ミーシャは握り慣れた彫刻刀を手に、木材と向き合っていた。
 コレをどういう形に彫り出そうかと、思案しながら。
 物心着いた頃から彫刻刀を握っているせいか、手にとった瞬間にイメージがわき上がる。そのイメージ通りに彫り進めていけばあっという間に作業が終わるのだが、それだといつも同じ様なものが出来上がってしまう。それでは面白くないので、時間に余裕があるときには、色々計算しながら彫り進むようにしているのだ。考える時間をとられる分作業に時間がかかるのだが、それはそれで楽しいものがある。
 その木が生きていた証拠である木目を如何に上手く生かすか。素材の命を買い手に感じ取って貰えるようにするには、どういうデザインにしたらいいか。ソレを考えながら彫るのは楽しい。
 そんな風に思えるようになったのは、つい最近の事だけど。
 いや、そう思える自分に戻ったのはと、言うべきだろうか。
 口元に薄く笑みを浮かべる。守るモノがあると、人間は強くなれるものなのだと、思って。喜びは生きていくために必要な原動力だと、強く思う。
 そんな事を考えていたミーシャの耳に、聞き慣れた金属音が聞こえてきた。
 客の来訪を告げる、鐘の音が。
 慌てて立ち上がり、工房からそう多くない商品を並べた店内へと出る。一年近く店を閉じていた上に村の一番奥に建っている建物なので、客が来る事は滅多にない。だから多分、やってきたのは村の者だろう。村の者だったら工房に顔を出すまで待っていても問題はないのだが、偶に本物の「客」が来る事もあるので、出ないわけにはいかない。
 店内へと通じる戸を開けると、そこには一人の男が立っていた。
「いらっしゃ……」
 村の者ではないと即座に判断し客向けの笑顔を浮かべたミーシャは、決まり文句を口にしようとしたところで言葉を飲み込んだ。そして、大きく目を見張る。
 そこに立っていたのがもの凄く、綺麗な男の人だったので。
 透けるように白い肌。澄み切った宝石のような青い瞳。高くスッキリとした鼻。小さな顔に、前髪の一房だけが色の薄い、サラリとした茶色の髪。背は高く、足も長い。
 年の頃は二十代前半から半ばといったところだろうか。
 女っぽい訳ではない。間違いなく男性だと分かるのに、今まで見たどの女性よりも綺麗な人だと、思った。自分もそこそこ美人の類に入ると思っていたが、彼の隣に並んで立ったら、誰も美人だと言ってくれないだろう。
 呆然と見入ってしまっているが、男は客なのだ。引っ込めてしまった営業スマイルを浮かべ直して声をかけねばならない。そう分かっているのに身体が凍り付いたように動かず、声を発する事が出来なかった。
 声をもかけずにただただ見つめ続けるミーシャの様子に驚いたのか。男は軽く目を見張っている。
 だがすぐにその目は細められ、真っ直ぐに見つめ返してきた。真っ青な瞳に、薄く色づいた唇に、柔らかな笑みを浮かべつつ。
 カッと、頬が紅く染まり上がる。もの凄く、恥ずかしくなって。いや、嬉しくなったのだ。違う。その、両方だ。少女だった頃に、密かに思いを寄せていた人物に笑いかけられたような、そんな気分になったのだ。初めて会った、人なのに。
 自分の反応に恥ずかしくなりより一層頬を染める色を強くした。そこでハッと息を飲む。今自分が着ているモノが、所々すり切れてヨロヨロになった古着だったと言う事に、気が付いて。その上、木くずが至る所についている。化粧だってしていない。肌もボロボロだ。髪の毛だって、適当に縛っただけの状態だ。
 益々顔が紅くなった。もの凄く、恥ずかしくなって。自分の顔色を見る事は出来ないが、多分、これ以上ないくらい紅く染まり上がっている事だろう。
「――――副隊長?」
 強い羞恥心のせいで言葉を発する事すら出来ないで居ると、男の背後から声が聞こえてきた。訝しんでいるような、若い男の声が。
 その声にハッと息を飲んだのと同時に、男が自分の身体を呪縛していた青色の瞳を背後へと流した。ソレでようやく身体を動かす事が出来るようになったミーシャは、喘ぐように呼吸を繰り返した。どうやら緊張のあまり、息を止めていたらしい。
