生徒会メンバーが生徒総会に向けて着々と準備を進めているのと時を同じくして、とある場所で密談が交わされていた。
「・・・・・・・・どうやって生徒総会に穴を空けさせるかが問題だな・・・・・・・・・」
「ああ。サロメは抜け目が無いからな。下らん策を取ったら、すぐに見抜かれてしまうだろう。」
「となると、サロメを超える策を練らねばならないという事だな。」
「何をそんなに警戒しているのだ?相手はただの学生だろう?そこまで警戒する必要は・・・・・・・・」
「馬鹿にしたものではありませんよ。生徒会長にクリスを祭り上げ、ほぼ全校生徒の心をその手中に収めたのは、間違いなくサロメの策があったからですからな。」
「うぬぅ・・・・・・・・・」
「さて。どうした物か・・・・・・・・・・・」
 うなり声を上げながら、その場に集まった数人の大人達がしばし沈黙を落とす。
 その沈黙を破るように、一人の男が口を開いた。
「・・・・・・ようは、生徒総会を開かせなければ良いのですよね?」
「なんだ?何か策があるのか?」
「ええ。総会を開くには、生徒会メンバーが全員その場に揃っていると言うのが、条件に入っていたと思います。」
「確かに、そんな項目があったな。それが?」
「・・・・・・・・・だったら、誰かに欠席して頂いて、総会を開けなくすれば良いのではないですか?」
 その言葉に、その場に居た全員がハッと息を飲み込んだ。
「・・・・・・・成程。その手があったか。」
「その手を使えば、下手に総会に手を出さなくて良い分、サロメに関わらなくて済むな。」
「よし。その手で行こう。」
 同意を示すように、その場にいた全員が大きく頷きあった。
「では、誰をターゲットにしましょうか?」
「そうだな。まず、サロメは除外しよう。あいつには下手に接触しない方が良い。」
「クリスも、常にサロメの護衛が付いているからな。避けた方が良いだろう。」
「レオは、捕らえる方が難しそうだし、ロランは・・・・・・・。得体が知れないからな。」
「ボルスは実家が実家だから、下手に手を出したら後が怖いぞ。」
「・・・・・・・・・と、なると、決まったような物ですね。」
 クスリと、どこからともなく笑いが零れた。互いの瞳を覗き込めば、考えている事は同じだと言いたげに、皆瞳を輝かせている。
「狙うのは、パーシヴァルと言う事で。」
 その一言に、その場にいた全員が大きく頷きあったのだった。











 何か異様な寒気を感じて、パーシヴァルは身体を大きく震わせた。
 その事に気が付いたのだろう。隣を歩いていたボルスが、不思議そうに首を傾げてきた。
「どうしたんだ?」
「・・・・・・・・いや。なんでもない。気のせいだろう。」
 そう返しながらも、なんとなく鞄を持っていない方の手で持っている方の腕をさする。少しでも温かさを取り戻そうとするように。
 なんだか、凄く嫌な気配が自分の身体を通り抜けていった気がしたのだ。しかし、辺りを見回しても人影は見えない。閉門ギリギリに学校を出たのだから、当たり前の事なのかも知れないが。
 そんな事を考えながら、パーシヴァルはチラリと、隣を歩く男の顔を見下ろした。
 いつもパーシヴァルの仕事が終わるのを待っているバーツは、家の畑の調子が悪いからと先に帰った。だから一人で帰ろうとしたのだが、妙に真剣な目つきで一緒に帰ろうと誘われ、その迫力に押されるように思わず頷いてしまって、今の状況に陥っている。
 わざわざ誘ったのだから何か言いたい事でもあるのかと思ったのだが、ボルスは必要な事以外話をしようともしない。気のせいかも知れないが、その表情も妙に硬い。強ばっていると言っても過言では無いだろう。
「・・・・・・・そんなに一緒にいたくないなら、わざわざ誘わなくても良いだろうに・・・・・」
 そう内心で呟いたパーシヴァルは、ボルスに気付かれないようにこっそりと息を吐き出した。
 その気配を感じたのか、ただの偶然なのか。それまで俯くようにしていたボルスが、チラリと視線を向けてきた。そして、少々躊躇った後にこう、続けてくる。
「・・・・・・・ちょっと、どこかに寄っていかないか?」
「え?」
「いや、だから、この間レオ殿と学校帰りにラーメンを食べに行ったんだ。それが結構美味かったから・・・・・・・・・・」
「・・・・・・はぁ・・・・・・・・・・」
 それがどう自分を誘う事に繋がるのか分からず、思わず気のない言葉を口から出した。
 その返答を聞いているのかいないのか。ボルスはいつものように少々テンション高めに言葉を続けてくる。
「別に、無理に誘ったりはしないぞ。ただ、一人で行くのも味気ないから誘っただけだからな。どうだ!」
「どうだと言われても・・・・・・・・・・」
 いきなりそんなものに誘われても困ると言えば困る。この時間ならば、母親が家で夕食を用意しているだろうから、そんなものを食べて帰ってしまえば折角作って貰った物を残す事になるだろう。二食分食べられる程自分の食は太くないのだ。それに、ボルスと顔をつき合わせて食事をして愉快な気分になれるかと考えたら、なれない可能性が強い。というか、会話になるのかもあやしい。やはりここは断るべきか。
 そんな事を考えながらボルスの顔をジッと見つめると、彼はお預けを食らった犬のような瞳で自分の様子を窺っている。
「・・・・・・・なんだかな・・・・・・・・・」
 フッと息を吐き出した。その瞳に見つめられて、嫌と言えそうにない自分を自覚して。
