「おや、もうお二方とも来ていらっしゃったのですか。」
 開いた戸の音とかけられた声に、顔をつき合わせるようにしながら今後の運営方針の打ち合わせをしていたクリスとサロメは、机上に向けていた顔を上げ、声の方へと視線を向けた。
「レオ先輩。早いですね。」
「先輩は必要ありませんぞ、クリス様。あなたはこの学園の生徒会長なのですからな。」
 クリスの言葉にそう、苦笑を浮かべながら返してくるレオの言葉に、言われたクリスは戸惑うように視線を彷徨わせた。そして、申し訳なさそうに切り出す。
「しかし、先輩は私よりも学年が上なわけですし・・・・・・・・」
「学年など関係ありませんぞ。あなたはこの学園の全生徒に認められて会長になった御方なのですからな。もっと、ドンと構えていて下さい。貴殿もそう思うだろう?」
 そう言ってレオはクリスの隣の席に座っていたサロメへと、視線を向ける。その視線を受け、サロメは重々しく首肯して見せた。
「レオの言うとおりですよ、クリス様。確かに役員の中で貴方が一番学年が下ではありますが、そんな事は関係ありません。学年よりも、生徒達が誰に従っていきたいかと言う事が大切なのです。」
「・・・・・・・・そうなのか?」
「そうですよ。少なくても私たち生徒会役員は、あなたの元でだからこそ仕事に励もうと思っているのです。もっと、堂々としていて下さい。」
 励ますような言葉ではあったが、サロメは笑みの一つも浮かべてはこない。だからこそ、彼が本心で言っているのだという事が分かる。
「・・・・・・・・ありがとう。皆に呆れられないよう、職務に励むよ・・・・・・・・・・」
 クリスは、口元にうっすらと笑みを浮かべながらそう呟いた。頼りになる男達の存在が、なんとなくなく恥ずかしくもあり、くすぐったいような嬉しさも感じもする。
 この学園に入学して間もない自分が生徒会長などと言うものになってしまった事に戸惑いを感じはするが、戸惑っているだけではいけないのだ。この学園に問題は山のようにあるのだから。それを一つずつ解決し、よりよい学校にするのが自分の務めだろう。自分を会長にと望んでくれた多くの人達のためにも、尽力を尽くさねば。
 そう心の中で決意を固めていたクリスの耳に、再び戸が開く音が飛び込んできた。
「・・・・・・・・お早いですね。レオ殿。」
 サロメに負けず劣らない無表情でそう呟きを漏らしながら生徒会室に入ってきたのは、ロランだった。その彼に、レオが言葉を返す。
「お前が遅いのだ。何かあったのか?部活周りでもしてたのか?」
「・・・・・・・・・遅いと言われる程遅い時間だとは思わないのですが。むしろ、貴方が早いのでは無いですか?」
「まあな。今日は部活周りをしてこなかったから、その分早くこちらに顔を出せたのだ。」「おや、珍しいですね。どう言った心境の変化ですか?」
 軽く首を傾げながら問いかけたロランの言葉に、レオはその浅黒い肌を僅かに赤らめながら、とても小さな声で、周りに聞えないのでは無いかと思われる位に小さな声で、こう呟いた。
「・・・・・・・・・・・少しでも、ここに早く来たかっただけだ・・・・・・・・・」
「それは・・・・・・・・・・・」
「遅れてすいませんっ!!!」
 ロランが何かを言おうとした所で、部屋が震えるのでは無いかと思われるくらいに大きな声が室内に響き渡った。
 わざわざドアの方を見るまでもなく、そこにいるであろう人物の事は分かったが、取りあえずクリスは笑みを浮かべながら視線をそちらへと向けた。そして、ゆっくりと口を開く。
「元気が良いな、ボルス。まだ会議が始まる時間ではないから、そんなに慌てる必要は無いぞ?」
「あ、そうですか・・・・?しかし、皆がもう揃って・・・・・・・・・・・」
 クリスに微笑まれた為なのか。はたまた急いで生徒会室に駆け込んだせいなのか。顔を僅かに上気させながら室内を見回していたボルスだったが、そこに揃っている人数が一人足りない事に気がついたのだろう。途端に、眉間に深い皺が刻まれた。