 何度か深呼吸を繰り返した後、男の視線を追うように声がした方へと顔を向けると、開いたままになっていた入り口の前に、人影が二つ見えた。
 一人は壁により掛かるようにしながら、腕を組んで居る。首元で一つに縛っている濃茶色の髪が肩に掛かる位の長さがあるが、どこからどう見ても男だ。そこそこ見目は良く、背もスラリと高い。その彼は、不思議そうに見目の綺麗な顔の男を見つめていた。
 もう一人は二歩分程度店内に入ったところに立っている。こちらも背が高い男だ。黒い髪を短く切っている。茶髪の男の様に内心を窺えるような表情は一つも浮かべておらず、無表情でジッと、見目の良い男を見つめていた。彼もそれなりに良い男ではあったが、一番最初に見た男の後ではインパクトが薄かった。
 そしてもう一人。壁際に置かれたショーケースの前にも男が一人居た。こちらは他の三人に比べると随分小さい。自分と同じくらいの身長しか無いのではないかと、思うくらいに。
 年の頃も、先に見た男達は二十代半ば頃から三十代頭くらいに見えるのに、小柄な男の方は十代の後半位に見える。
 こんな村の奥にある店に違う客がたまたま一緒にやってきた、と言う事は有り得ないだろうから四人とも知り合いだろうが、共通項が見いだせないのでその関係が全く分からない。いったいどういう集団なのだろうか。
 そう思ったところでふと、気付いた。彼等の腰に武器が下がっている事に。
「――――どこかの国の騎士かしら」
 内心でそう呟く。偶に村に立ち寄る傭兵達のような廃れた雰囲気や下品な印象はない。下品な印象どころか、気品すら感じるのだ。傭兵ではないだろう。
 任務の途中か帰りにか、たまたま立ち寄った工芸の村で国に居る恋人か家族への贈り物でも求めに来たのだろうか。
 多分、そうだろう。
 勝手にそう判断したミーシャは、ようやく気持ちを取り直し、にこやかに声をかけた。
「いらっしゃいませ。何をお求めですか? 気に入ったモノが無ければ、ご注文通りに彫り出しますから、お気軽にご注文下さい」
 営業スマイルを振りまきながらそう語りかけると、濃茶色の髪の男へと顔を向けていた見目の良い男が、再度こちらに向き直った。そしてニコリと、笑いかけてくる。
 もの凄く優しそうな、笑顔で。
「こんにちわ」
 笑顔と同じ優しい声音で挨拶され、ビクリと身体が跳ねた。
「ぁ………はい、こんにちわ………」
 しどろもどろになりながら視線を下げる。一瞬忘れていた恥ずかしさや喜びなどがない交ぜになった感情が急激にわき上がり、いつも会話をしている時に当然のように行っている、目を合わせると言う単純な行為が、出来なくて。
 皺になっていたスカートを握り、軽く引っ張る。少しでも見目を良くしたくて。そんな程度の事で、今更取り繕う事など出来ないと、分かっているのだが。
 そんなミーシャの内心になど気付いていないのか。男は柔らかな声音のまま、言葉をかけてきた。
「ここに並んでいる作品は、全てあなたが?」
「ぁ、はい。ここの工房では私一人が作品を作ってます」
「そうですか。人柄が窺える優しい印象の作品が多いですね」
「あ、ありがとう、ございます………」
 良く言われる言葉だが、その言われ慣れた言葉がもの凄く嬉しい。
 先程とは違う意味で体温が上がった。顔と言わず、全身が真っ赤に染まっているのではないかと思うくらいに、身体が熱い。
「ここに来る途中で、タンスを載せた馬車に乗った男性に会いまして。その男性にこの店を教えて貰ったんですが………」
 そこで一旦言葉を切った男は、チラリと店内に視線を流した。そして再度ミーシャの顔を見つめ、ニコリと笑いかけてくる。
「教えて貰えて良かった。ここでなら、良い品に巡り会えそうだ」
 嬉しそうに微笑むその顔には、お世辞を言っている様な色は無かった。
 タンスを運んでいたと言う事は、その男は村に良く出入りしている行商人だろう。もの凄く人のいい男で、自分の工房にも良く立ち寄って小物を買い上げてくれる。自分が工房を再開させたときにも、村人と同じくらい喜んでくれた。だからわざわざ、他の工房ではなく自分の工房を彼に教えたのだろう。