「・・・・・・・・・分かった。つき合うよ。」
「本当か!!」
「ああ。だが、持ち合わせはそんなに無いぞ?」
「大丈夫だ!誘ったからには、俺が奢ってやる!!」
「そうか。それは、有り難いな・・・・・・・・・」
 取りあえず、条件反射のように微笑み返すと、ボルスがこれ以上無いくらいに嬉しそうに破顔して見せた。
 その子供のような笑みに、再び息がこぼれ落ちる。彼が何を考えているのか、分からなくて。
「・・・・・・・・・実は、あまり嫌われて無かったのか・・・・・・・・?」
 そう、内心で呟いたが、確認してみようとも思わないパーシヴァルだった。

























 生徒総会当日。生徒会メンバーは慌ただしく立ち働いていた。
 何しろ、体育館に全校生徒と理事会のメンバー。そして、PTAの役員達を招き入れないといけないのだ。中身が良くても外側が悪いと評価して貰えない事もある。会場設営にも力が入ると言う物だ。
 こういう大がかりな作業をするときには、各クラスの委員長が手伝いに来る事になっているため、役員達はそれらの人間に指示を出しながら会場設営をしていった。
「そこの垂れ幕はもう少し右だ。・・・・・・駄目だ、それだと右過ぎる。もう少し左に・・・・・そうだ。そこで良い。・・・・ああっ!また右にずれたぞっ!!」
 ステージ下でそうボルスが指示を出しているのを横目に、パーシヴァルは壇上の準備をしていた。
 発言者が立つ場所とマイクの位置を決め、セッティングを終わらせたら今度は生徒会役員達が座る椅子と机の準備だ。
 役員達は皆、ステージ上に備え付けた長机に座る事になっている。生徒達の様子を良く見える様にと言う考えからそうなったらしい。何もそんなに目立つ場所に座らなくても良いだろうと思うのだが。
「机はこの位置で良いですか?」
 そう問いかけてくる手伝いに来ていた一年の学級委員の言葉に、パーシヴァルは一度その席に着いてみる。一応、そこから生徒達の様子も、理事と保護者が座る席の様子も窺える。それを確認してから、パーシヴァルは椅子から立ち上がりながら問いかけてきた委員へと言葉を返す。。
「ちょっと待て。後ろから見てくる。その間、名札の方を貼り付けておいてくれ。」
「はい。」
 パーシヴァルの指示に、委員はそれぞれの役職が書いてある長細い紙を机の端にテープで留め始めた。それを確認してからステージの上から飛び降りたパーシヴァルは、会場である体育館の一番後ろまで歩いていく。
 縦長の形で作られた体育館は、ステージの反対側に出入り口が造られているから、パーシヴァルは自然とそこに向って歩いていく事になる。そして、その出入り口に背を向けるようにして、壇上を窺った。
「・・・・・・・・まぁ、こんなものか。」
 遠目から壇上を見つめながら、小さく呟いた。センターから見て、クリスの座る席と発言者が被るような事はなさそうだから。
 そう考え、壇上で指示を待つ委員に声をかけようとしたところで、背後から声をかけられた。
「すいません。」
「え?」
 まさか声をかけられるとは思っていなかったパーシヴァルは、少々驚きながら慌てて振り返った。一般生徒はまだ授業中なのだ。今この場に居て自分に声をかけてくるような人間が、背後からやってくるわけがない。いったいどこの誰が、なんの用で来たのだろうか。もしかしたら、トラブルでもあったのだろうか。
 そう考えながら振り返ったパーシヴァルの瞳に、一人の男の姿が飛び込んできた。着ている物はこの学校の制服だが、今までこの学校の中で見た事は無い。全員の顔を覚えているわけではないのだが、妙に目立つ風貌の男なのだ。チラリと見ただけでも覚えていそうなものなのだが。
 そもそも、そんな見知らぬ生徒がこの時間に校内をウロウロしている事自体おかしい。パーシヴァルは軽く首を傾げた。
「・・・・今は授業中だと思うのですが、いったい何をやっているのですか?」
 そう問いかけると、男は困ったように顔を歪ませながら、その柔らかそうな金髪をかき混ぜるようにして後頭部を己の指先でひっかきながら言葉を返してくる。
「いや、実はさ、今日からここに転校してくる事になってたんだけど、ちょっと迷子になっちゃってさ。職員室の場所が分からないんだよね。案内して貰えないかな?」
「迷子・・・・・ですか?」
「そう。いやー。まいっちゃうよね。この年で迷子なんてさ。」
 あはは、と軽く笑う男はなんだか妙にななれなれしい。こんな見るからにお調子者なこの男が、この学校に入学する事が出来るのだろうかと疑ってしまう位に。
 その気持ちが顔に出ていたのか、男が困ったように顔を歪めて見せた。
「いやいや。そんなに警戒するなよ。嘘なんか付いてないからさ、俺は。じゃなきゃ、わざわざこんな風に話かけたりしないだろ?授業中に制服着たヤツがウロウロしてるんだぜ?」
「それはまぁ、確かに・・・・・・・・・」
 一理あるかも知れないと、頷き返す。とは言え、油断出来なさそうな男なのだ。しかし、実際に転校生だったとしたら放置しておくのも可哀想だ。
 しばし考えたパーシヴァルは、コクリと、小さく頷き返した。
「分かりました。こちらの仕事も一段落付きましたので、ご案内致します。少々お待ち頂けますか?」
「ああ。今更十分二十分遅れたところで大した違いは無いからな。大丈夫だ。」
