その後は大宴会になった。各々の夢を胸に抱きつつも行き当たりばったりの航海を続けている海賊達だ。生きて再開出来る保証は何一つない。それにココはグランドラインだ。この先に何が起るのか、まったく予想も付かない。
 だから、皆騒いだ。サンジの料理を堪能した。サンジがこの先の事を考えて備蓄して置いてくれた物を全て食い尽くす勢いで。
 離れている期間分、食いだめるように。そんなクルー達に。主にルフィに文句の言葉を吐きながらも、サンジは嬉しそうに、楽しそうに料理に勤しんでいた。
 ナミの、ロビンの、ルフィの、ウソップの、チョッパーの。そしてゾロの好きな料理を山のように作りあげる。
 日付が変わるまで続いた宴会は、一人、また一人とダウンしていく事で収束していった。
 チョッパーが、ルフィが、ウソップが甲板の上で眠りに付く。それをゾロとサンジで男部屋に連れて行った。その間に、ナミとロビンは自力で女部屋へと戻っていく。
 甲板に残ったのは、ゾロとサンジと汚れた食器。
「・・・・・・・・ったく。また買い直ししねーといけねーじゃねーか。あのクソ船長め。ちったぁ加減して食えっての。」
 ブツブツと文句の言葉を吐きながらも、サンジはどこか嬉しそうに微笑んでいる。
 そして、軽い足取りで食器を拾って歩き、キッチンへと姿を消した。その細い後ろ姿をボンヤリと見つめていたゾロは、彼の姿が扉の向こうに消えたことを合図にするようにゴロリと甲板の上に寝転がり、天上の星を見つめた。