「・・・・・・・・・アイツはまだ来ていないのですか?」
「アイツ?・・・・・・・ああ、彼ならまだ来ていないが?」
 それがどうしたのだと問うように軽く首を傾げながらボルスの顔を見つめ返すと、彼は上気させていた顔を更に紅く染め上げながらグッと拳を握り締めた。
「なんてヤツだっ!会長であるクリス様と副会長であるサロメ殿よりも遅く来るなど・・・・・・っ!」
「別に良いだろう、そんな事は。まだ開始時間では無いのだし。クラスでの仕事もあるだろう。」
「しかし・・・・・・・・っ!」
「何を騒いでいるんですか?」
 宥めるようなクリスの言葉にボルスが反論しようとした瞬間。間に割ってはいるように通りの良い声がかけられた。その声にいち早く反応を示したボルスが、凄い勢いで背後を振り返り、新たに生徒会室に現れた男の顔へと己の指先を突きつけた。
「お前が来るのが遅いと言う話をしていたのだっ!いったい何をしていたッ!クリス様もサロメ殿ももう来られて準備をしているというのにっ!」
 そう、鼻息も荒く捲し立てるボルスに、食ってかかられたパーシヴァルは涼しい顔で受け答えている。
「そんな事を言われても仕方がないな。俺にもクラスでの仕事があるのだ。教師に仕事を言いつけられたら、生徒として片づけねばなるまい?」
「そ、それはそうかも知れないが、しかしっ!」
「ボルス。いい加減落ち着きなさい。あなたが騒いでいたら、いつまで経っても会議が始められないのですよ?」
 間に割ってはいるように、サロメの冷ややかな言葉がかけられた。その言葉に、ボルスは叱られた犬のようにシュンと項垂れる。
「・・・・・・・申し訳ありません。」
「分かって頂ければよろしいのです。皆さん、席について下さい。時間はそうありませんからね。」
 そのサロメの言葉を合図にするように、皆がいつの間にか定位置として決まった席に着き始める。
 生徒会室に置かれた机は、コの字型に並んでいる。その真ん中に生徒会長であるクリスとサロメが並び、右側に書記兼会計のパーシヴァルが座り、その左横に風紀委員長のボルスが座った。クリス達の左側には体育委員長のレオと、文化委員長のロランが座っている。
 この六人が、ゼクセン学園の生徒会メンバーである。
 ちなみに学年は、サロメとレオが三年。パーシヴァルとロランとボルスが二年。クリスが一年だ。
 入学式が終わって間もない5月に前任の生徒会長が突如親の転勤の為に学園を去る事になり、急遽行われた生徒会選挙で、このメンバーが集まった。それまでの経緯は色々とあるが、それはまた別の機会に語るとしよう。
 とにかく、結成してまもない生徒会にはやる事が沢山あるのだ。
 クリス以外のメンバーは前任の会長時代にも生徒会活動に何らかの形で携わってきた者達ばかりだが、生徒会の動きを完全に把握しているのはサロメだけという状況だから色々と不慣れな点も多く、問題は山積みだ。
 取りあえず、今やるべき事は一週間後に迫った生徒総会の打ち合わせだ。それを上手く乗り越えなければ、この生徒会の今後の活動に影響してくる。
 何しろ、私立の進学校であるこのゼクセン学園は、PTAやら理事会やらの力がえらく強いのだ。自分達で上手く舵を取れなければ、そう言った大人達に良いように操作されかねない。それだと、生徒会がある意味が無いというモノ。そんな状況に陥らないためにも、生徒だけではなく、教師や理事会の目も集める生徒総会でヘマは出来ないのだ。自然と打ち合わせは慎重になり、答弁の内容にも細心の注意を払って考えていた。
「・・・・・・・・随分遅くまで掛かりましたね。今日は、この辺にしておきましょう。明日も同じ時間に集合と言う事で。」
 壁に掛けられた時計が七時を回ったところで、サロメがそう言葉を発してきた。