 快く頷く男の言葉にそれはどうだろうかと思いはしたが、知らない人間にわざわざ突っ込みを入れる趣味も無いので取りあえず聞き流しておく。
「では、一声かけてきますので。」
 その言葉と共に軽く頭を下げたパーシヴァルは、やや駆け足気味にステージの下へと近づいた。そして、未だに垂れ幕のバランスが悪いと指示を出し続けているボルスへと、声をかける。
「ボルス。」
「なんだ?」
 すぐに振り向いたボルスが、仕事を放り投げる形で近づいてきた。そんな彼の様子に苦笑を浮かべながら言葉をかける。
「すまんが、少し席を外すぞ。」
「なんだ?何かトラブルでも?」
「いや、転校生が迷子になったらしいから、職員室に送り届けてくるだけだ。」
 そう言いながら軽く指先で入り口を示してやれば、ボルスがチラリと視線を向けた。そこに人影をみたのだろう。小さく頷き返してくる。
「分かった。ここはある程度進めておく。」
「頼む。そう遅くはならないと思うが、終わったら先に生徒会室に戻ってくれ。」
「分かった。」
「あと、」
「なんだ?」
「・・・・・・・いい加減垂れ幕に固執するのは止めておけ。時間の無駄だぞ。」
 それだけ言い置いて、さっさと身を翻す。背後で何やら文句を言っていたが、それはあえて無視しておく。彼が何を言っているのか、聞かなくても大体分かるから。
「お待たせ致しました。参りましょうか。」
 入り口に戻ってそう声をかけると、彼は人の悪い笑みを浮かべて返してきた。
「良いのかい?彼を放って置いて。なんか色々言ってるみたいだけど?」
「良いんですよ。それよりも、行きましょう。」
 行動を促すようにそう言葉をかければ、男は態とらしいくらいに申し訳なさそうな顔を作って頭を下げてきた。
「悪いな。仕事がまだあるだろうに、こんな事につき合わせちゃって。」
 本当にそう思っているのか甚だ怪しいが、だからと言って突っかかる理由も無いので、当たり障りの無いように笑って返した。
「構いませんよ。転校生に校内の事を教えるのは在校生の仕事ですから。」
「いやぁ。そんな事を言われると、ちょっと罪悪感感じちゃうなぁ・・・・・・」
「罪悪感?」
「ああ。でもまぁ、折角親切にして貰った事だし、写真よりも実物の方が美人さんだった事だし、痛い事とかしないようにしようかな。」
「え?」
「ちょっと、眠っていてくれるだけで良いからさ。」
「何を・・・・・・・・・・っ!!」
 問い返そうと首を傾げた途端、首筋にチクリとした痛みが走った。と、思ったら、視界がぐらりと歪む。そして、全身から力が抜け、ガクリと膝が折れた。
 地面に倒れ込むと思ったところを、傍らに立っていた男が支えてくる。
「・・・・・・・・悪いな。あんたに恨みは無いけど、これも仕事だからさ。」
 申し訳なさそうな声に顔を上げようとしたが、頭がぐらぐらしていてそれも出来ない。崩れ落ちないようにするために、抱き込む男の胸に縋り付く事しか、今のパーシヴァルには出来ない。
「いったい、何を・・・・・・・・・・・っ!」
 なんとかそう、地を這うように低められた声を発する事が出来たが、パーシヴァルに出来たのはそこまでだった。
 最後の力を振り絞ったからか、酩酊感が増し、全身から一切の力が抜けていく。男の胸に縋り付いていた手からも力が抜け、自然と腕が垂れ下がる。
 意識も徐々に遠ざかり、耳元で男が何かを囁いている声さえ聞えなくなったパーシヴァルは、胸の内で男に対する文句を呟く間もなく。そのままゆっくりと意識を手放していったのだった。








「・・・・・・・・ううん。意外と根性あったな。」
 ようやく意識を手放したパーシヴァルの身体を抱き留めながら、ボソリと呟いた。
「さてと。どこにどうやって運ぶかが問題だな、こりゃ。まずは、人目に付かない所を歩かないと・・・・・・・・・」
 一人で行動している寂しさからか、自然と自分の考えを零しながら取りあえず抱き留めたパーシヴァルの身体を抱え直そうとした。
「・・・・・・・・あれ?」
 その途端、意識を失った身体が思いもかけないくらい軽い事に気づき、思わず胸の中の男の顔を凝視してしまった。
 自分よりも長身で、体付きもしっかりしてそうだからそれなりに重量があると思っていたのだが。
「・・・・・・・・これくらいの重さなら、アレが出来るな。アレが。」
 ウキウキとそう口に出し、自分の思い描いた抱え方をするために一度体勢を整えた。
「よいしょっとぉ!・・・・・おっ。やっぱ軽いねぇ・・・・・・。なんだか、仕事を忘れて楽しくなってきたなぁ・・・・・・・・」
 思惑通りにパーシヴァルの身体をお姫様抱っこ状態に出来た事にほくそ笑む。
「・・・・・・・最初は倉庫にでも閉じこめておこうかと思ってたんだけどなぁ・・・・・。それはちょっと、可哀想だよなぁ・・・・・・。どこかに悪いお兄さんが潜んでいるかも知れないし?こんな子羊ちゃんを危ない所に放置するのはなぁ・・・・・。良心が咎めるよなぁ・・・・・・。」
 パーシヴァルの身体を抱えながら歩を進めつつ、ブツブツと言葉を零し続ける。
 男だろうと女だろうと、美人に弱いのだ。自分は。と、内心で呟きながら。
「この先接点が出来ないとは言い切れないし?その時のためにもこいつに泥をかぶせない方が良いよなぁ・・・・・・・。」
 ムゥッと顔を歪ませながら、空を仰ぎ見る。
 吹き付ける爽やかな風が、雑念を払ってくれるようで心地良い。
「・・・・・・・・・・・よし!!」