 今度来たときには感謝の言葉を言わなければ。
 そう胸の内で呟きつつ、ミーシャは満面の笑顔を浮かべて返した。
「そう言って頂けると、嬉しいです。気に入るモノがなければ、お時間を頂けたら作成しますから。遠慮なく言って下さい。別料金になりますが、発送もしてますから」
「ありがとうございます。少し店内を見せて頂いても宜しいですか?」
「もちろんです。ごゆっくりどうぞ」
 返された微笑みに顔を紅潮させながら満面の笑みを浮かべて頷けば、男は笑みを更に深いモノにした。その笑顔を見て再度体温をあげたミーシャに軽く会釈をしてから、男は店内に並ぶショーケースへと歩み寄っていった。
 そんな彼の動きを目で追っていたら、先に店内に入って商品を見ていた少年がもの凄く驚いた表情で見目の良い男を見つめている事に気が付いた。
 何をそんなに驚いているのかと首を傾げた所で、男も少年の反応に気付いたのだろう。小さく笑みを漏らした後、少年の元に歩み寄った。そしてその頭を片手で掴み取り、ガシガシと乱暴な動きで掻き回す。
「ちょっ……止めてくださいよっ! 何するんすかっ!」
 男の行動に、少年が直ぐさま抗議の声を上げる。その抗議に少年の頭から手を離した男は、少年の耳元に口を寄せて小声で何かを囁いた。
 何を言ったのか分からない。そう遠い距離でもなかったのに、その声はろくに聞こえてこなかったので。
 だが、少年にはちゃんと聞こえていたのだろう。納得出来た様子は無い物の、声を上げるのは止めた。そんな少年の様子に満足そうに笑んだ男は、少年の頭を軽く叩いた後、その傍らから離れ、店内に並べられた商品へと視線を向け直した。
 吟味するように、一つ一つの商品をじっくりと見て回っている。
 彼は誰に贈り物をするのだろうか。あんなに綺麗な顔をした男に恋人が居ない訳がないから、きっと恋人だろう。もしかしたら、奥さんかも知れない。子供も居るかも知れない。その子供が女の子なら、子供のためにも何かを買い求めているのかも知れない。
 彼と一緒になる女の人だから、さぞ美人だろう。そうじゃないと、釣り合わない。普通の容姿しかもたない女なんて以ての外だ。いや、そこらに居る程度の美人程度でも、引け目を感じて一緒に歩く事も出来ないだろう。自分が感じたような、引け目を。
 ぼさぼさの髪を括っていた紐を解き、さりげない仕草を心がけて手櫛で直す。忘れかけていた恥ずかしさが再度沸き上がってきたので。
 仕事を思い出した振りをして少し席を外し、髪だけでも整えてこようか。着替えるのはさすがにやりすぎだから、せめてそれだけでも。
 そんな事を考えながら皺になっている木くずだらけのスカートを見つめていたら、なんの前触れもなく突然、男が声をかけてきた。
「一人で住んでいらっしゃるんですか?」
「えっ? あっ………、ちょっと、前までは。今は、えっと……、恋人、と………」
 その言葉を口にするのは少々躊躇いがあり、一瞬言葉を濁してしまったが、結局口に上らせた。
 村人全員もそう認めてくれているのだ。本人だって、そう思っているのだ。公言しても構わないだろうと、思って。
 口にしたら、もの凄く幸せな気分になった。空いていた穴が塞がれていくような気さえする。
 そんなミーシャの心の動きが見て取れた訳でもないだろうが、男はスッと瞳を細めて微笑みかけてきた。
「――――へぇ。あなたの恋人なら、素敵な人なんでしょうね」
「えっ、そんな事ないですよ! ちょっと身体が大きいだけの人です。手先も不器用で、全然彫り物の才能ないんですよ!」
「そうなんですか? この村の人は皆、手先が器用だという話を聞いたんですが」
「小さい頃から彫刻刀を握ってますから。器用になりますよ。でも、中にはまったく才能が無い人間もいるみたいで……」
 不思議そうに首を傾げる男に告げたその言葉には、少々胸に痛いものを感じた。全く嘘ではないが、真実でもない言葉だったので。
 だが、そんな事が今さっき村に着いたのだろう男に分かる訳がない。彼は納得したように小さく頷くと、言葉を続けてきた。
