「姫っ!姫ではありませんかっ!」
その叫び声に、パーシヴァルの背中はビクリと震えた。
記憶にあるその声は、出来ることなら二度と関わり合いになりたくない人物のモノ。ここで振り返るとこの先何が待ち受けているのか、容易に想像出来る。平穏な生活を営むためにも、ここは無視をするべきだろう。そう判断したパーシヴァルは、心持ち歩く速度を速めてみた。
だが、声が止むことは無く、むしろ先ほどよりも声高になってきた。
「姫っ!お待ち下さい!待たないと、私が所有しているあなたの写真をばらまきますよ!」
その脅しの言葉に、パーシヴァルの足はピタリと止った。
彼が所有している自分の写真と言う物がどう言った物なのか。想像に容易い。絶対にあの手の写真に違いない。
自然と瞳が座ってくるのを自覚しながらゆっくりと振り返れば、そこには想像した通りの、顔を合わせたくもなかった男の姿があった。
「・・・・・・・・・・・ゴードン・・・・・・。」
「お久しぶりですね、姫。元気そうでなによりです。」
嫌悪感と憎しみが混ざった様な声音で名を呼ばれたというのに、ゴードンは嬉しそうに微笑み返してくる。その事にウンザリしながらも、パーシヴァルは地を這う位に低い声音で呟いた。
「・・・・その呼び名は止めろと、言っているだろう。」
彼の態度で一番気にくわないことを指摘した。彼との会話のとっかかりはいつもこれだと思いながらも。
会話のとっかかりがいつも通りなら、それを言われたゴードンの反応もまた、いつもとまったく同じ物だった。どこか恍惚とした表情も、パーシヴァルの問いに答える一言一句さえもが。
「何をおっしゃいますか、姫。これが一番貴方に似合っている呼称ですよ。貴方ほど気品に溢れ、美しい方はいらっしゃりませんからね。」
「・・・・・・俺よりも、クリス様の方がふさわしいと思うが?」
心を許している相手でも無いのに言葉がぞんざいになるのは、自分の呼び方を改めさせるためでもあるが、彼相手に敬語を使いたくないと言う思いもあるからだ。決して、彼と言いたい事が言い合える、仲の良い間柄というわけではない。むしろ、親しくなどしたくはないのだ。パーシヴァル的には。
そんなパーシヴァルの心の内など一切構わずに、ゴードンはどこか芝居かかった調子でパーシヴァルの言葉に答えてくる。
「確かにあの方も気品に溢れて、お美しい。ですが、私が姫とお呼びしたいのは、貴方だけなのですよ。」
フフフッと笑いながら告げられた言葉に、パーシヴァルは端から見ても分かるくらいにウンザリした表情を浮かべて見せた。
彼の言葉は良い迷惑と言う物だ。そんなこと、誰も頼んでは居ないのだから。
彼が自分の故郷に居を構えていると思うだけでも、嫌気が差してくる。ヒューゴに頼んで、この戦いが終結した後も彼をこの城から出さないようにして貰おうと、本気でそう思うほどに。
彼の主張を非難するような眼差しを向け続けたが、ゴードンは少しも気にはしてくれない。それくらいで気にするようだったら、今頃彼は自分の事を『姫』などとは呼んでいないだろうが。
「それはともかくとして、姫。何かご入り用はありませんか?姫のためならば、このゴードン。どのようなモノでも手に入れて見せますぞ。勿論、お代など頂きませんので、ご安心下さい。」
そう言いながら優雅にお辞儀をしてみせるゴードンの態度に、パーシヴァルは己の顔が引きつってくるのを感じた。
彼が言う『ご入り用』が具体的にどんなモノを差すのか、なんとなく分かってしまったから。
別に、ソレの事だけを言っているわけではないとは思う。特効薬の一つだけを頼んでも、彼は喜んで無料提供してくれるだろう。してくれるだろうが、ソレを貰うと後が怖いので、何があっても彼の店ではモノを貰いたくはない。
「・・・・・別に、欲しいものなど何もない。あっても、お前になど頼まない。」
静かな声音でそう言い返すと、ゴードンは懇願するような顔をパーシヴァルに向けて、その身をパーシヴァルへとすり寄せてきた。
「そんなつれない事を仰らないで下さい。姫のためなら、ドレスの一つや二つ軽いも・・・・・・・・・」
「いるかっっ!!!!!」
皆まで言わせず、パーシヴァルはゴードンの腹に拳をねじり込んでいた。
殆ど、条件反射で。
しかも、力一杯。
何の鍛錬もしていないであろう道具屋の店主が、『六騎士』と言われる程の男の攻撃に耐えられるわけもなく。ゴードンは、その一発で見事に地面に倒れ伏してしまった。
だが、やりすぎたとは思わない。むしろ、気絶くらいでは生ぬるいとさえ思うのだから。今すぐに、その存在を抹殺出来る程の攻撃を加えてやりたいところを、グッと堪えただけでもありがたく思って貰いたい。
うめき声を上げる男の後頭部を冷ややかな瞳で見つめていたパーシヴァルは、その瞳と同じくらい冷ややかな声で、吐き捨てた。
「・・・・・・これ以上、俺の前を彷徨くな。これから先もちょろちょろと姿を見せるようなら、この程度ではすまないからな。」
そう言葉を吐き出したパーシヴァルは、さっさと踵を返した。背後を振り返ろうとは、少しも思わない。今の一撃で彼が死んでも、まったく後悔しないから。
真っ直ぐに城の入り口を見据えて歩いていたパーシヴァルは、今後、何があってもあそこの一角には近づかないでおこうと、そう、心に固く誓ったのだった。
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