 保護者が五月蠅い私立校なので、部活動は七時までと決まっているのだ。生徒会の活動時間も同じだ。七時半には教師の巡回がはじまり、校門が閉ざされてしまうので、その前に校内から退去しないといけない。それを分かっているから、どんなに会議が中途半端なモノであろうと、皆文句も言わずに席を立ち上がる。
 そして、他の誰も入ってこない部屋ではあるが、一応机の上を綺麗に片づけてから、各々自分の荷物を手に取った。
「では、お先に失礼させて頂きます。」
「ああ、気を付けて帰ってくれよ。」
 やる事をやったらさっさと退室を告げるロランにそう言葉を返しながら、クリスも己の鞄に手を伸ばした。そのクリスに、サロメが言葉をかける。
「お家までお送り致します。」
「え?しかし、方向が・・・・・・・・・」
「クリス様が無事に家にたどり着いた姿を確認しないと、私の気が治まりませんから。」
「・・・・・・・・そうか?じゃあ・・・・・・・・・・頼む・・・・・・・・」
 コクリと頷くクリスの反応にサロメの鉄面皮が微妙に綻んだのは気のせいだろうか。思わずジッと観察してしまったが、硬い表情に戻ったサロメの顔から何かを読み取る事など、クリスに出来るはずもない。
 そんな会話をしている二人の傍らで、ボルスがパーシヴァルに問いかけていた。
「パーシヴァルも、すぐに帰るのか?」
「ああ。何も予定はないからな。それが何か?」
「だったら・・・・・・・・」
「こんばんわーっ!もう仕事終わってるかい?」
 ボルスが言葉を発するよりも早く、勢いよく開かれたドアの向こうから陽気な声が聞えてきた。この声の主も、この生徒会室では常連だ。とは言え、役員ではない。役員の一人と、関係が深いと言うだけで。
「ああ。今終わったところだ。お前も片付いたのか?」
「そうだよ。んで、これは差し入れ。小腹が減ってたら帰りに食べてよ。美味いからさ。採りたてで新鮮だぜ?」
「あ、ありがとう・・・・・・・」
 ニコニコと屈託のない笑みを浮かべた男は、パーシヴァルの問いかけに答えた後に真っ赤に熟れたトマトをクリスの手に押しつけた。毎回の事ながら彼の行動に呆気に取られたクリスは、思わずそれを受け取ってしまう。
 そんなクリスに、真夏の太陽の如く明るい笑みを向けた男。バーツは、呆れたような顔で自分の事を見つめてくるパーシヴァルへと、視線を戻した。
「んじゃ、さっさと帰ろうぜっ!」
「分かったよ。では、お先に失礼させて頂きます。」
 手首を掴んで引っ張るバーツに引きずられるようにしながらも会釈を返したパーシヴァルは、あっと言う間に部屋から出て行ってしまった。おかげで、かけようと思っていたボルスの言葉は宙に浮いたままだ。
「・・・・・・・・残念だったな、ボルス。」
 そう慰めるように肩を軽く叩いてくるレオの態度に、ボルスの顔に一気に朱色が差していく。
「べ、別に俺はっ、それ程アイツと一緒に帰りたかったわけではっ!!!」
「なんだ、ボルスはパーシヴァルと一緒に帰りたかったのか?いつも怒鳴りつけているから、お前はパーシヴァルの事を嫌いなんだと思っていたぞ?」
 レオの言葉に驚き、そう問いかけると、ボルスはこれ以上紅くなる事は無いだろうと思われるくらいに紅く顔を染め上げた。そんなボルスの様子を眺めて苦笑を漏らしたレオが、肩を叩いていた手を今度はその柔らかそうな金髪の中へと埋め込み、子供をあやすようにその頭をなで回し始めた。
「こいつはアレですよ。好きな子を虐めるタイプなのですよ。まったく、不器用すぎて歯痒いと言ったら無いですな。」
「おっ、俺は別にアイツの事など好きでもなんでもないぞっ!」
「またまた。強がるなよ、ボルス。お前の気持ちは、皆知ってるぞ?」
「皆・・・・・・?皆って、誰の事だっ!」
 羞恥の為か怒りのためか。火を噴くのでは無いかと思われるくらいに顔を紅くしながら喚くボルスの姿を見ながら、これは本当に自分よりも年上なのだろうかと首を捻る。