 その風に後押しされるように、大きく頷く。
 別に何か義理があるわけではないのだ。この仕事の依頼主に。
 まぁ、関係が悪くなると色々困る事も出てくるのかも知れないが、そいつらに恩を売るよりも、クリス達と仲良くして置いた方が得な事が多い気もするし。
「あいつも、こうなる事を予測して俺をこの仕事の向わせたんだろうしな。うん。そうしよう。そうしよう。」
 勝手な事かも知れないが、そう判断を下す。
「でもまぁ、皆さんにはちょっとは慌てて貰おうかねぇ。」
 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながらそう呟いた。
 なんだかんだ言って、他人が狼狽えている姿を見るのは嫌いじゃ無いのだ。
「楽しくなってきたなぁ・・・・・・。会長さんが、どういう行動を取るのか、楽しみだ。な?パーシヴァル?」
 そう囁くように問いかけながら、掠めるようにその唇に口付けた。これくらいの役得はあっても良いだろうと、勝手に判断して。






















「パーシヴァルが居なくなった?」
 クリスの常よりも高めな声が、生徒会室に響き渡った。その声に、他の仕事をしていた役員達の手も止まる。
「・・・・・・どういうことなんだ?ボルス。」
 真剣な眼差しで問いかけてくるクリスの言葉につられるように、離れた場所にいた役員達も集まってくる。
 集まった役員にボルスがかいつまんで状況を説明すると、皆一様に眉間に皺を寄せ始めた。
「・・・・・・・・・その男。怪しすぎるな。」
 クリスの呟きに、ボルスは大きく頷き返して言葉を付け加えた。
「ええ。職員室で教師に呼び止められているのかも知れないと思い、生徒会室に戻る前に寄ってみたのですが、パーシヴァルはおろか、転校生も来て居ないと言われました。そもそも、転校生など来る予定は無いと。」
「在校生がわざわざ転校生を語ってパーシヴァルを誘き出す必要性は感じ無いからな・・・・・・・。他校生か?」
「そうとも言い切れませんよ。」
 クリスの言葉に、サロメが鋭く言葉をかける。その言葉に皆一斉にサロメの方へと視線を向けた。その視線を真っ向から受け止めながら、サロメがいつもとまったく変わらないテンションで静かに語り始める。
「生徒総会を行うには、役員全員がその場に居る事が前提です。余程の理由が無い限り、それは変わりありません。ですから、もし仮にパーシヴァルが拉致されたのだとしたら・・・・・・・・・」
「・・・・・・それは、誰かが私たちに反発心を持っていると、そう言う事なのか?」
「わかりません。パーシヴァルがどういう状況で姿を消したのかはっきりと分かったわけではありませんから。」
「それはそうだが・・・・・・・・・・」
 サロメの言葉に、クリスは考え込むように俯いた。他のメンバーも、一様に押し黙る。パーシヴァルの行方が分からなくなった事を伝えたボルスも、同じように。
 その転校生の姿を思い出せれば何かしらの手がかりになるかも知れないのだが、距離もあったし、逆光だった事もあってボルスは少しも見ていなかったのだ。体育館で仕事をしていた生徒全員に聞いてみたが、その誰もが見ていないと答えた。
 手がかりの無い中で人を一人発見する等という事を、頭脳労働を得意としていないボルスには出来るわけもない。頼みの綱はサロメだけだったが、そのサロメも良い案が浮かばないようだ。
 生徒総会まで、時間はそうない。早く見つけないと、就任早々クリスの名に傷が付いてしまう。それよりも何よりも、今現在パーシヴァルがどのような状況に陥っているのか、それが気がかりだ。
 本人は気付いていないようだが、男にも女にも人気がある男なのだ。もしかしたら、あの男に暗がりに連れ込まれ、無体な真似をされているかも知れない。
「・・・・・・・・・・そんな事、俺がさせん!!!!」
「うわっ!!な、なんだ?!ボルス!!」
 突然大声を上げたボルスに、皆ビクリと身体を震わせたが、声を発したボルスはその事に少しも気付いていなかった。震えるくらいに強く拳を握りしめると、駆け出さん勢いでドアへと飛びつく。
「おい!どこに行くんだ!ボルス!!」
「探しに行きます!ここでのんびりしている間にも、パーシヴァルは・・・・・・・・・っ!」
「ちょっとは落ち着け!お前が騒ぎだしたら、他の生徒に異変を察知されるだろう!」
「・・・・・・・・・ぁ・・・・・・・・・・・・」
 クリスの一言で、頭に上っていた血がほんの少しだけ下がる。だからと言って、身の内を焼くような焦りが無くなるわけでは無いのだが。
「どうしようか、サロメ。このままでは総会が開けないぞ。そうなると・・・・・・・・」
「一番喜ぶのは、理事会ですね。」
「・・・・・・姑息な連中だ。一番弱い所を狙ってくるとは・・・・・・・・・」
 サロメもレオも、渋い顔で黙り込む。
 何も良い案が出ず、ただただ無為な時間を経過させていたら、不意に戸が開かれた。
 パーシヴァルが戻ったのかと慌てて顔を上げてみると、そこにはパーシヴァルではなく、バーツの姿があった。
「・・・・・・・なんだ。貴様か。今取り込んでいる最中なんだ。さっさと出て行け。」
「取り込んでるって、パーシヴァルが居なくなったからか?」
「お前ッ!!どこでそれをっ!!」
 サラリと、未だどこにも漏らされていないであろう事を口に出してくるバーツの言葉に、ボルスは折角下がりかけていた血液を、再び頭に上らせた。
