フリックを討ち取ったと言う、男の元へと。
 その男はビクトールの動きにニヤリと口元を歪め、小さく何かを呟いた。そして両手を前にかざしたと思ったら、ビクトールの目の前に突如、火の壁が立ち上がった。
「・・・・・・・・・くっ!」
「隊長っ!」
 事の成り行きを呆然と見つめていた同盟軍兵士達もその紋章による攻撃でようやく我に返り、慌てて武器を手に取ると、ビクトールの元へと駆け寄ってきた。
 その動きにつられたかのように、向こう側から敵兵も駆けてくる。
 それまで全く動きが無かったとは思えないくらい、その場には一気に戦いの空気が溢れた。
 剣を打ち合わせる金属音。
 肉を断つ鈍い音。
 痛みに呻く声。
 上がった呼吸音。
 鼻につく血臭。
 最初は動揺の色が見えて動きの鈍かった敵兵達だったが、戦いが長引くにつれてその動きが滑らかなものになってきた。そして、死への恐怖のためか、彼等の視線に鬼気迫るモノがわき始めた。
「ちくしょう!五百以上余裕でいるんじゃないのか?」
 切っても切ってもまだ襲いかかってくる敵兵の多さに愚痴の言葉を吐き捨てたビクトールは、背後から迫ってきた敵を一刀の元で切り捨て、隙を作らないように注意しながら周りの様子を探った。
 フリックの首を投げ捨てたあの兵士の姿はもうどこにもない。この場から逃げ出したと言うことだろうか。
「大口叩いてたわりには、大したことねーんじゃねーのかよ?」
 馬鹿にしたように呟いたビクトールは、次のターゲットを探す事にした。
 フリック殺しの主犯。カウゼルという男。
 多分、一番安全な、そして分かりやすい程に豪勢に飾った場所にいるだろうと見当をつけた。アップルから聞いた限り、戦に関する知識も腕も何もない輩らしいから。それでもフリックを討ち取った事で勝利を確信し、高見の見物でもしているだろうと、そう思ったから。
 そんなビクトールの読みは当たった、
 いつでも逃げ出せるようにしているのか、門のすぐ近くに場違いな程に立派な天幕が張られている。
「・・・・・・・アレか・・・・・・・・・・・」
 呟き、一歩足を踏み出したが、その進路を阻むように敵兵が目の前に現れた。
「邪魔すんなっ!どけっ!」
 切ると言うよりも殴る勢いで敵を打ち倒し、前へ前へと足を運ぶ。だが、なかなか思うように進めない事に、ビクトールは徐々にイライラを募らせていった。
 敵を切り捨てる合間に周りに視線を向ければ、自軍の兵達の疲労がかなり濃くなってきているのが見て取れた。
 無傷な者など殆どいない。それはそうだろう。倍以上はいると思われる数の敵を斬り合っているのだから。その上、戦いの前に見せられた、あの光景。
 怒りは爆発的な原動力になるが、持続性に欠けるのだ。
「でも、負ける訳にはいかねーんだよ・・・・・・・・・」
 奥歯をギリリと噛みしめながら言葉を吐き出す。
 どんな戦いでも負けたくはないが、今回はとくに負けたくなくて。
 その思いを込めて敵兵を睨み付ける。
 眼差しで敵の動きを止められる程、殺気の帯びた瞳で。
「どけーっ!てめーらっ!邪魔する奴は容赦しねーぞ、こらぁっ!」
 叫び、剣を振り回した。
 その途端。
 上空に鮮やかな光が迸った。
 微かな青色を含む、稲光が。
「え・・・・・・・・・・・?」
 その見慣れた光にポカンと口を開け、光の向う先に視線を向ければ、その光は敵陣の真ん中へと落ち、十数人の敵を地面に倒れ込ませた。同盟軍兵士には、一切傷を負わせずに。
 その素晴らしいコントロールと破壊力に目を見張ったビクトールは、慌てて光の出所へと視線を向けた。その行動を取ったのはビクトールだけではなく、敵も味方もほぼ全員であったが。