 他のメンバーは大人だと思う部分が多くて頼りになると素直に思えるのだが、この男はそう思える部分が少ない。むしろ、自分がしっかりしなければと思ってしまうのは、失礼な事だろうか。
 はっきり言って、彼が何故生徒会役員に選ばれたのか、付き合いの少ないクリスにはさっぱり分からないのが実情だ。何しろ名門校なので、他校に恥をさらさないためか、はたまた他校から遅れを取らない様にするためか、生徒会メンバーは人よりも秀でた人間が選ばれるのだ。しかし、ボルスの成績は悪くも無いが、取り立てて良いわけではない。いつも学年主席を取っているパーシヴァルと比べれば、雲泥の差程の違いがある。運動に関してはそこそこ出来るという話も聞くが、実際に見たわけでは無いので分からない。もしかしたら、彼の親がこの学園の理事をしているから役員に選ばれたのでは無いだろうかと、本気で思ってしまうクリスだった。
 とは言え、全校生徒が選んだのだから、何かしらの才があるのだろうと信じたい。
 そんな事を考えている間にも、遊んでいるとしか思えないレオとボルスの言い合いは終わることなく続いていた。これをどう収めようかと考えたところで、傍らから凍るような冷たい声が上がった。
「・・・・・・・今日はそれくらいにしておいて下さい。そろそろ門が閉まりますよ。」
 そのサロメの言葉に、レオがハッとしたように顔を上げて時計を見つめ、それまで言い合いを続けていたボルスの手首をガッチリと掴み取った。
「おお。そうだった、そうだった。ボルス、振られ坊主にラーメンでも奢ってやるから、一緒に来い。」
「そんなものを食べたいと思っていないぞっ!家に帰れば、夕飯は・・・・・・・・・っ!!!」
 ズルズルという引きずられるような音と、人が居なくなってシンとした廊下に響くボルスの叫び声を生徒会室の中で聞いていたクリスとサロメは、その音が聞えなくなった所でどちらともなく呟いた。
「・・・・・私たちも帰りましょうか。」
「そうだな。」
 そんな会話で、ゼクセン学園の生徒会室は一日の業務を終わらせるのだった。










 ゼクセン学園生徒会は、他校の生徒会から『クリスの親衛隊』と呼ばれていた。
 それはある意味正しいが、ある意味では間違っている。確かにメンバーは皆、クリスに様々な思いを抱いているが、だからといって過保護に守っているだけではないのだ。
 その生徒会役員それぞれにも、ファンクラブがついている。その活動は水面下であることが殆どではあるが、会員数が半端じゃなく多いのも確かな事だった。
 勿論、会長であるクリスのファンクラブもある。その会員の殆どは男らしいが、会員数が一番多い。
 ボルスのファンクラブ会員は、三年生の女性徒が多い。男の会員は、殆どいないようだ。
 逆にレオのファンクラブは男の会員が多い。その腕っ節と体格の良さ。そして、人の良さに惚れ込んでいるのかも知れない。人間というモノは、自分に無いモノに引かれる生き物だから。
 ロランとサロメにもあるが、二人のキャラがあまりにも取っつきにくいからか、メンバーはかなり少数らしい。
 そして、パーシヴァルのファンクラブはクリスに匹敵するくらいに人数が多い。
 ただし、女性徒が集まるクラブと男子生徒が集まるクラブとで二分されていた。同じ人間に引かれているにもかかわらず。その活動内容がどう違うのかは、お互い語ろうとはしないので、クラブに入っているモノでないと分からないらしい。
 生徒会役員達は、そのようなモノが有る事に気付いていながらも放置していた。どうしてかというと、わざわざ取り締まる程の騒ぎを起こしている分けでもないし、本人達に害を及ぼすような活動をしているわけでもないからだ。だからといって積極的にその活動を支援しているわけでもないのだが。
 直接的な害が無ければ黙認して貰える事を知っている生徒達は、日々大人しく隠し撮り等に勤しんでいた。