 怒りなのか焦りなのか分からない感情に任せてバーツの胸ぐらを掴みかかろうと腕を突き出したのだが、それはあっさりと交わされてしまい、余計に腹立たしさが沸き上がる。
 そんなボルスの怒りに気付いているだろうに、バーツはあえてボルスを無視するようにクリスへと視線を向けた。
「さっき中庭を通ったときに、パーシヴァルを抱えながら歩いているヤツ見たぜ?」
「何ッ!本当か!!」
 その思いがけない言葉に、ボルスだけではなく、役員全員が目を剥いた。
「貴様っ!それでどうして放って置いたんだ!!!」
 今度こそ逃がさず胸ぐらを掴み取り、ガクガクとバーツの身体を前後に揺さぶってやると、彼はそんなボルスの行動をうざそうに片手で排そうとしながら言葉を続けてきた。
「だって、あの時は兄ちゃんがパーシヴァルの事を連れてってるんだと思ったんだもん。しかたねーじゃんか。」
「兄ちゃん?」
「あんたの事。」
 いったい誰の事だと首を傾げて問い返せば、意外にもゴツイ感じのする指先を鼻先に突きつけられた。その行為に、自分を馬鹿にしたような気配を感じてムッと顔を歪めたが、バーツはそんな事に一切構わずに話を続けて来る。
「制服着てたし、柔らかそうな金髪だったからさ。遠目で分かりづらかったし。だから放って置いたんだけど、さっきそいつが裏門から出てくの発見してさ。なんか、おかしいなぁと、思ってここに来たんだけど・・・・・。来て正解だった?」
「そうだな。僅かながらも手がかりを掴めたんだ、一歩前進だろう。ありがとう、バーツ。」
 そう言いながら、クリスはボルスにも滅多に向けない素晴らしく綺麗な笑みをバーツに向けた。その事に一瞬胸の内で嫉妬の炎が沸き上がったが、なんとか堪える。今は一秒でも早くパーシヴァルを見つける事が先決だから。バーツに突っかかるのは、生徒総会が無事に終わってからでも遅くないだろう。
「では、その金髪の生徒の目撃証言を追っていくとしますか。」
「そうだな。しかし、授業中だからな。なかなか難しいんじゃ・・・・・・・・・・・」
 レオの言葉に軽く頷いたクリスだったが、その言葉は途中で濁された。どうしたのだろうかと彼女の様子を窺うと、クリスはしきりに首を傾げている。
「どうしました?クリス様。」
「いや、ちょっと気になったんだが・・・・・・・・・」
 サロメの問いかけに視線を上げたクリスは、一旦サロメに向けた視線をバーツへと向け、ホンノ少しだけ眉間に皺を寄せながら問いかけた。
「・・・・・・・・お前。授業はどうしたんだ?」
 その問いに、バーツはニッコリと、なんの後ろ暗さも無いと言わんばかりに明るい笑顔を浮かべて見せた。
「何言ってんのさ。そんなもの、畑と比べたら畑の方が大事だろ?」
「・・・・・・・・・サボってたのか・・・・・・・・・・・・・」
「いいじゃん。だってあのおっちゃん、そんなもんに出なくて良いって言ってたし。テストの山はパーシヴァルが当ててくれるし。それはともかくとしてさ、パーシヴァル探さないとまずいんじゃないの?」
「そうですよ!クリス様!こんな男に構っていないで、パーシヴァルの捜索に出かけましょう!」
 バーツの言葉には気になる事も多々あったが、今はそれどころでは無い。パーシヴァルが何者かに拉致された事は確かなのだ。早々に探し出さなければならない。
 そのボルスの言葉に、クリスも大きく頷き返してくれた。
「そうだな。手分けして探そう。」
「しかし、全員で出払うわけには参りませんよ。総会前に全員が慌ただしく動いていたら、生徒達が不審に思います。」
「そうか、では、二手に分かれて・・・・・・・・・・」
「大丈夫!俺に策があるから!」
 指示を出そうとしたクリスの言葉を遮るように、バーツがそう発言してきた。
「策?」
「ああ。これだっ!!」
 自信満々にバーツが皆の前に差し出したのは、赤い風呂敷を背負った茶色い犬だった。
 その犬の登場に、その場に集まっていた全員が驚きに目を丸めた。
「・・・・・・・・犬?」 
「ああ。最近俺の畑に出没してる奴なんだ。こいつにパーシヴァルの匂いを覚えさせて、後を追わせる。なかなか良いアイデアだろう?」
「・・・・・・・・成程。警察犬のまねごとをさせる気なのですね。」
「うむ。やってみる価値はありそうだな。」
 サロメとレオが力強く頷き返してくるのに気分を良くしたのか、バーツがニッコリと、実に楽しそうに微笑みを浮かべてきた。
「そうと決まれば、さっそくやってみようぜ!ってわけで、これがパーシヴァルの匂いだぜ!ワンコロ!」
 嬉々としながらハンカチを取り出したバーツは、それを犬の鼻先に押しつけた。なんでパーシヴァルの匂いが付いたハンカチが都合良く出てくるのだろうかと首を捻る所だが、今はそんな細かい事に拘っている場合では無いだろう。ボルスは、ハンカチの匂いをしきりに嗅いでいる犬へと、熱い視線を送った。
 やがて犬はその匂いを覚えたのか。ハンカチからその鼻先をすっと遠ざけた。
「オッ!覚えたのか?じゃあ、早速頼むぜ、ワンコロ!パーシヴァルが見つかった暁には、美味いもの食わせてやるからな!」
「ハウゥゥゥゥ・・・・・・・・・」
 お世辞にも気合いが入っているとは言い難い声を漏らしたその犬は、チラリと周りに視線を向けた後、気怠げな足取りでノタノタと扉に向って歩き出した。
 匂いを慎重に追っているという様子には見えない。本気で、やる気が為さそうだと判断した方がよさげな動きだ。
