補給のために立ち寄った島のログが溜まるのにかかる期間は一週間。そこそこ栄えた港町に停泊したゴーイングメリー号のクルー達は、最初は冒険だ買い物だと街に繰り出していたが、五日も経つと外に出歩く機会も減った。買い物をするにも金が無く、冒険する場所も尽きてしまったので。
 それでも口に合うレストランの一件でもあれば、普段働きづめている船のコックに休暇を与えるため、食事の度に陸地に上がるのだが、島の規模の割にはそう美味い飯屋もなく、自然と食事時には皆がラウンジへと集まるようになっていた。
 明日の朝には出向という日の昼飯時にも、クルー達は自然とラウンジに集まっていた。船のコックが作り上げる最高に美味しい食事を求めて。
 陸地に近いからか、ルフィの食欲はいつにも増して凄まじい。いつもだったらそんなルフィに蹴りの一つや二つくれてやって黙らせるサンジではあるが、陸地に船を寄せている時は求められるままに腕を振るってみせる。何しろ食料がそこを付く心配をしなくて良いのだ。万年欠食児童の船長をたまには満足行くまで食わせてやる機会はこんな時でも無いとやってこない。だから、この時ばかりはサンジも、食料を買う金をだすナミも、そう文句の言葉を発しなかった。
 そんなわけで、今現在サンジは、人の腹に収まりきるとは思えない量の料理を次々と生み出し、テーブルの上に並べている。それを出された端から体内に流し込むルフィに周りが突っ込みながら、騒々しい食事の時間が過ぎていった。
 ようやくルフィの食欲が収まり、どんなに腹が満たされていても美味しく感じるデザートを平らげたクルー達は、サンジが差し出した食後の一杯をゆっくりと体内に流し込んでいた。
 皆が料理の美味さに満足し、ホッと息を吐き、心の底からリラックスしている。自然とラウンジの中には柔らかな空気が立ちこめていた。
 その空気を凍り付かせるように、サンジが唐突に言葉を投げかけてきた。
 それを聞いた全員が、何を言われたのか理解出来ずにポカンと、彼の顔を見上げる。
 幻聴だろうと、我が耳を疑った。
 咄嗟に言い返すことが出来ず、二拍ほど置いてからサンジの顔を凝視するクルー達に、サンジはいつもとなんら代わらない涼しい顔を向けている。
 やはり聞き間違いだったのだろうか。そう思いはしたが、全員が同じ幻聴を聞くとも思えない。
 冷たい空気がキッチンの中に漂った。誰もが次の言葉を発する事が出来ずにいる。そんな中、爆弾発言を落としたサンジは、皆の反応を待つように静かにその場に立っていた。
 その凍り付いたような空気を破ったのは、ナミだった。
「・・・・・・・今、なんて言ったの?」
 ナミは震えそうな声をなんとか理性で押しとどめ、喉の奥から言葉を絞り出した。
 そんなナミに、サンジはいつも彼女に向けているやに下がった顔ではなく、包み込むような優しい笑みをその面に浮かべながら、先程と同じ言葉を口にした。
「明日、船を下ります。」
 キッパリとした口調に、迷いの色はない。それはもう彼の中で決定した事柄なのだと言うように。誰がなんと言おうと、決して取り消すことはしないのだと、その口調で告げるように。
 そんなサンジの態度に二の句が告げられないナミに向かって、サンジは更に言葉を続けてきた。
「そんなわけで、ある程度保存食は作っておきました。いざというときはそれを食べて下さい。上手く使えば二年くらいは余裕で保つものなんで、計画的に使うようにお願いしますね。あと、誰にでも簡単に作れる料理のレシピを作っておいたんで、参考にして下さい。傷みやすい食料の保存法法とかも書いてありますんで。この先の航海の分の食料は倉庫に詰め込んでおきました。使うときは手前の物から使って下さいね。痛みやすい物を前の方に置いておきましたから。それから・・・・・・・・・・」
「ちょ・・・・・・・・ちょっと待ってよっ!」
 凍り付いたままのクルー達を無視してしゃべり出したサンジに、ナミは慌てて口を挟んだ。そんなことをこんな状態で言われても、脳に情報を書き込めやしない。そもそも、サンジが船を下りることを誰も承諾していないのだ。それなのに勝手に話を進められては困る。
