チクリと、神経に突き刺さる。
 誰かが自分を見ているのだ。その視線が、突き刺さっている。
 別に執拗に観察されているわけではない。普通の人間だったら見られている事に気づかない位にさり気ない視線ではある。だが、研ぎ澄まされたフリックの感覚に、その視線は簡単に引っかかった。
 いつもだったら気づかなかったかも知れない。今はかなり深い傷を負っているから、いつもより一層感覚が鋭敏になっているのだ。自分の身を守るために。
 さて、どう言うつもりだろうかと考える。
 殺意は感じない。放って置いても害は無いだろう。少なくても、今のところは。後の諍いのために自分を観察しているのかも知れない。だから、今の内に自分に刃向かおうとする物の目を摘んでおく方が良いと思うのだが、今はまだ積極的に諍いを起こしたくなる程体力が回復していない。避けられる戦いは避けて起きたい。むしろ、回復した後にリハビリも兼ねて暴れ回りたいから、今はスルーしておいて後に楽しみを持っていくと言うのも手だ。
 そう考え、自分を執拗に見つめる気配を無視しようとしたフリックだったが、すぐにその考えを改めた。そして、ジンワリと口元に笑みを浮かべる。
 その気配に、覚えがあったから。
 真っ直ぐに宿に向かおうとしていた足を止め、視線の先へと身体を向け直す。そして、ゆっくりと踏み出した。
 都市同盟の中心都市、ミューズの街並みには人通りが多く、大通りを横切ろうとすると結構手間がかかる。普通の人がそんな事をしようものなら三歩歩く事に人にぶつかり、謝り倒さないと前に進めないのだが、フリックは流れるような足取りで、誰にぶつかることもなく大きな道路を突っ切った。そして、通りに置かれたベンチに座っている一人の男の前で立ち止まる。
「・・・・・・・・・よう。」
「久し振り。」
 軽く声をかけると、相手はニコリと、人好きのする笑みを浮かべながら言葉を返してきた。そんな彼に、フリックもニヤリと笑いかける。
「本当にな。何年ぶりだ?」
「さぁな。お前が組織をぶっつぶしてどっか行って以来だから・・・・・四・五年か?」
「もっとだろ。」
「そうだったかな。あんまり時間の流れには頓着してないから良く分らないが、お前がそう言うならそうなんだろうな。」
 クスリと笑いながらそう零した男は、それまで座していた椅子からユラリと腰を上げた。そして、フリックの青い双眸を覗き込むように首を傾げる。
「時間、あるだろ?付き合えよ。積もる話もあるし。」
「まぁ、時間は腐る程あるな。」
 どうせこの男のことだ。今ここに現われるまでに色々と今の自分の状況を把握しているのだろう。だから無駄なウソはつかずに素直に頷いた。だからといって、素直に言うことを聞く気はサラサラ無い。
 それは男にも分かっているのだろう。ゆっくりと口角をつり上げ、言葉を発してきた。
「今は休暇中。仕事とは関係ない。純粋に、旧交を深めたいだけなんだよ。」
 なんの裏もないと言うように大きく手を広げてくる男の態度に、フリックはしばし考えた。男の事はよく知っている。味方に付ければ頼りになるが、敵にすると面倒くさい男だ。その彼が本気で心の内を隠そうとしたら、いくらフリックでも探り当てることは出来ない。今はまさに、そんな状況だ。
 さて、どうしたものか。
 彼はともかくとして、彼がまだ属しているであろう集団には恨まれて当然の事をしでかした自覚はある。だから、休暇中と言いながらも自分を殺しに来たという考えも大いにあり得る。
 自分の身体の調子を探る。まだ剣を握ることも許されていない。とは言え、丸腰で歩く趣味は無いので愛剣は腰にある。雷の紋章は自分の右手と同じだから外さずに付けているのでいつでも発動は出来る。手強い相手だが、勝てない相手ではない。
 どうにかなるだろう。
 そう考えたフリックは、小さく頷きを返した。
「・・・・・・・・分かった。店はお前が選んでるんだろ?連れてけよ。」
 サラリと言ってのければ、男は心の底から嬉しそうな笑顔をその面に浮かべて見せた。
 そして、頷く。
「ついて来いよ。」
 フリックに軽く声をかけ、男が背中を見せる。無防備に見えて、まったく隙のない背中を。その背中を追うように、フリックも足を動かした。並んで歩くことはしない。三メートルくらい距離を取って歩く。それは、習慣の様な物だ。自分と彼は、決して並んで歩くことはないだろう。
 その背中を見つめながら、フリックはボソリと漏らした。
「・・・・・・・・・帰ったら、ビクトールが五月蠅いんだろうな・・・・・・・・」
 予定時間を過ぎても帰ってこないフリックを心配して、街中を駆けずり回るかも知れない。まぁ、そうなっても見つからないような場所を前を歩く男は選んでいるだろうが。
 だが、帰った後のビクトールが怒鳴る事を止めてはくれないだろう。
 やはり誘いに乗らない方が良かったかと思ったが、もう遅い。フリックは深い溜息を吐いて気持ちを切り替えた。周りから分からない程度に神経の糸を張りつめて。




















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