 その様子に、思わずといった感じでクリスが一言零してきた。
「・・・・・・・・・・大丈夫か?この犬で。」
「大丈夫大丈夫。任せとけって。」
 やたらと自信満々な彼の言葉に、だからこそ不安が過ぎる。本当に大丈夫なのだろうかと。その自信はどこからくるのだろうかと。
 しかし、そんな皆の不安を吹き飛ばすかのように、バーツは意気揚々と怪しげな犬の後に付いて生徒会室から出て行ってしまった。
 その姿を呆然と見送りながら、犬を校内に放して良いモノだろうかと考える。一応自分は風紀委員長なわけだし、風紀を乱している行動は取り締まるべきなのだろうかと。しかし、パーシヴァル救出のための一筋の光を無下に消す事は出来ない。
「・・・・・・・・取りあえず、ボルス。あなたが付いていって下さい。」
「え?お、俺ですか?」
 サロメの言葉に思わず問い返せば、彼は深く頷き返してきた。
「ええ。私たちは最悪の事態に備えて色々準備をしておきます。あなたは、なんとしてでもパーシヴァルを見つけ出して、会議に間に合うように連れてきて下さい。良いですね。」
「・・・・・・・・はい。分かりました。必ず、見つけ出してきます。」
 懇願しているようにも見えるサロメの強い瞳に、ボルスは大きく息を吸い込みながらそう頷きを返した。
 そして、駆け出すようにして犬とバーツの後を追い始める。
 自分が去った後に、サロメ達がどういう話をしているのか、知りもしないで。






「・・・・・・・凄い勢いで出て行ったな。」
「それだけパーシヴァルへの思いが強いと言う事ですな。」
「まったく・・・・・・・・。御しやすいのか御しにくいのか。分かりにくい男ですね。」
「分かりやすくはあるがな。」
「確かに。」
 レオの言葉に、残りの三人は状況も忘れて微かに微笑む。
 しかし、和やかに談笑をしている場合では無いのだ。
「さて。我々も出来る限りの手は打ちましょうか。」
「そうだな。犬とボルスの活躍に期待しておこう。」
 そのクリスの一言を合図にするように、それぞれが持ち場に戻っていった。









 その頃、ボルスは激しいくしゃみに襲われながらも犬とバーツの後を追いかけていた。
「おい!パーシヴァルは発見出来たのか?」
「まぁ、待て。そう焦るなよ。慌てる乞食は貰いが少ないって言うだろう?」
「俺は乞食などでは無いぞっ!」
「・・・・・・・・言葉の文だよ。それくらい分かれよな。」
 心底呆れたようにそうバーツに呟かれ、先程からずっと頭に昇りっぱなしの血が更に頭に上った気がした。しかし、バーツはそんな事に頓着せず、ジッと犬の動きを目で追っている。
「・・・・・なんか、近くまで来た感じがするな。」
「近くまでって・・・・・・パーシヴァルがか?犬の様子が分かるのか?」
「いや、犬じゃ無くて俺の勘。」
「・・・・・・・・・・」
 自信満々にそう言い放つバーツの言葉に、ボルスは返す言葉を失った。
 もしかしたら自分はからかわれているのかも知れないと思ったのだが、バーツの瞳にその色は無い。
「・・・・・・・変なヤツ・・・・・・・・」
 前々から変わったヤツだと思っていたが、二人きりでいると余計にそう思う。そもそも、パーシヴァル捜索に得体の知れない犬を連れてくる事からして尋常じゃ無い。
 犬を連れてきているのに、自分の勘に頼っているような所もわけが分からないが。
「ハウゥゥゥゥゥゥ・・・・・・・」
「おっ!ここかっ!」
 ノロノロと校内をうろつき回っていた 犬が、一つのドアの前に立ち止まり、その情けない声を発しながらジッと、バーツの顔を見上げた。その犬の頭をぐりぐりとなで回したバーツは、その扉を見るなに、大きく頷いてみせる。
「うん!間違いないなっ!」
 何がどう間違いないのかわからないが、そう力一杯頷いたバーツは、勢いよくその部屋の扉を引き開けた。
「こんちわっ!ちょっと良いっすか?」
「あら、いらっしゃい。待ってたわよ。」
 フフフッと怪しげな笑いを浮かべながらバーツを迎え入れたのは、この学校の保健医だ。真っ白い白衣を着ているから間違いないだろう。と、言う事は、ここはどうやら保健室らしい。そんな事全然気にもせず室内に踏み込んだボルスは、入った後でそう考えた。
「待ってたって、どういう事?」
 保健医の言葉に軽く首を傾げたバーツの言葉に、問われた保健委は怪しげな笑みを浮かべたまま部屋の奥にしつらえられたベットの方へと、その長く綺麗な指先を指し示した。
「そろそろ起こしてあげないといけない時間でしょ?」
「「あっ!パーシヴァルっ!!」」
 バーツと言葉が揃ったのはムカツクが、二人揃ってそう叫んだバーツとボルスは、慌ててそのベットの傍らに駆け寄った。
「おいっ!パーシヴァルっ!どうしたんだっ!いったい何があった!!」
「騒いでも無駄よ。この子、クスリで眠らされてるみたいだから。」
「クスリだと!どういうことだっ!」
 揺さぶり起こそうとするボルスの行動をやんわりと制してきた保健医の言葉に、言われたボルスのテンションは更に上がる。
 そんなボルスの怒鳴り声に眉一つ動かす事もせず、保健医はフフフッと笑いを零してくる。
「そんな事、私が知るわけないでしょう?担ぎ込まれた時には既に眠っていたのだから。ただ、担ぎ込んで来た子が、これを置いていったわ。」
 そう言いながら、保健医は白衣のポケットから小さな小瓶を取り出した。
「なんすか。それ。」