 そして、生徒会メンバー達はいつどこで姿をカメラに収められるか分からない緊張感の中で学園生活を送っている。
「・・・・・・・・またあそこに・・・・・・・・・」
「・・・・・・バーツ。視線を向けるな。」
 授業の合間にある10分間の休憩時間。次の授業が行われる教室に移るために廊下を歩いていたパーシヴァルは、一学年下のバーツとその途中で出会い、向うのが近くの教室だからと隣を歩いていた彼の言葉に、小さく制止の声をかけた。
 毎日、毎休憩時間、むしろ授業中にでも茂みの中からたかれるフラッシュの光に一々視線を向けていたら、歩く事すらままならなくなるのだ。そんな事はパーシヴァルから散々愚痴を聞かされているバーツも分かっているだろうに、何を思っているのか分からないが、時々その姿を探し出してパーシヴァルに伝えてくる。
 そんなバーツの言動を諫めるように睨み付けてやれば、彼は軽く肩をすくめてみせた。しかし、何か思うところがあったのだろう。少し上体を曲げるようにして隣を歩くパーシヴァルの顔を覗き込みながら、ニヤリと、意地の悪い笑みを浮かべてきた。
「なんかさ、俺が入学したての時と比べると、生徒会に入ってからの方が増えたんじゃねー?カメラっ子達。」
「なんだ、そのカメラっ子というのは。」
「常にシャッターチャンス狙っている奴らの事。」
「・・・・・・・・・・勝手に名前を付けるなよ。」
 幼なじみの言葉に軽く息を吐き出したパーシヴァルは、気を取り直すように言葉を続けた。
「とは言え、確かにそうだな。今年度に入るまでは、もう少し大人しめだった気がするんだが・・・・・・・。なんだろうな。」
「なんだもなにも無いだろ?ようは芸能人と同じだよ。出てくる機会が増えて人気が出れば、需要が増える。だから、隠し撮りをするヤツが増える。」
「まぁ、それはそうかも知れないが・・・・・・・。そんな写真なんか買って、どうするんだ?」
 心の底から不思議でしょうが無く、傍らの男に問いかけると、彼は驚いたように目を瞬いた。そして、窺うように瞳を覗き込んでくる。
「・・・・・・・何?本気?」
「何がだ?」
 質問の意図が分からなくて軽く首を傾げて見せたら、バーツは深々と息を吐き出した。そして、どこか疲れたように小さく首を振ってみせる。
「いやいや。前々から天然が入っていると思ってたけど、これ程だったとは思わなかったな・・・・・・・・・」
「・・・・・・おい。それはどういう意味だ?」
「別に意味なんて無いよ。・・・・・・・・まぁ、せいぜい暗がりを歩くときは気を付けろよ。何があっても、知らないぜ?」
「・・・・・・何がって・・・・・・何が?」
「お前はもう少し自分自身の魅力に気付いた方が良いかもな。」
「おい、バーツ。お前はいったい何を言って・・・・・・・・・・・」
「まぁ、基本的には俺が守ってやるけどね。」
 嬉々としてそう答えたバーツには、パーシヴァルの問いに答える気が無いようだ。
 そんなバーツの様子に、パーシヴァルはムッと眉間に皺を寄せる。他の生徒の前では絶対に見せないだろうその少し子供っぽい表情も、バーツの前では惜しげもなく披露する。だからこそ、カメラを持った連中の数がバーツと一緒に居るときに増すのかも知れないが。
 その事に気付いてるバーツは、ほんのちょっとだけ優越感に浸った。それと同時に、そんな表情をカメラに収めようとする者達への怒りも沸き上がってくる。この顔を見られる特権を、自分から奪おうとしているようで。
 大切な幼なじみにその手の感情を持っているわけではないが、娘を嫁にやる父親の心境で周りの人間に警戒心を持ってしまうのだ。
 基本的には人並み以上に頭の良いパーシヴァルではあるが、自分の事になるとかなり無頓着なうえに鈍感なので、彼の事をいつも傍らから見ている幼なじみのバーツからしてみるとかなり危なっかしい。今まで変な大人に暗がりに引っ張り込まれていないのが不思議でしょうがない位だ。