 サンジが船を下りる。

 それは決定事項のはずなのに、現実味がない。朝になればいつもと変わらない日常が待っているのではと、思う程に。だがそれは確かな事実なのだ。
 何故と、思う。
 何故夢を叶える前にこの船を下りるのかと。
 別に彼の夢はこの船に乗っていないと叶えられないという物ではない。彼が言う『やりたいこと』がなんなのか分からないが、この船では出来ないことでも他の船ならば出来るのかも知れない。彼が探し求めるオールブルーを探しながらやりたいことをする、という選択肢もあるのかも知れない。この船を下りたのならば。
「やりたいこと、か・・・・・・・・」
 一体なんなのだろうか。彼がやりたいことと言うのは。いつも料理をしているだけで幸せそうな彼が、やりたいと思っていることは。
 ゾロには想像も付かなかった。多分、ナミやロビンにも。だけど、もしかしたらルフィには分かったのかも知れない。だから、あんなにあっさり彼の下船を認めたのかも知れない。自分が選び、自分が海に連れ出したコックの下船を。
「・・・・・・・・・・・ちっ!」
 なんだか胃がムカムカしてきた。ルフィに煽られて食い過ぎたせいだ。これは、きっと。
 いや、ルフィのせいだけではない。この美味い飯と別れるのだと思うと、自然と箸が進んでいた。ナミもロビンも、いつも以上に食べていた気がする。
 ナミとロビンの顔を思い出したところで、思考が止る。
 頭がおかしいのでは無いかと思うくらいにナミを崇拝していた男が、その彼女を置いて船を下りる。自分の命を投げ出してでも彼女を守ろうとしていた男が。
「なんなんだよ、アイツは・・・・・・・・・・・」
 まったくもって不可解だ。元々ソリが合わないと思っていたが、やはり最後まで理解出来なかった。
 いや、最後じゃない。また船に戻ると言っているのだから。一応は。どれだけ先の事になるのか。本当にそんなときが来るのか甚だ疑問ではあるのだが。
 考え込んでいたらまた胃がムカムカしてきた。それを誤魔化すために手近な酒瓶を握りしめ、ラッパ飲みをする。体内に流し込んだアルコールの熱さでほんの少しムカムカが収まったことにホッと息を吐いたゾロの頭上から、大いに呆れたと言わんばかりの声が振ってきた。
「行儀の悪い奴だな。グラスぐらい使えよ。」
「うるせぇ。」
 現在の状況を考慮しなくても誰の声なのかなんて事は確認しなくても分かるので、ゾロは顔も上げずに吐き捨てる。そんなゾロの反応に怒るでもなく、声の主であるサンジはクククッと喉の奥で笑いを零した。
 ゾロの頭上でカチリと、ジッポーの蓋が開く音がした。そして、嗅ぎ慣れた香りが鼻腔をくすぐる。
「・・・・・・・・・これからはてめぇで考えて酒飲めよ。」
 どこか甘さの混じる声でそう言われ、ゾロの眉間には自然と皺が刻み込まれた。
 先程感じていた胃のムカツキが、増した気がして。
「うるせぇっての。余計な事言ってんじゃねぇぞ。」
「お前にとっちゃ大事なコトだろうが。アル中剣士さんよぉ?」
「アル中じゃねーっ!」
 挑発するような言葉にカッと牙を向いて頭上を睨み上げれば、サンジは楽しげに瞳を細めてその面に笑みを描いた。
「ま。何にしろ、後は頼むわ。俺の分までナミさんとロビンちゃんを守って差し上げてくれ。」
「あいつらなんか守る必要ねーだろうが。」
 とくにロビンは。本心から思って言ったのだが、その言葉はサンジの鼻で笑い飛ばされた。
「分かってねーなぁ、クソ剣士。どんなに強くたって女性は可憐で儚い生き物なんだよ。」
「あいつらに『可憐』も『儚い』も似合わねーだろうが。乱視か?てめぇは。」
「あぁ?んだと、このミドリゴケ!乱視はてめぇだろうが。お二人の素晴らしさがわかんねーんだからよぉっ!」
「誰がミドリゴケだ、こらっ!」
「てめーだっ!鏡見てこいっ!」
「んだとっ!やんのか、こらっ!」
「おうっ!相手になってやるぜっ!」
 怒鳴りながら剣を抜いたゾロに、サンジもその長い足をゆらりと持ち上げた。
 が、その足はゾロに向かうことなく甲板へと戻される。
「・・・・・・・止めた。ナミさん達を起こしちまうからな。」
 白い煙と共に深々と息を吐き出したサンジは、短くなった煙草を指先で弾いて海へと落とし、懐から新たな煙草を取り出した。そして、慣れた手つきで火を付ける。
 一度大きく息を吸い込み、細く長く、白い煙を吐き出す。その様を、ゾロはボンヤリと見つめた。
 この煙を見るのも最後なのだろう。この船にはサンジ以外に煙草を吸う奴はいないから。彼が居なくなったら、ラウンジの煙草臭さも無くなるのだろうか。男部屋の匂いも、変わるのだろうか。
 そう思うと、妙にむかついてきた。先程感じた胃のむかつきに似ているようでちょっと違うムカツキを。サンジに向かって何か一言言ってやらないと気が済まない気分なのだが、何を口にして良いのか分からない。そんな自分にもむかついて、ゾロの機嫌は加速度的に悪くなっていった。