「解毒剤。」
 バーツの問いに、保健医はニコリと、綺麗な笑みを返した。そしてそれを、バーツの手に握らせてくる。
「全部飲ませたら起きるって言ってたわよ。でも、この状態で一人で飲めるわけがないから、どちらかが口移しで飲ませてあげるのね。」
 そう語りかけた保健医は、実に楽しそうに微笑みながら、自分の定位置らしい机の方へと戻っていってしまった。
 残されたバーツとボルスの間には、妙な沈黙が落ちる。
 ボルスの頭の中では、自分とパーシヴァルが口づけを交わしているシーンが渦巻いていた。
 降って沸いたチャンスではあるが、だからといって意識のない相手にそんな事をして良いモノだろうかと考え込む。そんな事に迷っている時間など、もう残っていないというのに。
 ボルスがそんな事を考えている事に気付いているのか居ないのか分からないが、二人の間にある沈黙を破るように、バーツが息を吐き出してきた。
「・・・・・・・時間も無い事だし、さっさと飲ませるか。」
 そう言いながら小瓶の蓋を開けようとするバーツの行動に、ボルスはハッと顔を上げる。
「ちょっと待て!お前が飲ませる気かっ!」
「そうだよ。それが何か?」
「そ、そんな事、お前にさせられるかっ!」
「なんで?」
「な・・・・・なんでと言われても・・・・・・・・・」
 自分がやりたいからとは言えない。グッと口をつぐんだボルスに、バーツはニヤリと、勝ち誇った様な笑みを向けてきた。いや、ただ単にボルスがそう受け取っただけかも知れないのだが。
「パーシヴァルの唇を、お前なんかに触れさせられねーよ。」
「な・・・・・・・・なんかだとっ!!」
「俺は、パーシヴァルに相応しい相手が現れるまでは周りを飛び回る虫を排除してやると決めているんだ。だから、お前の事も・・・・・・・・・」
 射抜くような瞳で睨み付けられ、ボルスはグッと息を飲み込んだ。
 自慢じゃないが、剣道やら合気道やら、その手の修行は散々積んで腕に覚えがあるボルスなのだ。その自分が、毎日畑仕事にせいを出すばかりの得体の知れない男に気圧されている。
 なんと屈辱的な事だろう。こんな事で生徒会メンバーだと言えるだろうか。
 ボルスは、悔しさのあまりにギリリと、奥歯を噛みしめた。
 そんなボルスの様子をジッと観察していたバーツは、ボルスがそれ以上抵抗してこない事を悟ったのか、フンと、馬鹿にしたように鼻で笑って見せた。
 その途端、ボルスの顔にカッと朱色が差したが、バーツは一向に気にした様子もなく、さっさと小瓶の蓋を開け、その中身を自分の口内へと、流し込んだ。
 そして、眠るパーシヴァルの唇に己の唇を近づけ、パーシヴァルの口内に己の口に含んでいた液体を流し込む。
 その作業は時間にしては10秒足らずのことだったのかも知れない。だが、ボルスには何時間もその様を見せられている気がした。自然と、握りしめた拳に力が入り、当たった爪で手の平に傷が出来る。そこから一筋赤い液体がしたたり落ち始めた時、それまでピクリとも動かなかったパーシヴァルに動きが現れた。
「うっ・・・・・・・・」
 眉間に深い皺を刻みながらそううめき声を上げたパーシヴァルは、ゆっくりと、影が落ちるくらい長い睫を持ち上げ、何度か瞬きを繰り返した。そうしてからようやく周りに意識を向ける気になったらしい。まず最初にバーツに視線を向け、その次にボルスの顔を見つめ返してきた。最後に天井を見上げたパーシヴァルは、頭を枕の上に置いたまま、小さく首を傾げてみせる。
「・・・・・・・・・どこだ、ここ?」
「保健室。」
「保健室?なんだって、そんなところに・・・・・・・・・・」
「覚えてないのか?金髪の兄ちゃんが、パーシヴァルの事を抱えて構内をうろつき回っていたんだけど。」
「金髪・・・・・・・・・・?」
 寝起きで頭がはっきりしないのか。それとも先程飲んだクスリの影響なのか、いつもピシッと芯の通った対応をしてみせるパーシヴァルが、妙にボンヤリとバーツに言葉を返している。いったい何があったのだろうかと、心配で胸をざわめかせながら二人のやり取りを見守っていたボルスの目の前でゆっくりと身体を起こしたパーシヴァルが、眠っていた身体を解すように大きく伸びをして見せた。
 その見慣れぬ様が妙に可愛くて、ボルスの顔には血の気が上った。だが、その事に二人は気付いていない。ある意味、ボルスを無視して二人の世界に突入している。
「・・・・・・・・・なんか、妙に身体がだるいぞ・・・・・・・・・・」
「ああ。どうやら、クスリを盛られたみたいだぜ?そのせいじゃないのかな。」
「クスリ?」
「うん。なんか、パーシヴァルは見知らぬ誰かに拉致されたみたいなんだよね。」
「拉致?俺が?なんのために?」
「生徒総会を失敗させるため、かな。」
「生徒総会を?」
 何を言っているのだと言いたげに首を傾げたパーシヴァルは、その先の説明を求めるように口を開こうとした。だが、その途中で何かに気付いたらしい。視線をバーツから反らしたと思ったら、驚いたようにその瞳を見開いた。
「もうこんな時間じゃないかっ!総会が始まるぞ!」
「え?・・・・・うわっ!!」
 言われたボルスも部屋に備え付けられた時計に視線を向け、その数字に思わず声を上げてしまった。
「なんだか良く分からないが、とにかく生徒会室に戻るぞ。クリス様達は、もう先に会場に行かれたのか?」
 ベットから降りながらそう問いかけてくるパーシヴァルに、ボルスは小さく首を振りながら答えを返す。