 皆の視線の集まる先に、細いシルエットが浮かんでいた。青白い光を全身に纏った、細い姿が。
 太陽を背にするように立っているため、その顔ははっきりと見る事がない。だが、そのシルエットからそれが男で有ることが分かる。細く、背の高い男であることが。
 男の傍らを強い風が通り過ぎていった。その風に煽られ、男が纏っているマントが真っ青な空の下でフワリと、舞う。その空と同じ青い色のマントが。
 そして、額に巻かれた青色のバンダナが。
 目の前に現れたモノが信じられず、皆戦う事を忘れて彼の姿を見つめていた。
 そんなビクトール達に、男が軽く首を傾げて見せる。
「・・・・何をボサッとしているんだ?まさか、俺のいない間に全員ふぬけになった訳じゃ無いだろうなぁ?」
 その聞き慣れた、だけどずっと聞いていなかった。これから先聞くことが出来ないのでは無いかと思っていた声に、ビクトールの身体がビクリと震えた。
「ぁ・・・・・・・・・・」
「もしそうだって言うなら、城に帰ってから鍛え直してやるよ。俺に鍛え直されたい奴は・・・・・・生き残る事だ。」
 男の落ち着いた深みのある、それでいて戦場に良く通る声が皆にそう告げたのを合図にするように、日の光が急にかげる。青空に浮かび上がる白い雲に太陽が隠されたから。
 そのおかげで、それまで見ることが出来なかった男の顔を、表情を目にすることが出来た。雨上がりの直後のような。澄み切った青い瞳を。
「・・・・フリックっ!」
 大声で名を呼べば、彼は軽く手を挙げて見せた。
 そして、皮肉そうな色の浮かぶ笑みを向けてくる。
「よう。お前も腑抜けていやがるのか?だったら、雷の一つでも落としてやるぜ?気合いを入れるためにな。」
「・・・・・・・ざけんなよ。今頃ノコノコ現れやがって。てめーに心配される程、このビクトール様は落ちぶれてねーんだよ!」
 言うなり、ビクトールは唇の端を持ち上げた。
 自信に満ちあふれた不敵な笑みを、己の顔に刻むために。
「お前はそこでのんびり見学してな。こんな奴ら、俺等だけで十分だっ!」
 言いながら敵陣に突っ込み、味方に向って声を張り上げる。
「てめーらもボサボサしえんじゃねーぞっ!じゃないと、フリックに良いトコ持ってかれるぜっ!」
 その声に、暗かった兵達の顔に笑みが広がった。
「まったくだぜ。こんな奴ら、俺等だけで十分だっ!」
「副隊長の地獄の特訓は、勘弁だぜっ!」
 力を取り戻した同盟軍に、敵軍の陣形はあっという間に崩れていった。そして、それまで向かえなかった主犯への道も呆気ない程簡単に開かれる。
「・・・あいつが現れただけで、こんなにも変わるかねぇ。」
 味方の兵士達も自分自身も。
 彼一人の存在で、こんなにも動きを変えてみせるモノなのだろう。
自分の単純さに笑いをかみ殺しながら、ビクトールは逃げるカウゼルを追いつめ、その首筋に己の剣を突きつけた。
 しかし、まだ殺しはしない。
 ビクトールは、ゆっくりと口角を引き上げた。
「・・・・・・・さてと。責任は取って貰うぜ?主犯さんよぉ。」
 言いながら、剣では無く手刀をカウゼルの首筋に叩き込む。
 何が何でも殺してやると思っていたけれど、フリックが現れたことでその気が失せたから。変わりに、捕まえて事情聴取をしなければという考えが脳裏に浮かんで。
「・・・・・ま。何にしろ、良かったぜ。」
 生きていてくれて。
 ゆっくりと近づいてくるフリックに笑みを向けた。
 そんなビクトールに彼も笑い返してくれる。
 それだけで幸せに慣れる自分がおかしかった。










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