 そんなゾロの様子に気付いているのかいないのか。サンジが低い、穏やかな声で言葉を発してきた。
「・・・・・・・・・みんなが起き出す前に、船を下りるわ。」
 その言葉に、何故か身体がビクリと震えた。
 ほんの少しだけ。
 その動きがサンジに見咎められて居ないだろうかと心配になったが、彼の瞳はゾロではなく海面に向けられているので大丈夫だろう。
 ゾロは、平静を装って頷いた。
「・・・・・・・・そうか。」
「見送りされんのもこっぱずかしいからよ。みんなには、お前から宜しく伝えておいてくれや。」
「ああ。分かった。」
 彼の言葉に小さく首肯してやれば、彼はニッコリと、ゾロには滅多に見せることのない素直な笑みを向けてきた。その笑みに、何故か心臓が跳ね上がる。何故かは、分からないけれど。
 ゾロの動揺に気づいた様子もなく、サンジは細い身体を精一杯伸び上がらせた。緊張していた身体をリラックスさせるように。そして、どこかすがすがしさを感じる声で言葉を漏らす。
「さてと。俺はもう一仕事するかな。」
「仕事?」
「ああ。明日の朝食と昼食分の作り置きくらいわな。」
「・・・・・・・・そうか。」
 それで本当に最後なのだ。サンジの作る食事は。
「明日は早く起きろよ。じゃねーとルフィに全部食われちまうからな。まぁ、食いたくねーなら寝こけてて良いけどよ。」
「起きる。」
 からかうように意地の悪い笑みを浮かべるサンジの顔を見つめ返しつつ、ゾロはキッパリと告げた。揺るぎのない真っ直ぐな瞳で、彼の青い瞳を見つめながら。
 ゾロの言葉に、サンジは驚いたように眼を見開いた。その表情がガキ臭くて、ゾロの頬は自然と緩んだ。そして、その緩んだ、端から見たら穏やかに微笑んでいるような顔のままゆっくりと口を開く。
「今度いつ美味い飯にありつけるかわかんねーからな。徹夜してでも食う。ルフィにはやらねぇ。」
 告げた言葉は意外な物だったのだろう。サンジはこれ以上でかくなる事は無いだろうと言うくらいに大きく目を見開き、呆然とゾロの顔を見つめてきた。
 そしてヘニャリと、顔を歪ませる。
「・・・・・・・・・・・へへへっ。そっか。」
 嬉しそうに。ガキ臭く、はにかむように笑ったサンジは、一度己の足先に視線を落とした。そして、ニカリと、いつもルフィやウソップに見せている開けっぴろげなガキ臭い笑みを浮かべながら顔を上げた。
「んじゃぁ、最後だし。お前の好きなもんをいっぱい作ってやるよ。」
「・・・・・・・おう。」
 サンジの口から『最後』という言葉が出たことで、ゾロの心臓がツキリと痛んだ。だが表には出さず、いつもと同じ仏頂面で頷き返す。それでもサンジは機嫌を損ねることなく、楽しげに言葉を返してきた。
「んじゃ、気合い入れて取りかかるかな。クソ剣士様のためによ。」
「クソは余計だ。クソコック。」
「そりゃあこちの台詞だってのっ!」
 いつもは喧嘩腰におこなう会話を険悪な空気にならず、じゃれ合うように交わしながらサンジはラウンジへと足を進めた。その背をボンヤリと見つめていたゾロは、不意にサンジが振り向いた事でハッと気を引き締めた。
 そんなゾロに、サンジは明るい口調で声をかけてくる。
「せいぜい派手に活躍してくれよ。そうすりゃ、戻ろうと思ったときに探しやすいからよ。」
 サンジが口にした「戻る」という一言で、一気に気分が上向いた。だから自然と、答える声が明るくなる。
「ああ。任せろ。お前が居ない間に大剣豪になってやるよ。」
 ゾロの答えに、サンジは軽く笑いを零した。そして、からかうような笑みを返してくる。
「でっかく出たな、クソ剣士。なってなかったら蹴り殺すぜ?」
「出来るもんならな。クソコック。」
 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるサンジに、ゾロもまた挑発するような笑みを見せてやる。そんなゾロの反応を面白がるように片眉を持ち上げたサンジは、クスリと小さく笑いを零した。そして、ゆっくりと口を開く。
「ゾロ。」
 滅多に呼ばれない己の名に、ピクリと身体が揺れた。
 ジッと彼の顔を見つめる。
 すると彼はジンワリと瞳を細め、ゆるりと口角を引き上げた。
 そして、短く告げてくる。
「またな。」
 その一言を残し、ヒラリと手を振ったサンジはラウンジの中へと姿を消した。
 扉がパタリと音をたてて閉じる。
 その音を耳に入れながら、ゾロは小さく呟いた。
「・・・・・・・・・またな。サンジ。」










 










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《20040424UP》





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