 パーシヴァルが彼に見合った相手に巡り会うまで、何があっても悪い虫はこの手で排除してやると、胸の中で決意を固めるバーツだった。






 そんなバーツの決意などいざ知らず、なんとかパーシヴァルと仲良くしようと画策しているものも多々いる。
 その筆頭が、同じ生徒会役員であるボルスなのだが、当のパーシヴァルは少しも気付いていなかった。しつこいくらいに自分に絡んでくるので、何が気にくわないのだろうかと思うくらいで。
 いや、なんとなく理由に見当は付けていた。その見当はボルスからしてみればまったく見当外れではあったのだが、人の心に聡いようでいて、自分に対する色恋の話にはまったく鈍感なパーシヴァルにはそう考えることしか出来なかったのだ。
 だから、はっきり言ってボルスには構って欲しくは無かった。気に入らないのならその視界に自分の姿を捉えなければ良いのにと、そう思う程に。しかし、ボルスはしつこいくらいに絡んでくる。いったい何がしたいのか。パーシヴァルにはさっぱり理解出来なかった。
 今日は、頼んでもいないのに放課後になった途端にボルスが教室までやってきた。そして、尊大な態度でこう告げてくる。
「昨日お前は遅刻してきたからな。今日はそんな事をさせないために向かえに来てやったぞ。」
 その言い様にカチンと来たが、大人なので顔には出さないで置く。どうせ彼と顔をつき合わせるのは一日の内の三時間程度のことだ。それくらいの間はムカツク言動もグッと堪えておける。
 本当なら無視してやりたいところだが、そう言うわけにもいかない。何しろ彼の親は、この学園の理事の一人なのだ。しかも、理事の中でも結構発言力を持っている。彼が家で自分の事を悪く言えば、自分はこの学校にいられなくなるだろうと、パーシヴァルは考えていた。
 何故かというと、パーシヴァルはこの学園の特別特待生なのだ。その成績の優秀さを買われて、授業料その他諸々全て免除になっている。そうでもなければ、極々普通の家で生まれ育ったパーシヴァルが、全国でもトップレベルの金持ち学校な上に進学校でもあるこのゼクセン学園に入学出来るわけもない。
 ちなみにバーツは、その農耕の腕を認められた特別特待生だ。
 どこぞの道で腹を空かせて倒れ込んでいた老人に、その時持っていたトマトをやったら実はその老人はこの学園の理事長で、そのトマト美味さとバーツの心優しさに感動して是非ともうちの学校に入学してくれと言われた、等という嘘くさい事を言っていた。
 それが嘘だろうと本当だろうと、バーツが今現在パーシヴァルと同じような条件でこの学校に在籍している事に間違いはないのだが。
 そんなわけで、パーシヴァルは良い意味ならともかく、悪い意味で目立つわけにはいかない。別に退学になったらなったで公立の学校に入学し直せば良いだけの話ではあるが、将来良い職に就くためには、ゼクセン学園卒の履歴はなかなか捨てがたいのだ。
 だから、どんなにその言動にむかついていても常に柔らかい笑みを浮かべ続けるパーシヴァルだった。
 今回も、心の内はともかくとして、ボルスに向ってにこやかに笑いかける。
「それはわざわざすいませんね。お手間を取らせてしまって。」
「い、いや。これも全てクリス様の為だからな。」
 プイッと視線を反らしながらそう答えるボルスの言葉に、気付かれないように深く息を吐き出した。何をやるにもクリスクリスで呆れかえってしまう。そんなに好きなら告白してしまえばいいのにと、そう内心で呟く。
 そんなパーシヴァルに、クラスメイトが声をかけてきた。
「悪い、パーシヴァル。今日の数学の課題なんだが・・・・・・・・」
「どうした。何か分からない事でも?」
「ああ。ここの問い10の答え方なんだが。」
「これは、この公式に当てはめると良いんだよ。」
 言いながら、クラスメイトが持ってきた教科書を受け取り、ページを開いて式を示す。ざっと説明してやっただけでやり方が分かったのだろう。クラスメイトは、顔を輝かせて頷きを返してきた。