「いや、俺が生徒会室を出るときには、まだそこにいらっしゃった。しかし、時間が大分過ぎているから、今はどうだか分からん。」
「そうか。・・・・・すいません。慌ただしくて。私はもう戻りますから。」
 ボルスの言葉に頷き返したパーシヴァルは、今度は机の前の椅子に腰掛けながらこちらの様子を微笑みながら見つめていた保健医へと声をかけた。その言葉に、保健医はその端整な顔に綺麗な笑みを浮かべながら軽く首を振ってくる。
「良いのよ。気を付けてね。」
「はい。お世話になりました。」
 なんでこんな所で世話になっているのか分からないだろうに、そう謝意を述べたパーシヴァルは、ベットの近くにかけてあった己の上着に袖を通しながら、入り口へと足を向けた。
 その背に、保健医が思い出したように言葉をかけてくる。
「ああ、そうそう。あの子から伝言。」
「あの子?」
「そう。あなたをここに連れてきた子。」
 保健医の言葉に誰のことだか微妙に分からなかったようだ。パーシヴァルは軽く首を傾げた後に訝しむように問い返した。
「・・・・・・・なんですか?」
「『今度は目の開いてるときにキスしようぜ。』ですって。」
「は?」
 パーシヴァルには言われた言葉の意味が分からなかったのだろう。キョトンと目を丸めている。
 だが、いくら鈍いと言われているボルスにもその言葉の意味は分かった。ようするに、その『金髪の男』は、パーシヴァルに妙なクスリを盛った上に、意識のないパーシヴァルに無理矢理キスをしたと、わざわざ教えてきたと言う事だ。
 これは、自分に対する挑戦だ。
 そんなわけはないのに迷わずそう考えたボルスの頭に、今日何度目か分からないが、今日一番の勢いで血が上る。
「あの男・・・・・・・・・・」
「んだと、このヤローーーーっ!俺のパーシヴァルに、なんて事しやがるっ!!」
 思わず怒鳴り出しそうになったボルスの言葉を遮るように、バーツが怒りを露わにしたような声でそう叫びだした。
 なんだかんだ言いながらいつも落ち着いた態度を見せているバーツがそこまで怒りを露わにしてくる事に驚いて、ボルスの怒りは引っ込んでしまった。そんなボルスの目の前で、怒りのためか、バーツはワナワナとその全身を振るわせている。
「なんてこった・・・・・・・・・・。俺とおじさんとおばさんだけの物だった、パーシヴァルの唇が、どこの馬の骨とも分からん男に奪われるなんてっっ!!!!」
 そう、地を這うように低められた声で呟くバーツの言葉に、ちょっとカチンときたボルスだったが、ボルスが突っ込む前にパーシヴァルが突っ込みを入れてきた。
「・・・・・・・・・バーツ。その言葉には、ちょっと反論したい気が・・・・・・・・・・・・・・・」
「パーシヴァルっ!!」
「な、なんだよ。」
「お前の事は、俺が守るぞ!!!」
 そう叫ぶやいなや、バーツは決意を示すようにグッと、拳を握りしめ、高々と天井へ向って突き上げた。
 彼がこんなキャラクターだと思ってもいなかったボルスは、ただただ目を丸くする事しかできない。しかし、幼なじみらしいパーシヴァルにはそんなバーツの様子に免疫が出来ているらしい。深々と息を吐き出した後、コクリと、力無く頷いていた。
「・・・・・・・・・・分かった。是非とも頼むよ。」
「おうっ!任せておけ!」
「じゃあ、話はそれで終わりだな。さっさと生徒会室に行くぞ。」
「オッケー。仕事も一段落してるし、つき合うぜ。」
「ありがとう。それでは、失礼致します。ほら、ボルスも行くぞ。」
「あ、ああ。」
 何事も無かったように再度保健医に頭を下げたパーシヴァルに促され、ボルスは慌てて保健室を後にした。
 当然のようにパーシヴァルの隣を歩くバーツの存在にムッとしたが、パーシヴァルを探し出したのはバーツの功績だから、ここは大人しく後ろから付いていく事にする。
 男が三人並んで歩けない事も無いが、それだと他の通行人の邪魔になるからやりたくないのだ。風気委員長としては。
「・・・・・・・・・まぁ、無事だったから、良いか・・・・・・・・・・」
 前を歩くパーシヴァルの背中を見つめながら、ボソリと呟く。
 事の詳細は、総会が終わった後に聞こうと。そう思って。










 パーシヴァルの救出は総会が始まる前に終わらせられ、総会事態はつつがなく終了する事が出来た。
 多くの理事や保護者。それに生徒達は壇上で堂々と発言するクリスの姿に熱い視線を送っていた。これで、クリスに生徒会を引っ張っていく力が無いと騒ぐ輩の数は減るだろう。
 しかし、総会をぶちこわそうとしてパーシヴァルを拉致するなどと言う卑怯な手を使う者がこの学園に居るというのも事実だ。いったい誰がそんな策を練ったのか。それを突き止める事も、今後の生徒会の仕事の一つに加わった。
 とは言え、大きな仕事が片付いた今。生徒会室は基本的に平和だった。
 ボルスの恋が、未だなんの進展もしていない事を、抜かせば。












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一件落着。無駄に長く中身が無い代物に。
こんな文章でご免なさい。汗。
パラレルパーシヴァルはチョッピリうっかり風味で。









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ゼクセン学園生徒会《後編》