「では、あなたの恋人は村の外で仕事をされて居るんですか?」
「いえ。村の中で働いてます。材料の調達とか、畑の世話とか」
 聞かれるまま、スルスルと言葉が口から出ていく。何も初対面の、しかも客相手にそんな話をしなくても良いだろうと思うのに、求められると逆らう事が出来ずに、言葉が口から飛び出していく。
 多分ソレは、もっと彼と話をしていたいと思うからだろう。彼の青色の瞳に晒されると恥ずかしくなるのに、その青い瞳を。綺麗な顔をもっと長く、間近で見ていたいと思うから。
 だから、今度はこちらから話を振ってみる事にした。
「あなたの恋人は、どんな人ですか?」
 恋人が居るとは言っていなかったが、居ないわけが無いと決めつけて問いかけると、男は軽く目を見張った。そんな事を聞かれるとは思っていなかったと、言うように。
 だがすぐに優しい笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開く。
「――――ひいき目で見なくても、美人ですよ。心が強くて、しっかりしていて。でも少し抜けてるところがあるから、心配で目が放せない。強がるけれど、寂しがり屋で。自信過剰に見えるのに、臆病者で……傍らで支えてやりたくなる人ですよ」
 遠くを見るような瞳で語られた言葉には、優しさと愛しさが溢れていた。
 本当に彼が、恋人の事を愛している事がよく分かる程に。
「じゃあ、お仕事で離ればなれになるのは、辛いですね」
「えぇ。出来る事なら連れ歩きたいくらいですよ。でも、その方が危険な目に会う事は分かってますから」
 だから我慢しています、と続けられた言葉は冗談めかして語られたが、連れ歩きたいというのは本音だろう。愛している人間と離れなければならないのは辛い事だと言う事が、嫌という程分かっているから、そう思う。
 彼の思いの深さを感じ取り、ミーシャは笑みを深くした。
「彼女が喜んでくれるようなモノがあれば良いんですけれど」
「大丈夫ですよ。ここに並んでいるモノなら、どれをあげても喜ぶと思いますから」
「本当ですか?」
「えぇ」
 自信満々に頷かれ、嬉しくなる。自分の仕事が認められたような気がして。今まで何人もの客が同じ様な言葉をかけてくれた事があったが、今以上に嬉しいと思った事は無かった。
 嬉しさに心が浮かれ、ふわふわした気分になっていたミーシャだったが、店内に異様な空気が流れている事に気が付いて数度瞬いた。
 いったいどうしたのだろうかと店内を見回した。その視線が他の男達に向けられたところで、軽く首を傾げる。三人の男達が、困惑しているような。驚いているような。なんとも言えない表情を浮かべていたから。
 いったいどうしたのだろうか。自分は何かおかしな事を言っただろうか。首を傾げながら考えていたら、背後の戸がガタリと音を立てた。そしてノソリと、大柄な男が現れる。
 顔は決して良いとは言えない男だ。今まで散々見目の良い男達を見てきたから、余計に容貌の悪さが目に付く様な気がする。
 だが、この場に居る誰よりも立派な体躯をしている。
 剥き出しになっている腕にはギッチリと筋肉が付いていて、頼りがいを感じる。腰に武器を下げた男達よりも強そうだと思うのは、ひいき目だろうか。
 そんな事を考えながら恋人の顔を見つめていたら、彼はニッと、子供っぽい笑顔を浮かべて返してきた。
「畑の整備、終わったぜ」
「ありがとう」
 かけられた言葉に礼を言ったミーシャは、工房の奥から現れ出た恋人に向かってニッコリと笑いかけた。
 途端。
「隊長!」
 そんな叫びが、耳に飛び込んできた。
 と思った瞬間、傍らを何かが通り抜けていった。驚き目を見張るミーシャの目の前で、店内に居た少年が自分の恋人に向かって抱きついた。
「やっぱり生きてたんすね! 隊長なら絶対に生きてると思ってましたよ! なんで今まで連絡くれなかったんすか! すんげー心配したんすよ!」
 驚き目を見張るミーシャの目の前で、少年は嬉々としてそう恋人に語りかけている。
 その間に、入口付近に立っていた二人の男達も店内に足を踏み入れ、恋人の傍らに歩み寄ってきた。