「成程なっ!サンキュー、パーシヴァルっ!」
「どういたしまして。」
 晴れ晴れとした表情で立ち去るクラスメイトを笑みを浮かべて見送っていると、今度は違う生徒が近づいてきた。
「悪い。俺も分からない所があるんだ。」
「どこだ?」
「問い14。」
「ああ、これもさっきのと同じだよ。この公式にこう当てはめて・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・成程。分かった。ありがとう!」
「後でちゃんと自分でやり直せよ?」
「分かってるよ!」
 ニッと笑いかけたパーシヴァルに、クラスメイトもまたニヤリと笑いかけてくる。
 そのクラスメイトが机を離れた所で、三度パーシヴァルに声がかかった。
「ご免なさい、パーシヴァル君。ここの英語の訳なんだけど、美味く行かないのよ。どうしたらいいか、分かる?」
「ああ、これは・・・・・・・・・・・・・」
「いい加減にしろっ!」
 答えようと思ったところで、耳を劈く大声が教室内に響き渡った。その声で教室の窓ガラスがビリビリと震える程だ。
 何事だろうかと振り返ると、そこには怒気も露わにパーシヴァルの事を睨み付けているボルスの姿があった。そのボルスは、パーシヴァルの視線が自分の方に向いた事に気付いた途端、新たに言葉を発してきた。
「クリス様を待たせるなと、言っているだろうっ!お前達も、分からない事は教師に聞きに行けっ!それがあいつ等の仕事だろうがっ!パーシヴァルのする事ではないっ!」
 そう叫ぶや否や、ボルスはパーシヴァルの腕を掴み取り、強引に引っ張り出した。
「行くぞッ!もたもたするなっ!」
「おいっ!ボルスっ!・・・・・・悪い、今日はもう生徒会に行くから、また明日な。」
 呆然とこちらを見つめてくるクラスメイトに軽く片手を上げながらそう返している間にも、ボルスは強引にパーシヴァルの腕を引きずっていた。その様を、廊下ですれ違う人達が不思議そうな顔で見つめてきたが、ボルスは一向に気にした様子もなく、パーシヴァルが逆らうことなくボルスと同じ歩幅で歩き始めても、その腕を放す事は無かった。
 しばらくその状態で従っていたパーシヴァルだったが、すれ違う生徒達が皆、物珍しげに、何かを言いたげに自分達の事と見つめてくる事に少々恥ずかしさを感じてきた。しかし、ボルスは一向に気にした様子を見せず、腕を放す素振りも見せない。だから、ちょっと声を尖らせながら問いかけた。
「・・・・・・・・おい。どう言うつもりだ?」
「何がだ。」
「あれくらいの事で怒りだして。確かにお前の言葉も正しいが、もう少し言い方が有るだろう?あんな事では、作らなくても良い敵を作る事になるぞ?」
「五月蠅いっ!放っておけっ!」
 わざわざ忠告してやったのに、ボルスには聞き入れるつもりがまったく無いらしい。
 まったくもってわけが分からない。いったい彼は何を考えているのだろうか。生徒会に入ってからつき合いだしたこの男の事を、パーシヴァルは理解出来ないでいた。
「・・・・・・・・まぁ、良いけどな・・・・・・・・」
 心の底からどうでも良さそうにそう呟いた。もちろん、ボルスには聞えないように。聞えたら、どう騒ぎだすかわかったものでは無いから。
「・・・・・・こんな生活が、あとどれくらい続くんだろうな・・・・・・・・・・」
 なんとなく、生徒会なんぞに入ってしまった事を後悔し始めている、パーシヴァルだった。
 











                               続く










学園もの。と言ったら生徒会。間違った認識に玉砕!!












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ゼクセン学園生徒会《前編》