 焦りの色を十分すぎる程露わにした顔で言葉を留めたナミに、サンジは軽く首を傾げて何事だとその青い瞳で問いかけてくる。そんなサンジの態度にナミはその場に立ち上がり、給仕するために立ったままでいるサンジの顔を覗き込むようにして問いかけた。
「それって、もう決定事項なわけ?私たちになんの相談もなく?」
 ナミが心の底からサンジを引き留めたがっている事が分かるその必死な様子を眼にした普段のサンジならば、
「ナミさんにそんな風に言って貰えるなんて幸せだ〜〜〜vv」
 位のことを言いそうなものだが、今日のサンジはだらしなく眦を下げることもなく、ただただ静かに微笑みを浮かべていた。
 そして、穏やかな声で一言漏らす。
「ゴメンネ。ナミさん。」
 それは、ナミが何を言っても己の考えを変えるつもりは無いのだという、サンジの意思表示だった。少し、控え目だけど。
 穏やかに優しく。だけどどこか困ったように見つめ返してくるサンジの態度に、自分にはどうしようも無いと覚ったのだろう。ナミは助けを求めるようにルフィへと視線を移した。
「ルフィっ!」
 ナミの呼びかけに、クルー達の瞳が一斉にルフィへと向く。その視線の先に居るルフィは、常にない真剣な瞳でサンジの事を見つめていた。その瞳を、サンジもまた、見つめている。
 穏やかな、揺るぎない光を宿したまま。
 その瞳を見つめて、ルフィが小さく言葉を漏らす。
「・・・・・・・・本気なんだな。」
「ああ。」
 ルフィの短い、低い問いかけに、サンジはニヤリと、不敵な笑顔を浮かべながら答えた。
 そんなサンジに、ルフィは尚も問いかけてくる。
「なんでだ?」
「他にやりたいことが出来たんでな。」
「やりたいこと?」
「ああ。」
「大事なコトなのか?」
「ああ。今の俺に取っちゃ、何よりも大切な事なんだよ。」
 そこで一旦言葉を切ったサンジは、煙草をくわえたまま、片方の口端を器用に引き上げて見せた。そして、ゆっくりと告げる。
「オールブルーよりもな。」
 その言葉に、全員がハッと息を飲んだ。
 サンジがどれだけ強い思いを奇跡の海に抱いているのか、知っているから。だから、サンジの言葉が信じられなくて。
 そして、そうまで言う彼を引き留める事は出来ないのだと、悟って。
 それでも彼を海に連れ出した船長が説得すれば、なんとか踏みとどまってくれるのでは無いだろうか。そんな甘い期待を持ってルフィに熱い視線を注ぎ込むクルーの前で、彼はキッパリと言い切った。
「分かった。」
「ルフィっ!!!!!」
 途端に、ナミ・ウソップ・チョッパーの口から抗議の声が発せられた。
 だが、ルフィは少しも気にかけた様子を見せず、サンジに向かって言葉を続けた。ニカリと、彼がいつも浮かべている屈託のない笑顔を浮かべながら。
「で、それはどれくらいで終わるんだ?」
 その問いかけにサンジは胸元で腕を組み、軽く首を倒しながらニヤリと口角を引き上げた。
「さぁなぁ・・・・・・・・・少なくても、三・四年かな。五年もありゃ楽勝だろうけどな。」
「そっか。じゃあ、そのくらいに迎えに行く。」
 力強い宣言に、クルー達はハッと息を飲んで船長の顔を凝視した。全員、一度船を下りたサンジが再び船に戻ってくると思っていなかったのだ。
 サンジはどう思っているのだろうか。
 クルーは、ルフィに向けていた瞳をサンジへと移した。
 その視線の先に、サンジの嬉しそうな笑顔がある。
 そして彼は、皆の見守る中、ゆっくりと頷いた。
「おう。待ってるぜ、船長。」
 その一言で、サンジの下船が揺るぎないものとなったのだった。






















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《20040419UP》



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