「本当ですよぉ〜〜。もぉ〜無駄な労力かけさせないでくださいよぉ〜」
「久しぶりに副隊長と彷徨けたので、それはそれで良かったですが。だからといって、感謝はしませんよ」
 ホッとした様な声と妙に平坦な声が、耳に届く。その言葉が耳に届くたび、ミーシャの心臓は鼓動を早くした。
 先程とは違う理由で。
 顔から血の気が失せていく。この状況を打破したいのに、緊張に強張る身体は上手く動かす事が出来ない。
 そんなミーシャを無視して、恋人に抱きついていた少年が綺麗な顔の男へと、声をかけた。
「副隊長からも何か言ってやって下さいよ!」
 その言葉にビクリと身体を震わせ、慌てて副隊長と呼ばれた綺麗な顔の男へと、視線を向ける。
 彼は、先程自分に見せていたにこやかな笑みを浮かべたままだった。いや、自分に向けていた笑みよりも柔らかいだろうか。だが、他の人達が見せている旧知の友との再会を喜んでいるような気配はない。それでも、少年に求められて何かを言わねばならないと思ったのだろう。薄く色づいた唇が開く。
 いったい彼は何を言うつもり言うつもりなのだろうか。緊張で身体を強張る。
 そんなミーシャの目の前で、男は表情同様の柔らかな声を発してきた。
「こんにちわ。あなたがこの女性の恋人ですか?」
 その一声に、男の仲間達とミーシャは大きく目を見張った。男がそんな事を言うとは、思っていなかったから。
「ちょっ……副隊長!」
「おう、そうだけど、あんたは?」
 恋人に抱きついていた少年が戸惑うように発した言葉を遮るように、恋人はカクリと頷きながらそう返した。その言葉に、三人の男がギョッと大きく目を見張る。
 大きく見開かれた男達の瞳は恋人に当てられ、信じられないものを見るような瞳で見つめている。
 そんな男達の様子に構いもせず、副隊長と呼ばれた男が言葉を発した。
「羨ましいですね。こんな美人が恋人だなんて」
「だろう? つっても、オレが惚れたのは顔じゃなくて中身だけどな」
「そうでしょうね。作品から、彼女の優しさが滲み出していますから、彼女の人となりは察する事が出来ますよ」
「おっ! 分かるのか?」
「えぇ。モノを見る目は身につけさせられましたから」
「へへへっ! そう言って貰えると、嬉しいぜ。オレが作ったわけじゃねぇけどよ。どれも良い作品ばっかだから、ゆっくり見ていってくれよ!」
「そうさせて頂きます」
 二人はにこやかに会話を交わしている。どうやら、心配していたような事にはならないようだ。男達のリーダーらしい綺麗な男の態度からそう察して、ホッと息を吐く。
 息を吐く事でほんの少し余裕を持てたミーシャは、他の三人の様子を窺おうと視線を動かした。リーダーが何も言わなくても、他の人間が何かを言い出すのではないかと、思って。先程の様子から考えても、その可能性は大いにありそうだから。
 警戒しながら男達の姿を視界に入れたミーシャは、直ぐさま首を傾げた。
 男達の様子が、おかしかったので。
 三人が三人とも大きく目を見張り、顔色を青くしている。顔色を青くしているだけではない。全身をカタカタと小刻みに振るわせているのだ。
 一瞬地震でも来ているのかと辺りを見回し足元を確認してみたが、建物もショーケースも揺れていないし、自分の身体も揺れていない。
 いったいどうしたのだろうか。訝しむミーシャの目の前で、恋人と綺麗な男の会話は続いていく。
「そう言うあんたにも、恋人が居るんだろ。そんだけ色男なのに居ないわけねぇもんな。あんたみたいな綺麗な面をした男の恋人なんだ。相当いい女なんだろ?」
「えぇ。可愛い人ですよ。その上強くて優しい」
「へぇ〜〜。ベタ惚れって感じだな」
「良く言われますよ。表には出さないように気をつけて居るんですけどね」
「気をつける必要なんてねぇだろ。見せつけてやれよ、回りの奴等に」
「そうですか? じゃあ、今度はそうしてみますよ」
「そうしとけそうしとけ。所であんた、名前は?」
「フリックですよ。あなたは?」
「オレは、デネブだ」
「――――デネブ、ね」
 それまでのにこやかさが嘘だったかのように、フリックと名乗った男は冷えた声で恋人の名を呟いた。その反応に、名を呟かれたデネブが不思議そうに首を傾げる。
「何………」
「副隊長!」
 問いかけるデネブの言葉を遮るように、少年が大声を放った。思わず彼へと視線を走らせれば、彼は額にダラダラと汗をかきながらも、先程よりも顔色を青くしていた。
 顔色を青くしているだけではない。いつの間にかデネブからかなりの距離を取っていた。
 それだけでも十分に不思議なのに、更に彼は右手で自分の胸元を強く掴み取り、目にはこれ以上ない程強い怯えの色が走らせ、全身をガクガクと振るわせている。
 他の二人も、同じ状況だ。出来る限りデネブから離れようと、足を少しずつ引いている。
 そんな男達の反応に首を傾げる。デネブも、自分と同じように不思議そうにしていた。
 状況が全く分かっていない自分達に構うつもりは無いらしい。少年は真っ直ぐにフリックと名乗った男の顔を見つめながら、悲鳴のような声を発した。
「もう、止めてくださいよ、副隊長! オレ等、死んじまいますよ!」
 その言葉に、フリックはデネブを見つめていた視線を少年の方へとチラリと、動かした。
 向けられた視線を受け、少年はビクリと身体を震わせる。ただ視線を向けただけなのに、もの凄く怯えているのだろう。大きな瞳は更に大きく見開かれ、表情が強ばった。額から滴り落ちる汗の量が一気に増える。
 それを目にして視線を俯けたフリックは、フッと息を吐き出した。何かを諦めるように。
 ソレを合図にするように、三人の男達がガクリと膝を折る。
「――――おっかねぇ……死ぬかと思った……マジで………」
「こんな恐怖、もう二度と味わいたくないわぁ〜……絶対、これから先、副隊長には逆らないようにしようっとぉ………」
「怖い人だとは、思っていたが……」
 ゼイゼイと肩で息をする三人の男を見下ろしながら、ミーシャは呆然としていた。いったい何があったのか、分からなくて。
 デネブも同じ様にキョトンと目を丸めている。
「おい、いったいなに……」
「帰るぞ」
 先程までの柔らかな声とはうってかわったフリックの冷たい声に、その場に居た全員がビクリと身体を震わせた。
「副た……」
「ここにいる意味は、もうない。とっとと仕事に戻るぞ」
「副隊長!」
「異存はないな」
 抗議するように叫ぶ少年の言葉を遮るように、フリックは自分の足元に向かって声をかけた。何故そんなところにと首を傾げたミーシャの耳に、低い声が聞こえてくる。
「仕方あるまい。今の奴に我を振るう資格はない」
 いったいどこから声がと辺りを見回すミーシャに視線一つ向けず、青年はクスリと小さく笑みを零した。そして、三人の仲間に向かって声をかける。
「こいつもこう言ってる。行くぞ」
「でも………っ!」
「今のそいつがなんの役に立つ?」
 己の行動を止めようとする声に、フリックはキッパリと言い切った。
 その声に答える声は無い。誰も答えられないのだろう。そんな仲間の姿をしばし見つめていたフリックだったが、答えが返ってこないと判断したのだろう。口元に薄い笑みを刻んだ。
 もの凄く、酷薄な笑みを。
 そして、ミーシャに視線を向けてくる。
「悪いな。騒がせて」
「え………いえ………」
「君は幸せに暮らしてくれ。争いには、関わらず」
 最初に見たときと同じ爽やかな、優しそうな笑みを浮かべてそう告げられ、ズキリと胸が痛んだ。
「ぁ………」
 何も言える事はないのに、何か言わなければならない気がして無意味な言葉が口から漏れる。
 その声が聞こえなかったのか。聞こえていても反応する気がなかったのか。フリックはさっさと足を踏み出した。
 だがすぐに立ち止まり、しばし思案するような間を開けた。その後、店の壁際に陳列してある商品の方へと歩み寄り、そこに置いてある何かを手に取る。
「悪い。コレをくれるか?」
「え? あ、はい………」
 差し出されたモノを受け取って、頷く。
 受け取ったモノに視線を落としてみれば、それは細かい彫り物を施し、綺麗に漆を塗り込んで光沢をつけた、髪飾りだった。手間暇をかけた分値が張る。一般庶民には余程の事があっても買えないのではと思うような値段をつけた。
 なかなか売れないからちょっと値下げしようかと思った事もあったが、作った本人である自分も結構気に入っている一品だったため、一定期間売れなかったら自分で使おうと思って最初の値段設定のままにしておいたのだ。
 それが、今自分の手の中にある。
 まさか売れるとは思っていなかったモノが売れた事に驚き固まっている間に、フリックはは躊躇いなくカウンターに金を置いた。
 そこでようやく我に返り、フリックへと顔を向けた。
「あの、プレゼント包装、しますか?」
「頼む」
 頷くフリックに頷き返し、素早く包装する。
 包装し終わった商品を渡してやれば、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう」
「え、いえ。こちらこそ……」
 先程見せた冷たい表情など無かったかのような柔らかい笑顔に見とれている間に、彼は店から出て行ってしまった。
「ちょっ……副隊長!」
「待ってくださいよぉ、副隊長〜〜」
「どうなる事やら……」
 三者三様の言葉を発しながら、三人の男達はバタバタと店を出て行った。そんな男達の姿を呆然と見送る。
 傍らに立つデネブの顔をチラリと見てみれば、彼も呆気に取られたような顔をしていた。
「――――なんだったんだ、アイツ等?」
「――――さぁ」
 答えて、ホッと息を吐き出す。そして、恋人の広くて大きな胸に抱きついた。
「――――どうした?」
「なんでもない」
 首を振り、抱きしめる腕に力を込めれば、太くて力強い腕で抱きしめられた。
 その力強さに、温かな体温に、ホッと息が出る。
 恐れていた事が現実にならなかった事に、安堵して









本編に続く











今書いている長編の出だし部分になります。
最近また書き始めたのでサイト開設記念ページをアップしようと思って短編も書いていたのですが、思った以上に長くなって書き切れなかったでひとまずこっちをアップしてみました。
これの本編もまだ全然書き上がってませんけどね!
タイトルも変わるかも知れませんが、まぁ、変わらないかな?

この辺りは同人活動を一旦休止する前に書いてて復帰後少しは訂正しましたが、まぁ、概ねこのまま行くと思います。
概ね察することが出来ると思いますが、まぁ、そんな話です。
書きかけていたモノを自分で読み返して、続きが気になったので書き進めてます。

書き始めていた当時はなんも考えてませんでしたが、書き直し始めた最近は、この話のイメージソングは米津のレモンで、その話を友人にしたら芳しくない反応を頂きました。
でも、めっちゃれもンなんで!私の中でレモンなんで!タイトルはレモンにはしませんけどね!
そんなレモン感を感じていただけると幸いですが出てるかどうかはわかりません。
少なくても、掲載部分には無いと思う。

書き上がったらピクシブファクトリーで一冊から印刷とかで作ってみたい。
とか思ってる今日この頃なのでピクシブファクトリーに関して勉強しなきゃですよ…



ちなみに、書いてあったモノをそれなりに生かそうと試行錯誤していたのですが、その展開だともう、腐れ縁終了のお知らせしか出てこないな、と思ったので途中からかえました。
しかし、折角書いたしこれはこれで面白いかな、と思うのでボツ部分の一部を公開しておくことにします。
書き上がったら消しちゃうので勿体ない気持ちもあったりしたので。
あと、こういう展開になったかも知れないんだよ、良かったねビクトール!
ッて言う気持ちに自分がなりたかったので(笑)


ともかく、10年ばかり間が相手しましましたが、サイト開設18周年です。
よくもまぁ、そんなに二次創作やってたなと自分でも感心する年数ですね!
それを細々とでも積み重ねて行けたらナァと、思います。

本日は、開店休業中の我が家にお越しいただき、中途半端な本作をお読みいただきまして、ありがとうございました!






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